第40話 あの炎上精霊を何とかしろ!

「えっ――! あ、あれは王宮じゃないか! ダメダメ、あそこには人がいるんだよ?」


 驚いて彼女の視界をさえぎるように立ちふさがる。すると思いっきり頬をふくらませて、不平不満をいう。


「何よ! ストレス発散させてくれるんじゃないの?」

「も、燃やすことがストレス発散なの?」 


 フレイヤが僕を押しのけようとするのを両腕を拡げてなんとか留める。フレイヤの後ろで様子を見ていたアンリエッタたちが血相を変えて、医務室から出ていく。その際、なにか早口でアンリエッタが言ったようだけど、聞き取れなかった。

 あわてて廊下を駆けていく靴音が聞こえる。きっとミロンさんやアイナ指揮官を呼びに行ったに違いない。


「そうだよ。当たり前☆ あたいにとっては燃やすことが一番のストレス発散☆」


 星マークつけて可愛く言ったところで、ちっともよくない。

 相手は女王。どうやって機嫌をとればいいんだ。

 あ――! もう! 誓約したときちゃんと内容を聞いておけばよかった。こんなムチャを言う子だったら、違う精霊の方がいい。チェンジできないの? 


 と、やけっぱちになる。

 ふと後ろを振り返ると大木が視界の片隅に入った。そうだ。あの木で勘弁してもらおう。 


「フレイヤ、あそこにある塔はダメだけど、代わりにあの大きな木はどうかな……」


 僕の視線の先には大きなかしの木がある。周囲には花々があるだけで、建物もなく人もいない。あの位置で塔を隠すほどの枝ぶりだから、かなりのものだと思う。


 とっさの思いつきだけど、あの大木なら問題ないだろう。

 

 フレイヤは僕が指差した木を興味津々にながめると、やれやれとため息をついて代替案をのんでくれた。


「しょうがない。そこまでお前がいうならがまんする」


 と言うなり、きりりとして左のてのひらを目標に向かって掲げると、フレイヤの全身がゆらゆらと紅に染まる。あたかも彼女自身が炎のようだ。


「フレイムストリーム! あの樫の木を焼き払え!」


 やたら勢いがある詠唱とともに一気に掌から大量の火が放たれる。炎が生き物のように踊り狂い、樫の木に襲いかかる。

 フレイヤの放った炎は太い幹に音を立ててぶつかり、大きく揺らぐ。紅蓮の炎が樹皮をあっという間に覆ったかと思うと、急に加熱されたためかバリバリと雷鳴のような大きな音をたてて、四方に砕け散った。


 ほんの数秒のことだ。


 あまりの威力にあんぐりと口を開けていると、フフンっと自慢げにフレイヤが胸をはってみせた。


「どう? あたいの力は……。今のは本気じゃない。もろそうだったから普段の十分の一くらいにセーブしたんだけどな☆」

「い、今ので十分の一だって……」

「そ☆ だって本気出したら向こうの建物も消し飛ぶから、あはは☆」


 さらっと恐ろしいことを言ってのけたぞ、今。

 いったいどのくらい破壊すれば気が済むんだろう。これがストレス発散なんだろ? なんだか背中がぞくぞくしてきた。悪い予感しかしない。


「そんなにビビらなくってもいいって☆ あたい自身が炎魔法を使うのはたまっちゃうから☆ 普段はピーターの魔力の一部になってるからご安心を」

「ご安心をって言われても……。フレイヤがその……たまったらその度にこんなことしちゃうってこと?」

「そのつもりだけどダメかな?」


 そう言いつつクリクリした瞳でみつめてくる。

 ずるいよ。そんな表情で見つめられたら、どんな男の子だってOKしちゃうじゃないか。舌舐めずりなんてしちゃってさ。


 すぐに返答しなかったからか、ちょっと意地悪そうにほくそ笑むと僕に抱きついてきた。


「なんだったらたまったものを、ピーターが解消してくれるって言うなら嬉しいけど☆」

「た、たまってるってストレスですよね。えっち方面じゃないでしょ!」


 抱きつき方も半端ない。めちゃくちゃ情熱的で今にも床に押し倒されそうだ。

 その時だ。バンっと大きな音を立てて扉が開いた。


「な! なにやってるのっ! フレイヤが暴れてるって聞いたから……」

「ピーター君、は、ハレンチです」


 扉のところには拳を握って震えているアンリエッタと、ゆでだこのようになって両手で顔を覆っているセシルがいた。

 だから誤解だって。そう言おうと口を開けた瞬間、リーンとアイナさんが入ってきた。


「……まったくあいかわらず手が早いのう、ファイヤークィーンよ。お前様も何いつまでも抱き合っておるのじゃ?」


 半眼で呆れた顔でリーンがため息をつくと、割って入るようにあわてた様子でアイナさんが早口でこう叫んだ。


「ぴ、ピーター君! あ、あの木を燃やした件でカロウバワ王がお呼びなのです! 大至急、王宮へ行くのです!」


 ★★★★★


 呼び出された僕は一人で謁見の間にいた。

 いかめしい顔をして槍や剣を携えてるフル装備の騎士や刺繍が施された上等な服を着た人たちの視線が痛い。ジロジロと冷たい目で見られ、ひそひそ声で悪口を言われているのが聞こえてきてしまう。

 そりゃそうだろう。たかが魔術師軍訓練生が王にじきじきに呼ばれてしまったんだから。こうやってひざまずいて待っているだけで、足がガクガクする。

 

 怒られるのは確実だ。

 背後から聞こえる悪口に耐えながら、ジッとうつむいていると、急に空気が張りつめた。

 

「カロウバワ三世陛下のおな――り――ぃ」


 かん高い声とともに、毛むくじゃらの大男が入ってきた。頭の上には王冠がある。どうやらあの人がカロウバウ王のようだ。

 それにしてもでかい……。縦横ともミロンさんの数倍はある。


「……ター殿? ピーター殿!」


 玉座の脇に立っていた痩せたちょび髭の人に注意された。


「あ、は、はい!」

「目の前におわすがカロウバウ陛下なるぞ! 頭が高いっ!」

「はっ、申し訳ございません」

「ははは、そう慌てんでよい。面を上げい」


 改めてカロウバウ王を正面からみた。筋肉隆々で熊のような体つきに四角くゴツい。ところが強面こわおもてな外見とは反対に、その表情は柔らかく微笑んでみえる。


「緊張しておるのか?」

 

 こくりとうなずくと大口を開けて笑って玉座から降りてきた。そのままゆっくりと僕の前に来てしゃがむ。


 ごくりと思わずツバを飲み込んだ。この国一番の人が目の前にいる。


「安心せい。たかが庭の木を燃やしてしまったことなんぞチンケなことぞ。ピーターよ。お前の隊の連中によれば、精霊が暴走したとか」

「はい、申し訳ございません……」


 自分でも声がふるえているのがわかる。フレイヤを止められなかったのは自分の責任だ。これが木じゃなかったらと思うと背筋が寒くなった。


「さてと今回の件はまあいいとしよう。だが今後は気をつけるがいい。精霊に支配されるでないぞ」


 それだけいうと王は立ち上がった。

 あれ? それだけ……なのか。


「あ、あの」

「なにか用か? お主は謝罪したし、そうやって震えているではないか。事の重大さがわかっておるからじゃろ?」

「……」


 ぐうの音もでない。僕を見下ろしている陛下がとても大きく見えた。


「そんな顔をするでない。そうだな、おい! 誰かアイナ指揮官をここへ」


 陛下の一言で謁見の間にいる人たちが動き出した。まもなくしてアイナ指揮官とミロン軍曹がやってきた。

 二人とも僕の隣にひざまずくとうやうやしく頭を下げた。


「こやつに精霊への指示のしかたを教育しなさい! わかりましたか、魔術師軍指揮官アイナ=クレス。ならびにミロン=サドムスキー軍曹」

「かしこまりました。なのです! ワイダ宰相閣下」


 アイナさんたちに命令をしたちょび髭はワイダ宰相っていうのか。見下げた態度がなんとなく嫌いだ。


 嫌そうな顔をしていたんだろう。

 つかつかと目の前までやってくると宰相は吐き捨てるように言った。


「貴様は精霊も牛耳ることすらできず、こともあろうか陛下が大切にされておられる樫の木を燃やしおって! それにその態度はなんだ、礼儀を知らぬのか!」


 ヒステリックに叫ぶ宰相。

 ぐうの根も出ない。下唇を噛み、うつむいてしまった。

 ふと、背中に温もりを感じた。軍曹が僕の背中をそっと撫でているのだ。


「……宰相。ご安心ください。このミロンとアイナで、必ずピーターを立派な魔術師軍人としてみせましょう」


 ミロンさんもアイナさんも真剣な眼差しで、ワイダ宰相にそう約束したのだった。

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