第35話 冬の洗礼(2)
「来たわっ! サンダーボルト、ミロン軍曹を麻痺っ!」
不意に飛んできた氷の柱をよけると、アンリエッタは飛んできた方へ雷撃を放つ。
予測していたのだろう。あっさりかわすと、一気に間合いを詰めてきた。ヒュンと風切り音がすると、ミロン軍曹が僕の目の前に来ていた。
「お前様!」
リーンが叫んだ。
次の瞬間、僕は後方にある大木に叩きつけられた。
「痛てえ……」
背骨が
痛みのせいで意識が遠のいていく。
『ご主人様! 時間制御ですぅ』
「来たわっ! サンダーボルト、ミロン軍曹を麻痺っ!」
不意に飛んできた氷の柱をよけると、アンリエッタは飛んできた方へ雷撃を放つ。
予測していたのだろう。あっさりかわすと、一気に間合いを詰めてきた。ヒュンと風切り音がすると、ミロン軍曹が僕の目の前に来ていた。
「お前様!」
リーンが叫んだ。
次の瞬間、僕は後方にある大木に叩きつけられた。
「痛てえ……」
背骨が
痛みのせいで意識が遠のいていく。
『ご主人様! 時間制御、準備大丈夫です!』
切羽詰まったエアの叫びで、辛うじて正気に戻る。
もう目の前に軍曹が迫ってきていた。
風精霊第四階梯とともに詠唱した。
「風と空の女神の名において」
『「われは共に風と空にならん!」』
柔らかく湿った小さな唇の感触とともに、僕の中の何かがはじけた。
ぐんっ、と周りの空気が変わった気がした。壁を作ってくれているセシルの声が間延びして聴こえ、軍曹の動きが遅く感じる。
時の流れをコントロールする時間制御魔法特有の感覚だ。
アンリエッタは僕のほうに気を取られ、もう一人の上司、アンドレ少尉が近づいてきていることに気がついていない。
「アンリ!」
気がつかないうちに体が勝手に動き、少尉の剣を短剣で防いだ。
この短剣は軍標準の装備で誰もが持っているものだ。今、少尉が振るっているような長剣は『魔法剣士』として認められたものだけが支給される。当然、威力は長剣のほうが上だ。
「ピ、ピーターっ! ありがとうっ」
「礼はいいから! 今のうちに態勢を立て直してよ」
「へえ、余裕だねえ。ピーター君」
にやりと少尉の口元が歪む。スッ、と剣を引くと、すばやく突いてきた。
げ! あわてて体をひねって切っ先をかわす。
時間制御をしていなかったら、情け容赦なく喉元に切っ先が刺さっていた。訓練とはいえ、本気でかかってきているんだ……。急にざわっと背筋が寒くなった。
「アンリ、こっちは頼んだ!」
「ちょ、ちょっとっ! あたしが魔法剣士の相手するの?」
「大丈夫! アンリならできるから!」
「で、できるだけのことはするわっ」
そう言いながらもさすが体育の成績トップ。きっちりとアンドレ少尉の太刀筋をかわしていく。しばらく大丈夫だろう。あとはアンリエッタにまかせよう。
問題はミロン軍曹だ。
魔術師軍のなかでも、トップスリーに入るという氷と炎の魔法を抑え込むのは難しい。かといって、今のように逃げ回っているんじゃキリがない。僕たちの体力が尽きてしまう。
時間制御魔法で軍曹より速く、といっても限界はある。なんていっても現役軍人だから……。
「リーン、体力を考えると今までの戦い方じゃダメだと思うんだけど」
「そりゃそうじゃ。今更気がついたか。時間制御であやつを揺さぶるんじゃない。背後とってもムダじゃな」
リーンと話してる間も、ミロン軍曹からのファイアーボールや氷柱の攻撃はやむことがない。セシルの放つ土魔法の壁がその度に防いでくれている。さすがに疲れてきたのか、壁の生成時間が遅れてきた。
そのうえストーンウォールはすぐに壁が消えない。軍曹たちも僕たちも壁の間をぬって攻防を繰り返している。
もう限界も近い。
「そろそろケリをつけない? リーン……」
「ほほう、儂と一緒にか……」
「もちろん!」
満足そうにうなずくと、リーンは小さな手足を思いっきり広げ、詠唱する。
「ファイヤーフレイム! 炎よ、舞え!」
呪文ととともに業火が広がる。あたかも炎が生き物のようにミロン軍曹たちに襲いかかる。
「あれ? 女の人がいる?」
「なんじゃ? お前様、火の精霊が見えるようになったのか」
火の精霊? あの子が?
視線に気がついたのか、にこっと僕に微笑んだ。真っ赤に燃え上がっているんだけど大丈夫かな?
「ほう……。向こうもお前様に気がついたようじゃな。あとで紹介してやろう」
そんなこと気にしている場合じゃなかった。訓練中だぞ。
リーンのジト目を気にしながら、ミロン軍曹もアンドレ少尉の様子をうかがう。
炎に追いかけられてはいるが、少尉は間隙をぬって、アンリエッタと交戦している。炎と壁で上官二人の動きが狭まったようにみえる。
今こそ反撃だ。
「リーン、僕がミロン軍曹に速攻をかけるよ。その間、アンドレ少尉を足止めしておいてほしいんだけど、いいかな?」
「わかった。お前様の方はいいのかの?」
「考えがあるんだ。もう少し軍曹の周りを炎で囲めるかな?」
「そりゃできるがの……。相手の動きを封じるんじゃな?」
「よろしく!」
急いでリーンから離れると、僕はミロン軍曹を正面から見すえた。
★★★★★
「……逃げ回ってばかりじゃないのか」
周りを炎で囲まれても平然としているミロン軍曹。
彼は少尉に比べて小柄だ。ちょうどセシルくらいだ。メガネをかけているせいもあってか、鍛えているようには見えない。
勝てるとは思ってないが、全力でいく。
「軍曹! 行きます!」
「……来るがいい」
真っ正面から僕は突っ込んでいった。とりあえず一撃だ! 時間制御魔法で自ら加速する。
最初の一撃は短剣でミロン軍曹を突く……つもりだった。まだそこにいたはずの軍曹は消え、
あれ? 軍曹は?
僕が視線を動かした途端、ドンっ、という強い衝撃を頭に受けた。
「痛つぅ……」
頭に受けた一撃のせいで、目の前に星がきらめいている。
このままでは負けてしまう。ぼうっとする頭をふって、力任せに呪文を唱えた。
「風と空の女神の名において! われ、風と空にならんっ!」
時間制御の呪文が、自然に口から
「……なっ!」 珍しく軍曹が動揺している。
「サンダーボルト! ミロンを麻痺!」
彼の背中に左手をあてると、雷撃魔法を浴びせた。
そう思った次の瞬間、体が宙に浮いた。天地がひっくり返る。
さすがに背後をとられることはお見通しだったようだ。もうちょっと速く詠唱できなきゃダメだ……。
「ウィンドブロー」
風魔法で体勢を整える。
視界の隅にアンリエッタがアンドレ少尉に切り込んでいる姿がみえた。頑張ってるようだが、あっさりと受け流されていた。どうやら苦戦してるようだ。長剣相手じゃ分が悪い。
「……よそ見、しない」
ミロン軍曹に杖でこづかれた。
いけね、訓練の最中だった。気を取り直して、僕は呪文を唱える。
「風よ、わが刃となれ! ウィンドブレード!」
目の前に小さな風の渦を生じさせ、次第に渦の回転を速める。ほどいい速度になったのを見計らって、左人さし指に意識を集中し、軍曹の杖をめがけ、風の刃を放った。
ゴゥッ、という風切り音と共に風が刃となって、ミロン軍曹に襲いかかる。
「ぬお!」
ミロン軍曹の杖が吹き飛んだ。
不意をつかれたのか、杖が飛んでいった方を見つめている。
魔法出力の触媒となる杖が手元になければ、魔法の威力も落ちる。
チャンスだ!
「わが刃、ウィンドブレード! ミロンを切り裂け!」
風魔法を詠唱し、さらに軍曹を追いつめようとした、その時。
大きなサイレンが鳴った。訓練終了の合図だ。
どうやら勝負がついたようだ。
★★★★★
「そこまで! なのです」
アイナさんが訓練の終わりを告げた。
いったいどこから見ていたんだろう?
「今回の冬訓練は、ミロン軍曹とアンドレ少尉組の勝ち! なのです」と、採点係のアイナ指揮官が全員に伝えた。
セシルやアンリエッタたちの視線の先には、アンドレ少尉がいた。彼の手にはしっかりと僕らのフラッグが握られている。
「ごめんっ。セシル、ピーターっ……。アンドレさんを攻めきれなかったっ」
いつも強気なアンリエッタがうなだれていた。下をむいて、強く唇を噛みしめている。悔しいんだろう。
「いや、アンリエッタはよくやったでござる。拙者に攻め込んでくるとは、なかなかでござるよ」
アンドレ少尉が彼女の頭を撫でながら慰めると、泣きそうだったアンリエッタの表情が少し和らいだ。
そんな二人の様子をぼぅっ、と眺めているとミロン軍曹が僕のそばにきた。
「……ピーター、あの魔法、ウィンドブレードはオリジナルだな? どうやって考えついた?」
表情を変えずにミロン軍曹が、僕に尋ねた。
そう……ウィンドブレードは僕のオリジナル魔法だ。
学生寮にいたとき、同居していた女の子たちの洗濯を終わらせるために、水に対して風魔法を使って渦を作ったのがもとだ。
さすがに女の子の下着をまとめて洗うために。とは言いにくい。
「お前様? ういんどぶれいど、とやらは、洗濯んとき使っていなかったかの?」
ば、ばらすなよ……。リーン。
何、口笛吹いてるんだよ! と心の底で叫んだ。
急に周りが静かになった。
まずい……。さっきまで
冷たい視線が前後左右から突き刺さってきた。
「い、いや……。洗濯係が大変だったから、どうしても……」
次第に詰め寄ってくるアンリエッタやセシルたち。アイナさんたちの冷たい視線……。
僕はいたたまれなくなって、その場から逃げ出したくなった。ダメだ……。
背中がひんやりする……。誰か助けて……。
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