第34話 冬の洗礼(1)

「さ、寒いの。お前様……」


 もふもふの防寒具を着たリーンが、暖を求めて僕の懐にもぐりこんできた。周りは雪が積もっている。


 今、僕たちは王国北部の山岳地帯にいる。

 軍に入団した翌日の朝、いきなりここに飛ばされちゃったのだ。


 手荒い入団式の後は、しょっぱなから国境沿いの山のなかで模擬戦だ。

 僕たち五人の相手は、剣術使いのアンドレさんと魔術師のミロンさん二人だ。アイナさんは今回、採点役だ。


 問題は二つある。

 

 まずこの寒さ。ここは真夏でも雪があるってとこだ。なんせ夏の昼間でも氷点下の地域だ。しかも今は冬だ。手がかじかむだけじゃない。当然、雪で動きにくいし、こうやって歩いているだけで、足をとられるから体力を奪われていく。

 二つ目は雪が視界を遮ることだ。今は止んでるけれど、吹雪は勘弁してほしい。すっかり見えなくなってしまうじゃないか。こんな環境で呪文を詠唱なんてできるんだろうか? マジ死にそうだ。


 なんでもひどい状況下でも作戦行動ができるように。無茶だろ? リーンやエアはともかく、つい数日前まで学生だった僕らにどうしろと……。


 ★★★★★


「ねえ? ピーター君……。さっきからなんだか同じところを歩いてるようなんだけど?」


 ちょっと薄暗くなってきた時のことだ。

 震えた声で枝が曲がった木をセシルが指差した。その木は道に迷わないようにと、彼女 の発案で印をつけた木だ。


「……そ、そのようねっ。ま、迷子になったのかしらっ?」


 ブルっと身ぶるいをしながら、木に触れようとアンリエッタが近づいたその時、シュッ、と風切り音がした。


 ストン――。音もなくアンリエッタの指先をかすめたのは、鋭い氷の柱。先端が槍のように鋭い。


「――っ!」


 あわててアンリエッタは氷柱から離れ、飛んできた方を見た。粉雪が舞っているだけだ。

 辺りを見まわす。人の気配は感じられない。どう見ても氷の魔法による攻撃だ。


「どこに消えたのかしらっ。きっとミロン軍曹だわっ」


 というより、そもそも魔法発動の気配を感じなかったぞ。僕はリーンとエアの顔色をうかがう。ふるふると二人とも首を横にふった。

 

「……アンリ、セシル。気をつけて!」と、木のそばにいる彼女たちに注意を促す。

「ねえっ? いったいどこから攻めてきたのかしらっ?」

「それよりもアンリ、どう次の攻撃をどう防ぐかが先じゃない?」


 今回はセシルの方が冷静じゃないか。

 見えない相手をいつまでも探しているわけにはいかない。チョロチョロと動き回るとかえって危険だろうな。


「みんな、僕に考えがあるんだけど?」

「何よっ! ピーター」


 軍曹たちに聞かれてるかもしれない。

 僕は声を小さくして、女性陣に伝えてみる。


「あのさ。セシルの言うとおりここで守ってみない? ミロンさん達がどう出てくるかで、勝機をつかもうと思うんだけど……」

「で。どうやって守るんですか? ピーター君」

「そ、そうよっ。あたしたちが使える魔法はたかが知れてるわっ」


 僕たちが使える魔法ってバリエーションが少ない。風魔法による高速移動とそんなに威力があるとはいえない雷撃や炎の魔法だけだ。今まではそれだけで十分だった。


 今度はそういうわけにはいかない。

 慣れない土地や気候。それに相手は第一線にいる軍人なんだ、

 学園での実習といくさでの実戦は違うんだ。


 不安そうに僕をみつめている四人。

 そんなに頼られたこと……ないんだけど。


「エア、風で壁みたいのを作れるよね?」

『えっとぉ。これでいいかしらぁ』 


 ゴーっ、と見えない壁を披露ひろうしてみせるエア。ウィンドウォールだ。この風圧で氷柱や火の玉を防ごうって思ったんだけど。さて問題は……。


「それってアンリやセシルも使えるよね?」

『もちろんよぉ。ほら、あなた達もぉ』


 えへん、と小さい胸をそらせると、エアはアンリエッタ達の肩を叩いた。

 二人の風精霊たちが具現化し、女の子たちの耳元で何やら囁く。


「ウインドウォールっ! 風でわれを守りたまえっ!」

「わ、わたしも! ウインドウォール!」


 アンリエッタたちがあいついで詠唱すると、周りに強い風がわき起こった。意外にもエアがやってみせたウィンドウォールより勢いがある。


「これで軍曹たちの攻撃をかわそう」

「お前様? 守ってばかりじゃ軍事演習とやらにならんのではないか?」

「あ……」


 そうだった。大人相手、それも現役軍人を相手にしてるんだ。逃げ回っているだけじゃ、らちがあかない。体力がある軍曹たちのほうが有利になってしまうじゃないか。

 首をひねっていると、リーンが防寒服の裾をひっぱってきた。


「あのな、お前様、ここは儂がよい技を教えてやろう」

「え? 氷や炎に対抗できる魔法なんてあるの?」

「くくく、おぬしたち。それだけでは氷魔法には対抗できぬぞ。こちらが氷漬けにされたら終わりじゃろうが」

「……」


 考えていなかった。

 氷の刃だけが氷魔法じゃなかった。カッチカチにされちゃったら終わりだ。


「ど、どうすればいいのよっ、リーンちゃん!」


 あせった様子でアンリエッタが詰め寄った。セシルも身を乗り出して、今か今かとリーンの反応を待つ。


「あわてるもんじゃないぞ。おぬしたち、土属性の魔法は知らぬのか?」


 なんで氷魔法に対抗するのに土なんだ? 

 思わずアンリエッタたちと顔を見合わせた。彼女たちも小首を傾げている。


「やれやれ、知らんようじゃな。いい機会じゃ。教えてやる」


 くいっ、と親指を立てると、ドンっと土の壁がリーンの目の前に現れた。高さは僕の五倍ほど、厚さはリーンの背丈くらいのぶ厚さだ。


 土の壁の外側で、キンッと何かが弾け飛んだ音がした。


「ほれ、きたぞ。ストーンウォールを防御に使え。お得意の風魔法は攻撃に使うものじゃ」

「リーンちゃん! ストーンウォールってどうやって出すの?」

「まったく、世話が焼けるのぅ。大地に願え。そのうえで詠唱するのじゃ!」


 ばちばち。氷の槍が激しく土壁にぶつかってきた。

 

「ストーンウォール! われらを守りたまえ!」


 リーンの助言を受けて、さっそくストーンウォールを展開するセシル。


「わたしたちが防御してる間に、ピーター君たちがなんとかして!」


 いや、なんとかしてって言ってもさ、セシル。


 今の状況は厳しい。一方的に攻撃されているし、どんどん押されていってる。勝利条件はここから歩いて十分ほど先にある敵陣のフラッグをとることだ。

 ほんの目と鼻の先に旗はあるのにずっと押されっぱなしだ。どんどん敵の旗から遠ざかってしまっている。


 どんどん軍曹たちの攻撃が強くなってくる。

 このままではいつまでも温かい食事にありつけない。

 

「僕とアンリがストーンウォールの外に出るよ。エア、時間制御魔法の準備を。セシルは要所要所で壁を作って!」

「儂はどうするのじゃ?」

「僕とアンリの援護を」

「あい、わかったのじゃ」


 こうやって戦いの指揮とるなんて初めてなんだけど。

 これまでリーンやエアの助言どおりにやってきた。だからこそ勝ってきた。

 

 いつまでも彼女たちを頼るわけにはいかなくなっていくだろう。


 軍曹たちを迎え撃つため、僕の指示に従って布陣を展開していく。

 その様子を見つめながら、僕は両手で頬を叩いて気合を入れた。

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