第31話 本番はこわいよね
「おう、ピーター。調子悪そうだな」
教室に入るなり、オーウェンが心配そうに声をかけてきた。
「……ああ。しばらく徹夜続きだったから、体が重いよ」
「顔色、悪いものな。それにしても、同室の女の子たちは、みんな元気そうじゃないか。一緒に勉強してたんだろ?」
「ああ……」
あ——。彼の声が遠くに聞こえる。大丈夫かな、僕。
今日は後期試験本番だっていうのに不安だ。
「ふわあああ」思わず大きなあくびをしてしまった。
大あくびをしたところ、タイミング悪くアンリエッタに見つかってしまった。すかさず叱咤が飛んでくる。
「ピーター、本番で寝るんじゃないわよ。わかってるでしょ」
「わかってるよ、アンリ。でも終わったら寝る……」
「そうしなさい」
「まったく……」
後ろ手で右手を振って離れていくアンリエッタの姿を眺めながら、僕はひとりため息をついた。
眠いのはアンリエッタたちのせいだ。
……よりによって試験前だっていうのに。どうして彼女たちが一斉に告ってきたり、迫ってきたりしたのかわからない。なかなか二人っきりになれないっていうのはあるだろうけど。後期試験が大切だってわかってるじゃないか……。
自分の中のモヤモヤが消えない。
はああ、と深いため息をついていると、委員長が話しかけてきた。
「あら? ピーター君。ほんとはテスト勉強中、女の子に囲まれて嬉しかったでしょ?」
金髪縦ロールを指先でくるくる回している。なんだか余裕だな。きっとテストもばっちりなんだろう。
「いいや、大変だったよ。いろいろあって……」
そう大変だった。
女の子たちに戸惑うことの方が多かったから、あんまり勉学に身が入らなかった。
僕が首を横に振っているのを見て、意味ありげにマリア委員長が聞いてくる。
「同室の女の子たちは真剣だったんじゃない? いろいろと……」
「そ、そんなことは……ないよ」
セシルたちとのことを見透かされているようだ。この金髪縦ロールにだけは知られたくない。思わず尻つぼみな語調になってしまう。
「ふうん……。そう? アンリたち、いろいろはりきってたようだけど……ねえ?」
「……わ、わからないところは、はっきり教えてもらったよ」
追撃してくる委員長に曖昧に返答しておく。感づかれたら大変だ。満足できる返事じゃなかったのか、縦ロールをこねくり回しながらため息をついた。
「……ま、いいわ。試験が終わったら、アンリたちに聞くから。それとね……」
「ん?」
「アンリたちはピーター君と一緒にいたいって思ってるのよ。気持ちに応えてあげるのが、友達、いや男の子ってものじゃなくって?」
いうことだけいうと、何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。
どこまで知ってるんだろう? 意味深な……。
彼女のいうことはわかるよ。今の僕にはどうしたらいいかわからないんだ……。
ああ、もう試験前だっていうのに! ついムシャムシャと頭をかいた。
『こら、お前様。目の前のことに集中じゃ』
リーンの声が頭に響く。
普段、勝手に教室に出入りしているリーンだが、今日は試験日のため、元々部外者ゆえに追い出されているのだ。
僕の頭のなかにだけ伝わる彼女の声は、誰も知らないし聞こえない。
「わかってるよ」
つい声を荒げてしまった。クラスメイトたちが
緊張した空気がリーンに伝わったのか、ヒソヒソと彼女がアドバイスしてくる。
『……あとで儂が愚痴を聞いてやろう。ほれ、こういう時は目をつぶって深呼吸じゃ』
リーンのいう通りゆっくりと深呼吸をしていると、背後からオーウェンの気配がした。振り向くと肩をすくめて立っていた。
「そろそろ始まるな」
教室の時計を見て、オーウェンが言った。
成績がいい彼でも緊張はするようだ。いくぶん表情がこわばっている。
「……とにかく、もう本番だもんな。互いに頑張ろうよ」
「おう、ピーター。ビリにならないようにな」と、軽く僕の肩を叩いた。
「だったらいいな」
彼の緊張をほぐそうとして、無駄な力が抜けたのは僕の方だった。少しだけ顔が緩んだのが自分でもわかる。
教室の扉が開き、マグナス先生が入ってきた。
一斉にガタガタと席につく音や、教科書をしまう音がする。
問題用紙が配られる。紙がこすれる音だけが聞こえる。
ごくりと生唾を飲む音が隣から聞こえてくるようだ。
後期試験は筆記のみ。そのうえ追試験がない。ここでひどい点数を取れば、進級はないのだ。誰しもがキリリとした顔で、机上に置いてある問題用紙に視線を落としている。
「はじめ!」と、先生の号令。
一足早い卒業がかかった試験が、今、はじまった。
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