第32話 緊迫の試験結果

 翌日、後期試験の結果が発表された。

 魔術学園では全員の成績が廊下に貼り出される。みんな、僕がビリだってわかっているのはそのせいだ。


 結果を見るのが怖い。ビリだったらどうしよう。

 アンリエッタたちに気がつかれないように、朝一番にこうして廊下に来た。


 さすがに試験明けだからか、誰もいない。


 さて僕の成績は……と。


「おはよ、お前様……」

「げ! り、リーン。いつのまについてきた?」

「いつの間に……とは冷たいやつじゃの。今朝は儂が起こす番じゃったのじゃが、お前様がいなかったからの。こうしてついてきたわけじゃ」


 そうだった。

 ま、いいか。アンリエッタやセシルじゃなきゃ。彼女たちと一緒に成績をみる勇気がないや。もしひどい点数だったら、合わせる顔がない。


「いいよ、リーン。じゃ、成績が悪い方から見ていくか」

「はん? なにをいうとるのじゃ、良い方から見ていくに決まっておろうが」


 そういうなりシャツの裾を引っ張って、成績優秀者の方へとひきずる。華奢で小さい体のどこにそんなパワーがあるんだ。


「さて。ピーター・ヨハンソン、ピーター・ヨハンソン……っと。ほう、一番はセシル・エイクマンか。普段はおとなしいくせにやりおるの」

「え? セシルが一位だって?」

「そうじゃ。ほれ、顔をあげてみてみ」


 嫌がる僕のあごを、リーンが小さな手で持ち上げる。自ずと掲示板が見える。生徒の名前の先頭には確かに『セシル・エイクマン』とあった。

 

「すげえ……さすがだ」


 それにしても驚いた。成績優秀なのは知ってる。ただ今回はちょっと事情が違うと思う。なんせ僕に告白したんだ。それって勇気がいることだし、すごくエネルギーを使うはず。そんな一世一代の大仕事をしながら、僕に勉強を教え、しっかり自分も勉強していたなんて。


「ほう、小娘もなかなかのもんじゃな」


 タフなセシルに驚いている隙に、またしても成績上位者の中から知り合いを見つけたようだ。

 リーンの視線の先にはアンリエッタの名があった。

 僕に教えながら、しっかりいつも通りの順位に収まっている。元々真面目で優等生だ。なんせマグナス先生の娘だから、当然なんだけど。


『ふわああ、おはよ。ご主人様』

「のわっ!」

『なによ、驚くなんてぇ。いつもおそばにいるエアを忘れたの? およよ』


 人の肩の上でわざとらしく泣き真似をするエア。どうやら今まで寝ていたらしい。試験が終わって、開放的になったアンリエッタたちと一緒に夜更かしをしていたもんな。


「忘れちゃいないよ。連チャンで夜中まで遊んでりゃ、朝も起きれないよね?」

『ぷぅ。ご主人様だって騒ぎまくっていたくせにぃ……』

「そ、そんなことはない! それにほら、こうやって早起きしたし」


 周囲には僕たち以外、誰もいない。

 後期試験の結果が発表されると冬休みになる。そんなこともあって生徒たちは解放感いっぱいなのだ。当然、僕らのように夜更かししてるか、試験疲れで爆睡している連中がほとんどだ。


「そうそう、珍しく早起きしたものなあ。くくくっ」

「ほっとけよ、リーン。早く僕の成績を探さないと」


 同室の女の子二人は優秀だからいい。

 でも僕は……。落第だったら彼女たちに合わせる顔がない。

 逃げ出したい……。


「おおっ、あったぞ。お前様」


 及び腰になりはじめた時、嬉しそうにリーンが叫んだ。

 おそるおそる彼女の視線をたどる。その先には『ピーター・ヨハンソン』とあった。


 名前の前に書いてある順位。

 それは信じられない数字だった。


 九位。


 信じられん。今まで九十九位だったのだ。

 今一度、目をこすって見た。

 九の前には数字はない。少し前に出たり、横から見ても、どこから眺めても九位だ。


 自分で頬をつねってみる。


「いてっ!」……夢じゃないんだ。

「何をやっとるんじゃ、お前様は。娘っこたちには敵わなかったが、立派なものじゃ」


 呆れ顔のリーンとエアの顔を交互にみる。正直言って信じられない。


『これがご主人様の真の実力よん』

「そのとおりじゃぞ」


 と、左右から同時に頷いてみせる。


 これで僕の運は使い果たしてしまったかも。いや、これから悪いことが起こるに違いない、などとあらぬ妄想をしていると、クラスメイトたちが掲示板に集まってきた。


「お――! 早いな。もうみたのか?」と、オーウェンたちが何気に掲示板をみる。


 幸いなことに自分たちの名前を探すことに熱心だ。

 もし万年ビリの僕が彼らより上だってバレたらどうしよう……。嫌味を言われるんだろうか? 意外と気がつかれないかも。複雑な思いが胸中をめぐる。


「ん? うそだろ!」


 成績上位者たちの名前が列挙してあるところを指して、オーウェンが叫ぶ。


「……なんで俺らより上なんだ? ピーター」


 信じられないといった面持ちで、僕と掲示板を交互にみるクラスメイトたち。僕だって信じられんのだからしかたない。


「ふふん、これがピーターの真の実力よ」


 なぜか自信ありげに平らな胸をはるのは、アンリエッタだ。強気にぐぐぃとオーウェンたち男子生徒たちに迫る。彼女の迫力におされたのか、オーウェンの後ろにいたブレンディが、反論する。


「そ、それにしても急にこんなに成績が上がるわけがない。きっと不正をしたんだ!」


 ブレンディの言葉に反応するかのように、そうだそうだ、という同意の声があがる。

 ……まずい。不正なんかしてないけれど、状況的に不利だ。


「失礼ね、ブレンディ。何か証拠があるのかしらっ?」

「……い、いや。こんな短期間でトップクラスに入れるわけがないんだ。ほんの二、三ヶ月前までビリだった奴が成績上位者になるなんてあり得ないっ!」


 ブレンディの家は貴族だ。

 でもオーウェンやアンリエッタたちよりも格下だったりする。格下だからこそ努力してるのは知っていた。いつも成績上位にいたからだ。だからこそだろう。急に僕が自分より成績が上になったのが許されないのだ。


「あたしたちが必死に教えたのっ! 言っておきますけどね、ブレンディ。ピーターだって必死にやってきたのよっ。飛行訓練とかあなたも見ていたでしょっ?」

「そりゃあ頑張ってたけど……。それとこれは違う!」

「どう違うのよっ!」


 仁王立ちになって男子生徒たちの前に立ちふさがるアンリエッタ。

 ちょうど僕はアンリエッタに守られているような体勢だ。ちょっと情けない……。


「なにをやってるんだ?」


 巡回にでも来たのか、ちょうどマグナス先生が僕たちの間に入ってきた。


「……いえ、ちょっとブレンディが成績のことで難癖をつけていたものですからっ」

「そうなのか? ブレンディ君。どういうことだ?」

「ピーター君の成績……おかしくないですか? これまでビリだったのに、急にこんな高得点がとれるわけがない」


 睨めつけるように先生をみると、吐き捨てるようにブレンディは堂々と文句をつけた。


「ほう……。我々学園の教授陣に君はケンカを売ってるのかね?」

「そういうわけでは……」


 アンリエッタとブレンディの間に入り、たじろぐ彼との間を詰めていく。


「今回のピーター君の成績はきわめて優秀だった。特に論述筆記の問題については素晴らしいと採点担当者は言っていたのだ」

「ふ、不正の可能性はなかったのですか?」


 ブレンディの隣の男子生徒が口を挟む。


「断じて不可能だ。なぜなら試験会場には幾重にも魔導眼を張りめぐらているからな。カンニングなど不正があった場合、直ちにわかってしまうようにしている」

「魔導眼……って何ですか?」と、アンリエッタが尋ねた。


 僕も初めて聞く。魔導具の一種だろうか。

 周りを見渡すとマグナス先生はふぅ、とため息をついた。


「魔導眼は魔法によって作り出された複数の目だ。いくら離れていてもお前たちが何をしているかわかる代物だ。本来、軍隊で開発された監視やスパイ用の魔法術式だ」

「そ、それって僕らを監視していたってことですか、先生」


 オーウェンがギョッとした表情をして尋ねる。気持ち後ずさり気味だし、額に汗を浮かべている。


「言葉は悪いがそうだ」


 そこにいた皆がどよめいた。試験会場にいた先生だけじゃなく、あちらこちらから見られていたなんて、誰が想像できよう。そんな環境じゃ、とてもじゃないけど不正なんかできない。学園では試験中の不正行為は即退学だからだ。


 涼しげな表情でマグナス先生は宣言した。

 

「……厳正な採点と試験会場での様子からピーター・ヨハンソン君は、見事九位の成績となった。これは立派な成果だ。この結果について不平不満があるものは前へ出ろ」


 腰に手を当てた先生が生徒たちを見渡す。

 みんな、すっかり萎縮してしまっている。魔導眼を使った監視の目もクリア。そのうえ試験結果もクリア。これで不満があるとするなら、僕への当てつけだろう。


「……よし、異論はないな。どうやらクラス全員が集まっているようだから、みなに報告しておこう。ピーター・ヨハンソン君、アンリエッタ・ウェアハム君、セシル・エイクマン君、以上三名は今期の試験を持って卒業となる。卒業後は宮廷魔術師軍の訓練兵となる」


 ……。

 しばしの沈黙。

 誰もがあぜんとして、ぼんやりと僕たちを見つめている。


「ちょ、ちょっと先生……。言って意味がわからないんですけども?」


 いち早く言葉を発したのはマリア委員長だ。疲れたような顔をしているのは気のせいだろうか。


「言ったとおりだ、委員長。送別会はどうするのか? お前の業務だぞ」

「え、ええ。確かにそれはそうなのですけれど……」

「やるのならさっさと支度をしたらいい。今週末には宮廷軍へ配属になるからな」


 いっ! それは聞いていないぞ。

 いつの間にか隣に来たアンリエッタやセシルの顔色をうかがう。二人とも首を横に振るばかりだ。当然、リーンやエアが知るはずもない。


「あ、あの……。今週末に配属って本当ですか?」


 おずおずとセシルが口を開いた。

 そりゃあ急すぎるもんな。寮の部屋も大変なことになってるし、どうしよう……。ラッキーなのは友達はほとんどいないから、別れを惜しむようなことがないってことだ。


「ああ、そうだ。なんだ聞いてないのか」


 僕らはコクコクと首を縦に振った。今週末ってあと三日しかないんだが。


「今伝えたぞ。変更はないからな」


 短く要点だけ伝えると、さっさと教務室の方へと先生は戻っていった。

 

 あまりの急転直下に同級生たちは茫然自失ぼうぜんじしつとしているものが多かった。そのうえマグナス先生のあの威圧感。この場から先生がいなくなった途端、緊張から一気に解放された。


 ようやく自分の成績を確認する人や、一喜一憂する人たちなどで急に掲示板周辺が賑やかになる。

 しばらくすると僕とアンリエッタたちのそばに集まってきた。どうやら成績確認は一段落ついたようだ。

 最初に声をかけてきたのは、意外なことにマリア委員長だ。


「ねえ、ピーター君たち。ほんとに宮廷に行っちゃうの?」


 金髪縦ロールのその一言が波紋のように同級生たちに広がっていく。


「そうだ、そうだ。来年もいるんだよな?」

「春の感謝祭はどうするの? アンリ……。いなくなると寂しいな」

「体育祭で一緒に飛びたかったぜ! ピーター」

「……リーンちゃんは? リーンちゃんもいなくなっちゃうのかい?」


 あっという間にクラスメイトに取り囲まれた。そんなに一度に聞かれても。セシルなんかたくさんの男子に囲まれて戸惑っているし、アンリエッタも同級生たちに囲まれてしまった。

 僕の周りには金髪縦ロール委員長とオーウェンしかいない。そんなに人徳がないんだ……僕は。

 アンリエッタたちに負けた気がして落ち込んでいると、ブレンディがやってきた。

 そして僕の目の前に来るといきなり土下座をした。


「無礼を許してくれ! このとおり」

「僕からも許してやってほしい」


 地面に額をくっつけているブレンディを代弁するように、オーウェンが頭を下げてきた。男二人から頭を下げられちゃっては……。そもそも許すも許さないもない。ブレンディの誤解だったわけだし、元はといえば日頃からビリだった僕が悪い。


「気にしないで。顔を上げてよ、ブレンディ」


 気持ちを素直に告げると、彼は顔を上げた。ゆっくりと立ち上がって、改めて頭を下げると、なんと握手を求めてきた。


「え? どうしたの? 急に。ま、別にいいけどさ」と、握手に応じる。

「い、いや。なんとなく……だ、だって宮廷直属の軍に入団するんだろ? すごいじゃないか」


 少し照れくさそうにはしているが、純粋に喜んでくれているようだ。

 宮廷魔術師軍入団といっても訓練生なんだけどね。


「あ、ありがとう。でも下っ端だよ?」

「いやいやいや、下っ端でもいいじゃないか」

「こほんっ! 仲直りしたところでよろしいかしら?」


 後ろから金髪縦ロール委員長が声をかけてきた。

 僕たち男子三人組がおそるおそる振り返ると、クラス全員が集まってきていた。


 いつの間に……。


「さあてっ! 夜がふけるまで、ピーター君たち三人の門出を祝して、一大パーティーを開催するわよ!」


 と、金髪縦ロールをバネのように揺らしながら、委員長が高らかに宣言した。

 

 いっせいにうわああああっ、と歓声が上がり、僕とアンリエッタ、セシルが取り囲まれる。そのまま体を持ち上げられたと思ったら、僕は宙を浮いていた。

 

 胴上げをされているのだ。

 すぐ隣ではアンリエッタや、セシルがキャアキャア言いながらも胴上げをされていた。


 なんだろ……。この気持ち。味わったことがないこの暖かい気持ちは……。自然と目から涙が浮かんできた。

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