第36話 え? この部隊って……

「ふん、下着は手洗いでって言ったわよねっ? このくらい当然の罰よっ」

「わ、わかったよ、アンリ」


 雪原の上に僕は正座させられている。

 さっきからアンリエッタたち女性陣に、僕は反省させられているまっ最中なんだ……。


 『流れ』をあやつる風魔法を応用して、洗濯当番でズルをしちゃったことを怒られたのだ。


「ほんとにわかってるのっ? 女の子の下着はデリケートなのよっ。あんなに力いっぱい、ひっかき回したらボロボロになっちゃうじゃないのっ」

「うん……」

「お気に入りの下着の傷みが早いと思ったら、そういうことだったのですね。ちょっとショック……」


 セシルまで……。

 そりゃあ。たしかに下着は一枚ずつ手洗いしろ、と言われたよ。


 でもさでもさ。パンティやブラを手洗いしてる姿をクラスメイトに見られたくなかったし。エアやリーンの分も入れれば、五人分の洗濯ってけっこうな量なんだよ。洗濯の山のなから、下着だけ見つけるのも大変だしさ……。


 口を滑らせたリーンはリーンで、さっきからそっぽを向いているし。

 孤立無援じゃないか。


「まあまあ。ほら、ピーター君も反省してるようだし、そのくらいにしといてあげるです」


 憤慨ふんがいしている女性陣をなだめてくれたのは、アイナ指揮官だ。


「……いいわ、今回は許してあげるっ」


 アンリエッタの口ぶりには不満そうな心持ちが感じられた。



「さて! なのです。最初の訓練は終わったことだし、歓迎会をするのです」

「歓迎会ですか?」

「不満でござるか? セシル殿」

「い、いえ。どうしてこのタイミングで、と思いまして……」

「そ、そうよっ。訓練が終わったから反省会とかしないんですかっ?」


 そうだよな……。つか、ここは宮廷からだいぶ離れた山のなかなんだけど? どう見ても建物らしきものはないし、どこで歓迎会なんてするんだろ?


「……反省会か。うむ、その反省会を兼ねて歓迎会を開催する習わしなのだよ。お嬢様方」

「いったいこの森林のなかのどこでっ? さすがに寒いですっ」


 アンリエッタにかかっては上官もへったくれもない。と、内心苦笑してしまった。


「ピーターもそう思うでしょっ?」


 いきなり話をふってきた。

 いけね、幼なじみの観察をしてる場合じゃなかった。どうしよ。


「え、えっと……」

「上官の話を聞いてなかったでござるな?」

「い、いえ。ただいきなり歓迎会って言われても……」


 女の子たちの様子を伺いながら、アンドレ少尉からの突っ込みに素直に応える。

 するとふふん、と大きな胸を揺らしながら、当たり前のようにアイナさんが言ったのだ。


「簡単。なのです! あたしの次元魔法で今すぐ宮廷に戻るのです」


 え? え? 今、今すぐ戻れるって言ったよね。お互いに僕たち訓練生は怪訝けげんな顔で、お互いを見る。セシルなんて首をひねってるし、アンリエッタなんか眉をひそめてちゃっている。


「あの! アイナ指揮官……今すぐって、ここまで来るのに僕たち三ヶ月ほどかかったんですけども」

「次元魔法使えば簡単なのです。歩いてもらったのは訓練だからに決まってるのです」


 黙って立っているミロンさんたちも、こくこくと頷いているし。そんなに簡単に移動できるんだったら、最初から使って欲しかったよ。


「ん? みなさん不満でも?」


 もういいや……。言えるわけない。

 ぼう然としている僕たちを尻目に、真っ白な雪のうえにアイナさんたちが魔方陣を描きはじめた。これまでみたことがない術式だ。


 ひと通り描き終えるとアイナさんは呪文を唱えはじめた。


「スペースディストーションなのです。さて宮廷へ。なのです!」


 なんだかのんびりした感じの呪文に感じるんだけど。大丈夫なんだろうか……。

 不安に思っていると、青く魔方陣が光り輝きまわりはじめた。次第に回転が速くなっていく。

 

「ほう? 次元魔法使えるのか。思ったより乳エルフはできるのう……」

「だ、大丈夫なの? リーン」

「なんじゃ、お前様。次元魔法を知らんのか?」

「な、名前だけなら。さっきアイナさんに聞いてだけど……」

『ご主人様、ご主人様。時間制御魔法と空間魔法を組み合わせたものですよん』


 そっとエアが耳打ちをした。


「第四階梯が教えたとおりじゃ。ま、神官なんだから当然かのう」

「……次元魔法は移動に使う。よく見ておけ」


 そんなことも知らないのかとジト目で僕をみるミロン軍曹。

 この人、口調も冷たいしどうも苦手だ。


 魔方陣の文様が見えなくなるほど、回転が速くなった。それにつれ、体全体が重くなっていく。


「あれ? あれ? 何これ」

「お前様、落ち着くのじゃ」

「あ、あたしも変。なんだか体が重いわっ」

「私もです……」


 女性陣二人の顔を見つめると、なぜかそろってほっぺたを膨らませている。


「なんだよ。何怒ってるんだ?」

「私たちが太ったわけじゃないからねっ!」


 何か盛大に勘違いしてるアンリエッタの怒鳴り声と共に、僕たちは魔方陣の中へ落ちていった。



 果てしなくゆっくりと落ちていく……。妙な感覚だ。

 近くにいたはずのリーンたちの姿が見えないし、グネグネとらせんを下りている感じだ。


 やがて落下が止まって、まとわりつくように回っていた光の輪が消えていた。気がつくと宮廷のエントランスに立っていた。なんか魔法みたい……。


と、ひとりで突っ込んでいると、アイナさんが声をかけてくる。


「ついたのです」

 

 何だかぼうっとする。

 キツネにつままれたような顔でいると、アンドレさんに肩を叩かれた。


「ほらほら、アンリエッタ殿やセシル殿たちも食堂へ行くでござるよ。歓迎会でござるから」

「……わ、わかったわよっ。行きますっ!」

 

 ぼけっとしていたアンリエッタは顔を真っ赤にしてドスドスと足早に食堂へとむかった。


 ★★★★★


「さて、初めての特訓お疲れ様でした。なのです。これから長い時を共に過ごす仲間なのです。お互いの親睦を深めることはチームワークのために大切なのです」


 えいえいおー、と歓迎会のあいさつをするアイナさん。

 思いも寄らずに熱烈歓迎されて、なんかこっぱずかしい。


 暖かい食事と飲み物、何よりもなごやかな雰囲気が冷えて疲れた僕たちを癒やしてくれている。


 空腹がおさまってきたころ、アイナさんたちがそれぞれ僕たちの隣に座ってきた。

 アンリエッタにはアンドレさん。セシルにはミロンさん。そして僕には指揮官自らだ。


 エアはいつも通り肩の上で食事をしているし、僕の左隣の席にはリーンがいたため、アイナさんは右側に座ってきた。


 座った瞬間に大きな胸がぽよんっと揺れる。

 僕だって男の子だ。自然と視線が胸へと泳いでしまう。

 当のアイナさんの衣装はこれがまたエッチに見えちゃう。胸元を強調するかのようなU字ネック、透けて見えちゃいそうな白く薄い生地……。

 

「ねえ、ピーター君……」

「あ、は、はい!」


 ドギマギしているとアイナさんが近づく。もうキスができちゃうくらい近い。

 や、やばい。これが大人のひとなんだ……。

 

「こら、そ 

「このデカ乳エルフ……」


 リーンの冷たい視線がアイナさんに突き刺さる。


「どうしたのかしら? 幼女のリーンちゃん」

「みだりに儂のピーターに近寄るんじゃない」

「あらあら、ピーター君はリーンちゃんのものじゃない。なのです」


 そういや、この二人。最初に会ったときから仲が悪かったんだっけ。アイナさんはリーンの正体を知ってるんだったな……。

 魔導書と神官。どうしても相容れぬ関係らしい。

 僕にはどうしてもリーンが悪い魔導書だとは思えないんだ。


 僕を挟んで気まずい空気が流れるなか、幼なじみがアンドレさんに口説かれていた。


「ところでアンリエッタ殿、なかなか太刀筋がよいぞ」

「そ、それほどでも……」


 直接、剣を交えたからか、めったにほめられないからか。

 あいつ、真っ赤になってもじもじしてるぞ。 かっこいいもんな、アンドレさん。

 あんなに女の子らしい表情をみせるアンリエッタを見たことがない。


 なんだろ、くやしい……。

 ちょっと違うか。胸の奥がもやもやする。アンリエッタとアンドレさんを直視できなくって、僕は視線をそらした。

 その先にはセシルとミロンさんが話をしていた。どちらかというと無口なミロンさんから話しかけてるなんて珍しい。そう思って聞き耳をたてる。


「……あれだけ連続で土魔法を使えるのはいいことだ」


 ミロンさんがセシルをほめてる! 意外だ。厳しい人だと思ってたのに。セシルもミロンさんに対してそう思ってたのか、腰が引けてる。

 

 視線に気がついたんだろう。

 ミロンさんは僕を見ると、にっこりと微笑んだ。


 え?

 はじめてみた! ミロンさんが笑っているところを。


「……どうしたのだ? ピーター。そんなに驚いて」

「い、いえ。別に驚いてるわけでは……。ただミロンさんも笑うことがあるんだなあって」

「……心外だな。驚いてるじゃないか」


 頬を膨らませて不服そうな表情を見せるミロンさん。

 そのしぐさや涙目になっている様子が妙にかわいい。あれ? 何だか女の子らしく感じるんだけど、気のせいかな。


「どうしたの? ピーター君」


 耳元でアイナさんがささやく。


「い、いえ。ミロンさんって男の方ですよね?」

「え? 男性はピーター君だけなのですけど?」


 一瞬、きょとんとしたかと思うと、アイナさんはいたずらっぽい表情をみせた。 

  

「えええ! ア、 アンドレさんもお――――!」


 ドタン、と音を立ててイスから立ち上がってしまった。

 てっきりミロンさんたちを男性だと思い込んでいたのだ。

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