第27話 二つの修羅場

「どういうことかしらっ?」


 僕の目の前には、目をつり上げ、仁王立ちになっているアンリエッタがいるのだ。

 僕はというと、鬼の形相の彼女の前で正座させられているところだ

 それも教室の後ろで、同級生たちのさらし者にされちゃっている。


 どうしてこんな目にってるかというと、リーンと二人っきりで花火を観たことを責められているのだ。


「そ、そうですよ……ピーター君。みんなで花火をみた方がよかったじゃないですか……」


 セシルの言うことが正論すぎる。

 耳が痛い。


「そ、それはさ……」と、言いかけて、言葉をにごす。

「リーンちゃんもリーンちゃんよっ! どうして、ふ、二人っきりで、それも空から観てたのよっ」


 らちがあかないとでも思ったのだろう。

 アンリエッタはリーンにも噛みついた。


「まあまあ、小娘、許せ。たまには二人っきりで話がしたかったんじゃ」

「ふ、二人っきりで、ですってっ!」


 あちゃあ……。焼け石に水じゃないか。


「ちょっと! リーン、どういうことよっ。抜けがけは禁止っ!」

「抜くもかけるもないじゃろうが、この小娘」

「まあっ! このぺったんこっ」

「ぺ、ぺったんこじゃと! 言わせておけば……! まだ儂は成長期なんじゃ。きさまこそ、乳と尻だけ大きくなりおって」


 リーンたちがケンカをはじめたので、そっと僕は彼女たちから離れた。そろそろマグナス先生が来るのに、いつまでも正座してられないや。


 自分の席に戻ろうと、おそるおそる動きはじめると今度はエアがそっと肩にとまった。


『ご主人様ぁ、ところで……どうしてお一人で時間制御魔法が使えたんですかあ? 時の扉を開けることができるのは、精霊界エレメンタルワールドでも高位のものだけなのよぉ』


 小さい頬をぷうっと膨らませて、そう不満をぶちまけてきた。


 風精霊第四階梯の彼女にとっては、時間を制御できることは誇りだ。そりゃ不満だろう。

 自分以外の誰かが『時の扉』を動かしたとなれば、沽券こけんにかかわるよな。


 よし、素直に話そう。


「エア……。僕にもわからないんだ。試しにやってみたら、できちゃったんだよ。ちょっとリーンの魔力を借りたけど」


 え? って顔で僕を見ると、あごに手を当てて考え込んでしまった。

「どうしたの? エア。大丈夫?」


 エアの顔色が悪い。心配になって声をかけてみた。彼女はぷるぷるとかぶりを振った。


『ご主人様、アイリ……おっと、リーンの力を使っても、時の扉は開けないはずなのぉ。ご主人様が精霊か、そU力がないと無理ですぅ』

「え? 僕はてっきりリーンの力だとばっかり……」

『ううん。わからないわあ。もしかしたら、ご主人様自身なのかも』


 ……。僕自身から? そういう実感がないんだけど。

 リーンが具現化してから、ちょっと魔法がうまく使えるようになったかな、とは思ってはいたけれど。


「こら、お前様。この聞き分けのない小娘たちに、何とか言ってやったらどうじゃ? さっきから肩の上におる軽薄女と乳くりあいおって……」


 やばい。

 めざといよ、リーン。

 見つからないように、遠回りしてきたのに台無しだ。リーンがずんずん迫ってくる。


「ち、違うよ! エアとは相談事を……」


 あわててかぶりを振って、悪いことをしてないって主張した。あんまり意味なさそうだけど、なにも言わないよりマシだ。


 いつの間にかアンリエッタたちに囲まれていた。


「ふうん。ピーター? あたしたちよりエアと仲良くしたいわけねっ」

「そ、そうじゃなくって。みんな、話を聞いてよ」


 ダメだ。まずい。収拾がつかない。


 そのとき教室の扉が開いた。

 マグナス先生が来たのだ。

 

 ぎろりと先生が教室を見渡す。すごい威圧感だ。

 騒がしかった教室が一瞬で静かになった。


 以前、いつまでも騒いでいた生徒が、そのまま氷漬けにされたこともあるという。

 本当かどうか知らないけれど、そんな話を先輩方から聞かされていれば、おのずと静かになる。 


「騒がしいな。いつまでも文化祭の気分でいるわけにはいかないぞ。もうすぐ楽しい期末テストだぞ」


 皆、黙って頭を垂れて聞いた。

 確かにそのとおりだ。文化祭が終わると、すぐテストなのだ。すっかり忘れていたけど。


 この魔術師学校は二学期制だ。


 前期は実技を中心にしたもの、後期は魔法理論や歴史、魔法数学といった座学がテスト範囲となる。

 前期試験は追試があるが、後期試験についてはない。このため、学生たちにとって、文化祭が終わってからは死に物狂いで勉強しなくちゃならないのだ。


「さて、はやくも進路が決まったものがいるが、落第となれば未来はない。この程度のことがこなせないなら、仕事もできないだろうからな」


 暗に僕のことを言っているんだ……。


 魔法理論と数学は苦手だ。いつもぎりぎりだ。

 今回ばっかりは単位を落とせない。ため息が出る。


 ★★★★★


 マグナス先生の一言で、クラスの空気が一変した。


 僕らの周りにいた野次馬どもだけじゃなく、まじめなアンリエッタやセシルはもちろんのこと、関係ないリーンまで、真剣な表情で授業を聞いている。


 午前の授業が終わり、昼食をとりながら、思いついたようにアンリエッタが僕に言った。


「ピーター、あんた理論と数学は、いつも赤点ぎりぎりだったわよねっ」

「し、しかたないだろ。嫌いだし苦手なんだ」

「あたしが見てあげるわよっ。ね、セシル」

「はい……。私も教えますよ。ピーター君」


 どうやら二人で結託して、強制的にテスト勉強をさせようって腹らしい。

 

「わ、儂も魔法理論や数学を教えられるぞ」


 口の中に入っていたサンドイッチを一気にお茶で流し込むと、あわてた様子でリーンが口をはさんできた。


「リーンちゃん。貴女、教えられるの?」と、セシルが不安そうに尋ねた。

 正直、僕も不安だ。実技面はおかげでばっちりだけど、理論は違うぞ。


「ば、馬鹿にするなよ。小娘ども。こう見えて、昔は教えていたこともあったのじゃ」

「昔教えていたっ?」

「こ、言葉のあやじゃ。まだ小さい子どもに教えておったのじゃ」


 危ない危ない。魔導書が幼女に化けてるなんて知ったら……。


 確かに彼女の実年齢なら、かつて教えていたこともあったかも。さすがにアンリエッタも、本当の年齢を聞いたら驚くだろう。


「ふうん。リーンちゃんもテスト勉強会に加わりたいのね」

「当たり前じゃ。のけものにするな!」

「わかったわ。じゃ、今晩からさっそくスパルタでいくわっ」


 力強く拳を握って、思いっきりいい笑顔をみせるアンリエッタに僕は一抹の不安を感じた。

 

 ★★★★★


 今朝のけんかはどこへやら。

 勉強会がはじまると一変した。みんな真剣な顔つきになって、教科書を広げていた。

 

 そりゃあ、アンリエッタもセシルもせっかく宮廷魔術師軍に入れることになってるんだ。試験を落としました、では体裁が悪い。


「おい、お前様……。まさかこんな初等問題が解けんのか?」

「い、いや。あれ? ここって。あれ?」

「ほっんと。さすがに万年ビリね! どれ、この術式はこう展開するのよっ」


 二人に呆れられながらも、なんとか一つ練習問題を解いた。


「……間違ってるわよ。ピーター君」

「え?」

「え? じゃないでしょっ。どこがどうなったらこういう計算になるのっ?」


 セシルに突っ込まれて、あわてて確認する。

 彼女たちの言うとおり、計算が狂っていた。

 おかしい。ちゃんと術式を展開したのに。


「お前様。そこの計算が変じゃぞ」


 あれ? リーンが指摘したとおり、式の展開がおかしい。


「ピーター。そそっかしいわよっ! 計算だからいいけど、これが実戦だったら、死につながるわ。だいたい集中に欠けているわっ」

「そうじゃぞ。よいか。魔法の発動は魔力だけじゃないのじゃ」

「ああ。わかってるさ。集中力が大事だっていうのはわかる。でもどうしても間違えちゃうんだ」

「ピーター、それはあんたの気合いが足りないからよっ」

「そんなことを言われても……」


 気合いでどうにかなるんだったら、苦労はしないよ。


「よし! では儂らがこれから特訓してやるのじゃ」

「え? もう寝ようよ――。明日も授業はあるんだし」


 正直、もう眠かった。

 朝から彼女たちが大騒ぎしてくれたおかげで、もうくたくただ。

 あくびをして、ベッドへ行こうとすると、セシルに止められた。


「……ちょっと待ってください、ピーター君。寝るのには早いですよ」

 

 とっくに時計は真夜中の十二時を指している。


「でももう眠いよ……」


 眠い目をこすっていると、耳元にゴウっと音がした。


「ぐわっ! いたっ!」


 あまりの轟音ごうおんに、僕は耳をふさごうと手を当てようとした。

 その手は何者かに止められた。

 エアだ。鼓膜を破らんばかりの音は、彼女が出したのか。

 つい、さっきまで肩の上でうたた寝をしていたのに、いつの間に……。


『ご主人様? ちゃんとお勉強しましょうねえ。実戦が多少できてもぉ、理屈がわからないとダメですよお。眠かったら、起こして差し上げますよぉ』


 げ。

 また轟音を耳元で出されても困る。


 それにしてもエアまでもか……。誰も僕の味方はいないんだ。

 絶望的な気分で、僕は再び机に向かった。

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