第30話 恋のペンタグラム

「ピーター君はどう思ってるの? 私のこと……」


 やっぱりきた! 頭抱えてしまいそうだ。

 今のところ好きな人っていない。そもそも考えたことがなかった。


 かといって女の子と、無縁というわけじゃない。

 アンリエッタにリーン、エア、そしてセシル。彼女たちと同室だし、卒業後も一緒だ。


 彼女たちはみんな魅力的だと思う。

 

 時々、アンリエッタとのことを、からかわれたりすることがある。でも彼女とは幼なじみでルームメイト。腐れ縁ってやつだ。たまにきれいだな。とか、ドキっとすることがある。


 リーンは病に倒れた時に、いつの間にか一緒にいた魔導書だ。魔法のことだけじゃなく、人間関係のこととか、いろいろアドバイスしてくれる。実年齢のせいかな? どっちかというとお姉さんって感じだ。

 

 エアは僕のことをすごく気に入ってるようで、いつも肩の上か頭上にいる。肝心な時にはちゃんと知恵も力も貸してくれる。彼女もお姉さんタイプだ。


 セシルには、今告られた。


 正直、戸惑ってる。

 だってクラスの高嶺の花だもの。信じられないというのが、本当のところだ。


「や、優しいし、すごく魅力的だと思うよ」

「だ、だったら私と……」


 ぐいっと一歩を踏み出して迫ってくる。いつものおどおどした感じじゃない。ものすごく必死だ。真剣に告白してるのがよくわかる。

 

 だったら僕も、真剣に応えないと……。


「ありがとう、嬉しいよ。でもちょっと待ってない……かな?」

「え? どうして?」


 彼女は美人なのに鼻にかけないし、優しい。だから人気ナンバーワンも納得だ。おっとりしているけど、基本的にはしっかり者。きっとお嫁さんにはピッタリだ。


 でもほんの数か月前まで、彼女と直接話すことはなかった。

 アンリエッタといつも一緒にいる友達だとしか思っていなかった。だから好きだって言われてもピンとこない。ほんとセシルのことを知らないんだ、僕は。そんな状況でいきなり付き合うとか、恋人になるとかありえないよ。


 よし! 正直に話そう。わかってくれるかな……。


「正直いって直接、セシルさんと話をすることって、あんまりなかったしさ……」

「……」


 黙ってうつむいてしまった。


 どうしよう。悲しませてしまったかな。内心、

 ああ、そうだ。こう言い直そ。


「あのさ。だからいきなり付き合うより先に、もう少しセシルのことを知りたいんだ」

「……私のことを知りたい?」

「うん」


 ぽんと手を叩くと、セシルはおもむろに上着を脱ぎはじめた。あれよあれよ間にブラを外そうと……。

 え? ちょっと待って! ぶわわっと額から汗が出てきた。


「わっ! いきなり何を……」と、必死に見まいと顔をそむけながら制止する。

「え? だって私のこと知りたいって」

「そういう意味じゃないって!」

「男の人が女の子のことを知りたいって言ったら、体のことじゃないの?」


 きょとんとした顔でいうセシル。

 そりゃあ見たくないって言えば嘘になる。胸を見せてくださいって、口に出すのを必死でがまんした。

 

 もう半歩、彼女が距離を縮めてきた。


「……っ! 違うよ。僕はセシルの内面が知りたいんだ」

「内面?」

「そうそう。普段、どんなことを感じるのかとか、何を考えてるのかとか……」

「お付き合い……していいってこと?」

「いいっていうか、その、もうちょっとお互いのことをよく知ろうよ。それからでも……」


 あー、ダメだ。胸の谷間が気になってうまく言えない。至近距離にほんのり染まったつややかな肌がある。微妙に汗ばんでいて、見てるとどうにかなってしまいそうだ。はやくセシルから離れないと。


「お、お付き合いというか、まずは親友として……ならどう?」

「親友……」

「そう。だって僕ら、まだ学生だし。まず直近の試験をなんとかしないと。一緒に卒業できないよ」

 

 試験と聞いてセシルはぴくっとした。

 さすがにテスト勉強をしている最中だって、気がついたようだ。途端に顔が青くなった。


「わかったわ、ピーター君。でも気持ちは伝えたからね。お返事を待ってるわ」

「あ、ああ。じゃ、勉強しようよ」


 こくりとうなずくと、そそくさと上着を着てしまうセシル。もうちょっと生肌というか、胸のあたりを見ていたかったかも。


 ★★★★★



「で? 告白されてしまったというわけじゃな」

「……そういうこと」

「まさかお前様から、恋の悩みを聞くとは思わなんだ。お年頃じゃのう」


 と、ジト目でにらむと指でつっついてきた。


「リーン、僕は困ってるから貴重な勉強時間を削って、聞いてるんだよ?」

「ふふ、この際じゃ。たのしみは共有しないと。のう、軽薄女よ」

『軽薄女じゃないもんっ。それにしてもご主人様、モテモテだねっ! さっすが!』


 と、今度はエアが人の頭の上で、脳天気に小躍りする始末。はああ、相談するんじゃなかった。なにが愉しみだよ、まったく……。


 試験前夜はリーンとエアの二人が教える番だ。せっかくの機会に年上のお姉さんたちにセシルとのことを相談してみたのだ。二人のことだから、アドバイスをくれるだろうって思ってた。

 

「僕はセシルに迫られてから、一睡もしてないんだけど。真剣に考えてよ!」

『あらあらっ、ご主人様怒っちゃったよぅ』

「やれやれ短気じゃのう、お前様は。要はあこがれのきみに告られて、困っとるのじゃろ?」

「うん、だって今まで見てるだけの女性ひとだったしさ……」


 ほんと眠れない。どうして僕なんかを好きになった? その理由もわからない。あのセシルが目の前であんな大胆に肌を見せるなんて。ほのかにピンク色になって、汗で輝いていた生肌が脳裏に焼き付いて離れないんだ。

 

 はああ、と思わずため息が出てしまった。

 

 ふふんと不敵な笑みを浮かべると、リーンは僕の脇腹をこづいてきた。エアもくすくす笑ってる。こんなに困ってるっていうのに。


「なんだよ……」


 口をとんがらせて二人をにらんだ。


『きゃははっ! ご主人様ったら、うぶなんだからぁ』

「お前様、贅沢ぜいたくじゃぞ」

「贅沢? そうかもしれないけど、どうしたらいいか……」

「やれやれ……お前様にとって、おなごはどういう存在なのかのぅ」

「どうって……」


 難しすぎる。どんな魔法術式を解くのよりも難しい。


「考えるのじゃ。いいか、もうお前様は童貞じゃないのじゃぞ。もう少しおなごの気持ちを考えるのじゃ。勇気を出して、おなごが好きだっていうてきたのじゃろ?」

『え? ちょっと待ったあ! 今さりげに重大なことを言った!』

「どうした? 第四階梯の軽薄女」

『今、ご主人様が童貞じゃないって……』

 

 あわわと言いながら、エアがあわてている。


 あれ? 言われてみれば……。え! ええっ! 経験したっけ? 

 頭をひねっていると、舌舐めずりをしたながらリーンが応えた。


「知れたことじゃ。とっくの間に儂が喰った」

『あ――やっぱりぃ!』


 ほんとかよ! 覚えてない。リーンがベッドにもぐってくることはあるけど、

「え? 話が見えないんだけど。いつ、僕がリーンとしちゃったの?」

「なにを今さら……。とっくにちぎったのだぞ、お前様と」


 契ったって……。あっけらかんと話しているリーンを僕はあぜんと見つめた。記憶がないんだ。人生でも重要なイベントなのに。

 あんぐりと口を開けている僕を尻目に、リーンとエアが言い争いをはじめていた。


『まったくぅ! 油断も隙もないわあ』

「契約じゃからしかたないじゃろ? お前だって誓約と称してキスしたくせに!」

『それとこれは話が違うわあ。ちょっとショック……』

「ちょっと! 勝手なこと言ってないでよ!」


 突然の大声に驚いたのか、二人は目をまん丸にして僕をみた。


「お前様……」

『ご主人様、調子に乗ってごめんなさい』


 ブルブルと自分でも怒りが湧いてくるのがわかる。はじめてリーンに対して怒った。

 リーンは目を細めると穏やかな声で話しかけた。


「……悪かったの。これだけは覚えておいて欲しい。儂は、お前様が気に入っておる。だから契った。何があっても儂はお前様と一緒じゃ」

「……」


 じっとリーンを見つめる。気に入ってくれてるのは嬉しいけど……さ。


「ああ、もう面倒くさいやつじゃ」


 黙って見つめている僕をいきなり抱きついてきた。その勢いでよろけて後ろへ倒れると、目の前に凛とした彼女の顔があった。つい、さっきまでの僕をからかっていたリーンじゃない。すごく真剣な顔だ。

 

「儂を信じろ……もう過ちは繰り返さん」


 切羽詰まったように僕を見るリーン。

 そのままリーンの唇が僕に近づいてくる。


 あと紙一枚というところで、切り裂くような強烈な風が横から吹く。その風圧で僕の頬が少し切れた。


 風が吹いてきた方を見ると、エアが仁王立ちしていた。


『目の前でイチャイチャしないっ! さっき女の子の気持ちが……って言っていたくせにい』

「おおっと、そうじゃったな……。悪い、悪い。ま、気にするな、第四階梯。そうそう、相談にのっていたところじゃったの」

『まったく……ひとりじめはよくない』


 プンプンしているエアをおいて、再び僕の方を見る。


「さて、お前様……」

「な、なんだよ、リーン」

「とにかくじゃ、儂も含めて周りにいるおなごの気持ちを考えよ。皆、お前様の力になりたいと思うとるのじゃ。むげにしてはならん」


 女の子の気持ちを考えろ……か。

 アンリエッタもセシルも、目の前にいるリーンやエアも。みんな僕に力を貸してくれている。彼女たちに甘えてばかりだ。そんなことじゃダメなんだって思う。


 これからもずっと一緒にいる仲間だ。

 少しずつ彼女の気持ちに応えられたらいいなって思う。


「わかったよ……リーン。すぐに答えを出さなくてもいいよね」

「むろんじゃ。よけいな話ばかりしてしまったの。しかたない、今宵は徹夜じゃの。力を貸すから、きっちり結果を出してみよ! お前様」

「えっ!

『えっ、じゃないわあ。テスト勉強でしょう? ハイレベルの精霊と魔導書に直接教わるなんて、ご主人様は幸せだわあ』

「その通りじゃ。さあ、ほれ、この精霊術式を解け。すぐできるじゃろ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! リーンにエア……」


 二人に机に縛り付けられた僕は、本当に徹夜で問題を解き続けることなった。

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