魔術師軍

第33話 はじめての宮廷



「あれが王家の紋章よ」


 アンリエッタが門の上の方を指さす。


 後期試験の打ちあげと僕たちの送別会が終わって、数日後。

 宮廷の真っ正面に、僕たち五人はこうして立っている。


「……でかい」


 目の前にある正門を見上げながら、思わず絶句した。

 首が痛くなるほど上に、王家の紋章があったからだ。


 紋章は鷲の翼にツタが絡み合って王冠へと伸びていた。

 門の両脇には甲冑を着た、いかつい兵士が二人たっていった。どうやら門番らしい。さっきからじろじろ見られているんだけど……。すっかりおのぼりさんの気分だ。


 アンリエッタとセシルは何度か宮廷に来たことがあるようで、涼しい顔をしている。おどおどしていたせいか、出入り口で兵士たちに止められた。


「待て! 何者だ! 通行許可証を提示せよ!」

「あ、あのう……これでいいですか?」


 あわててかばんから入団許可証を広げてみせる。その途端、兵士たちの態度が変わった。


「宮廷魔術師軍訓練生のかたでしたか! 失礼しました! どうぞお通りください」


 がちゃん、と盾を鳴らし、大げさすぎるほど敬礼をする。

 兵士たちの声の大きさとキビキビした所作に、ビビリながら門をくぐった。

 その先には広大な庭園が広がっていた。ちょうど学園の中庭を数倍広くしたようだ。


 花々が咲き乱れる光景が、別世界って感じだ。


「なに、ぽかんと口を開けてるのよっ。みっともない」


 脇っ腹をアンリエッタにどつかれて、ハッと我にかえる。


「……え? い、いや。なんだか広いなって思って」

「宮廷に来たことないもんね、ピーターは。ちっちゃい頃、おうちから出たくないって、駄々こねて泣いちゃってさ」

「あら? アンリ。初耳だわ。小さい頃のピーター君のこと知りたい、知りたい!」


 二人ともいつも通りだなあ。リラックスムードな二人とは正反対に、見慣れない光景に圧倒される。どうも僕には場違いなような気がするんだ。

 などと考えていると、シャツの袖をくいっと引っ張られる。リーンだ。


「緊張しとるのか?」

「い、いや。別に……。ただ広いなって「

『きゃはは、ご主人様。ほんとのこと言われてあせってるぅ』

「違うよ。なんか夢の中にいるみたいでさ……」

『夢じゃないよぅ。現実現実』

「そうじゃぞ。お前様自身の力でここまで来たじゃ「

「実感ないなあ……」


 リーンもエアも魔法と体術がすごいからな。

 僕は彼女たちの力に頼ってばかりだ。


「ほらっ! 着いたわよっ!」


 ばちん、とアンリエッタが背中を叩いてきた。

 

「いてえ。え……?」

「なにボケッとしてるのっ。どう? これがカロワバウ王国の中心よ」


 目の前に広がるのはたくさんの建物群だった。

 先のとがった塔や、ドーム状になっているもの等、あまり学園の外に出たことがない僕にとって、新鮮な光景だ。

 

「すごい……。街の中にいるみたいだ」


 カロウバワ王家の力を見せつけられているようで、すっかり僕は圧倒されてしまった。自然とあっちこっちに視線が泳いでしまう。


 ★★★★★


 いつの間にかエントランスホールに着いた。

 魔術師軍からの書類には、まずここに来るようにと指示があったんだ。


 周りを見ても誰もいない。僕たちだけだ。


「……誰もいないですね」


 不安げに周りを見渡すセシル。

 頭をかきながら、アンリエッタはバックから書類を取り出す。


「ええっと。たしか、ここで入団式をするからって、書いてあるわねっ……」


 まさか時間を間違えたんじゃ?

 不安になった僕は、アンリエッタが広げている書類をとった。


「ちょっと見せて、アンリ」

「ちょ、ちょっとっ!」


 ちゃんと時間も場所も間違いない。

 今一度、周囲を見渡す。人の気配がない。エントランスなんだから、大勢人がいてもいいのに。不自然だ。


「お、おかしいわねっ。きっとお忙しいのよっ」


 うわずった声をあげるアンリエッタ。

 不安そうに視線を漂わせるセシル。


ゴワッ、と何かが背後から飛んでくる音がした。振り向くと小さな火の玉がこちらへと向かってきた。ファイアーボールだ。


「あぶない!」


 アンリエッタたちを突き飛ばすと、僕はとっさに飛行術で左横に避けた。

 今度は右方向からファイアーボールが飛んでくる。さっきより玉が大きい。さっきと魔法の波動の方向が違う。数人いる!


「アンリ! セシル!」と、注意を促す。

「わ、わかってるわよっ!」

「だ、大丈夫です。対応します」


 二人とも襲ってきたファイアーボールをかわすと、飛んできた方向へサンダーボルトを放った。こっちも逃げてばかりはいられない。


「ピーターっ! どうなってるのっ? わけわかんないんだけどっ」

「僕に聞かないでよ。わかんないよ。突然、襲ってきたんだからさ」

「……敵は三人ってとこじゃな。どうするんじゃ? お前様」

「自分たちの身を守るに決まってるだろう?」


 お互いを守るように背中合わせになって、四方に注意を払う。


「どうしよう……。入団式じゃなかったの?」


 震える声でセシルがつぶやく。


 本当にそうだ。ここに来るようにと言われて、学園から出てきてみれば姿が見えない連中にファイアーボールを浴びせられているんだ。文句も言いたくなる。


『……ご主人様! 来ます!』


 エアが警告を発した。

 身構えた僕たちの前にあらわれたのは、男性二人とアイナ指揮官だ。


「アイナ指揮官!」


 助かった、とばかりに僕は声をあげる。

 彼女に駆け寄ろうと一歩を踏み出すと制止させられた。


「何すんだよ?」

「待てと言うとるのじゃ。あのエルフを見よ」


 ぎゅう、と僕の腕をつかんでいたリーンが指揮官を指さした。

 目の前にいるハイエルフは厳しい眼差しで僕らを見つめている。かつて文化祭でリーンを相手にした時のような獲物を狩る目つきだ。

 自ずとリーンの指先に力が入り、彼女の爪が突き刺さってくる。僕もアイナ指揮官の目をにらみ返した。


「あはっ! にらめっこ、負け。ごうかく。なのです!」


 猛獣のような目つきから一変、とびきりの笑顔を僕らにみせると、抱きついてきた。


「ア、アイナさんっ!」

「こ、こら。何をしとるのじゃ! この乳エルフは! 離れんか」


 ぽわんぽわんした胸の谷間に僕の顔が埋もれてる。なにやら女性陣が騒がしいけど、もうちょっとこのままでいたい。


「ほらっ! いつまでも埋もれてないっ!」 


 グイッと両肩をつかまれ、しっとりした肌から引きはがされちゃった。


「わ、わざとじゃないよ、アンリエッタ。ハグされただけじゃないか……」

「む。だいたい上司に抱きついてるっておかしいわっ」

「ほらほら、アンリさんもピーター君も。まずは並ぶのです!」


 言いあいをはじめた僕たちの間にアイナさんが割り込む。パンパンと手を叩いて合図をすると、僕たち五人を整列させた。


「まずはお詫びを。部下が君たちの実力を知りたいというので、襲ってみたのです! ま、合格でいいかな? 軍曹と少尉」

「はっ! 指揮官殿、私めは十二分だと考えます」と、ガチャリと剣を

「よし、で、軍曹はどう? なのです」

「……いいだろう。最初の一撃をとっさに判断したのは評価する」


 

「相変わらず無愛想だねえ、ミロン軍曹。さて、改めまして。私が宮廷魔術師軍指揮官アイナなのです!」

 

 ビシッと彼女が敬礼をすると、脇に立っていた二人もならった。


「……ミロン軍曹だ。よろしく」

「私めはアンドレ少尉と申す。よろしく頼む」


 ムスッとして銀縁の眼鏡をかけているのが、軍曹か。これに対しアンドレ少尉はなぜか上半身むき出しだ。そのうえ色黒の筋肉質とくる。まったく正反対の二人だ。


「よっし! ようこそカロウバワ王国宮廷魔術師軍へ!なのです」


 アイナさんの号令とともに僕ら五人は、エントランスホールで正式に宮廷魔術師軍の一員となった。







 





 







  

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