第25話 文化祭に来ちゃったよ、変なお姉さんが。

 文化祭も最終日だ。

 

 初日はお客さんの大半は校内の生徒たちだ。ただ二日目になると、街の人たちや他校の生徒たちも来る。

 作業や接客に慣れてきたとは言え、知らない大人の人を相手にするのは緊張する。 


 お昼近くになって、少し混んできた。


「ちょっと……。廊下で変なお姉さんがうろうろしてますの。みてきてくれません?」


 注文を取り終わると委員長から声をかけられた。


「なんですか? 委員長、忙しいのに。自分で見に行ったらいかがです?」


 キッチンにオーダーをあげると、僕は金髪縦ロール委員長に文句をつけた。

 実際問題、忙しいのだ。

 これから二時間くらいが最後のかき入れ時になるっていうのに。怪しい奴がいるからって、呼びつけないで欲しい。


「そんなこと言わないで。ピーター君、お願い」


 両手を合わせてお願いされる。

 はあ。と、ため息が出てしまう。女の子に頼まれると断れないんだよ。


「わかりましたよ。みてきます」と、入り口の方へ向かった。


 廊下でうろうろしていたのは、長い金髪をポニーテールにしている女性だった。向こうや中庭の方ばかり気にしているようで、ちっとも顔が見えない。

 シャツ一枚にホットパンツという軽装だ。チラチラとウエストの生肌が見えてしまう。


 わわっ。むちむちだよ。

 クラクラする頭を軽く叩いて気合いを入れる。


「あのう。どなたかお探しでしょうか?」


 お姉さんの色気にドキドキしながら声をかけた。


 うさぎのように長い耳をピクッと動かすと、そのお姉さんはこっちを向いた。振り向いた途端、大きな胸がシャツからこぼれ出しそうになる。


「わあ。探してた。なのです!」


 振り向いた途端、顔見知りだとわかった。


「アイナ指揮官……どうしてここに?」

「つれないのです。文化祭だって聞いたので、せっかく来たのに」

 

 涙目になりながら、いじける姿はとても軍人とは思えない。どう見ても街を歩いているお姉さんだ。


「それはそうと今日は勤務じゃないのですか?」

「もちろんなのです! 非番なのです」

「じゃ、お客さんとして、僕らのメイド喫茶に来たんですね」

「なのです!」


 ま、いいか……。

 ちゃんとお金を払ってくれるのならお客さんだ。


「わかりました。じゃ、どうぞ」

「ほえぇ。ピーター君にエスコートされちゃってるのです」


 しぶしぶ彼女をテーブルへ案内し、注文をとる。


 確か宮廷魔術師軍って、他国への遠征もしてるから多忙なはず。こんなところで油を売ってる暇なんかないよね。ひょっとして、僕たちの様子を見に来たんじゃ……。


 いろんな妄想が頭に浮かんでは消える。


「コーヒーセット。ケーキはショートで」


 ふらふらしつつ、ようやくキッチンへオーダーを出した。


「ねえ、ピーター君。あの人、ずっとこっちを見てるよ? あのお姉さん、ピーター君に気があるんじゃない?」

「何言ってるんですか、委員長。あの人……」


 いけね。アイナ指揮官の事を話しちゃったら、僕たちが軍に入るってこともばれちゃう。


「ん? 歯切れが悪いわね。あの人がどうしたの?」

「い、いや。おっぱいが大きいなって……」


 途端に委員長の顔がまっ赤に染まった。

 次の瞬間、頬をひっぱたかれた。


「えっち! 何考えてるのかしら!」


 ぷんぷんしながら、教室から出て行く金髪縦ロール委員長。


 その後ろ姿を見ながら、僕はため息をついた。

 別に委員長の胸のことを言ったわけじゃないのに……。


「あはははっ。なのです」


 アイナ指揮官が爆笑している。それもテーブルを叩いてまで笑わないで欲しい。


 ちょっと頭にきた。自然と眉根に力が入った。

 つかつかと彼女のテーブルに行く。


「……他のお客さんにご迷惑になりますから、机を叩くのはやめてください」

「あら? あんまり女性に対して、初々しいから。なのです。でもテーブルを叩いたのは悪かった。なのです」


 さすがに非は認めたけれども。

 そのかわいそうな人を見るような目つきはやめて……。

 ちょうど周りにはあまり人がいない。

 気を取り直して、僕は問うた。


「本当に何しに来たんですか?」

「え? 会いに来ただけなのです」

「嘘ですね。また何か起こるんでしょ?」

「どうしてそう思うのです?」

「いや……なんとなくそんな予感が」


 あははっ、と笑うと指揮官はまじめな顔になった。やっぱり何かあるんだ。


「いい勘なのです。ほんとは警護なのです」

「僕たちを……ですか?」

「はいなのです。今日は不特定多数が学園に来ます。ということは不審者も来るのです」


 あっ! そういうことか。


「ま、それにここは母校なのです。懐かしくって」


 やっぱり母校だったのか。

 学園長と仲が良かったもんな。僕は体育祭の後、呼び出された時のことを思い出していた。


「おい! そこの乳のでかいエルフ。何を馴れ馴れしく、ピーターに話をしておるのじゃ」


 うしろからリーンの声がした。いつの間に……。


「あらあら、こんにちは。リーンちゃん、いえ、魔導書アイリーンさん」

「わ、儂はアイリーンではない。何を言うとるのじゃ。乳エルフめ!」

「このアイナの前で隠さなくてもいいのです。神官ですなのです。私」

「げっ!」


 急にリーンが動きがとまり、じりじりと下がていく。

 神官が嫌いなんだろうか。いや。それよりも正体を見破られたから警戒してるんだろう。


「怖がらなくても大丈夫なのです。今、人間の味方をしてる貴女を倒す必要はありません」

「この乳エルフ、儂は封印されとうないぞ」

「……わかってますなのです」


 腰を低くして、臨戦態勢になったリーンに微笑んだ。どうやら、リーンをどうこうするって訳じゃないようだ。


「ただ……」

「なんじゃ?」

「もし貴女が害悪となるのなら、容赦はしませんけど」


 指揮官が真剣な表情をみせた。

 冷徹で何の感情もない軍人の顔に。

 それはほんの一瞬の事だった。


 いつの間にか微笑みを浮かべて、僕らを見ている。

 それに安心したのか、リーンもフッと力を抜いた。


「……ま、いいわ。で、お前様。この乳エルフと何を話しておったのじゃ」

「なんで気にしてるの? リーン」

「き、気にしてなんか……。こやつと仲良くなって欲しくないだけじゃ」


 フンっとそっぽを向いて口を尖らせる。


 ふう。と、自然とため息がでてしまった。

 エアの時といい、アイナ指揮官といい……。どうもリーンは人の好き嫌いが激しいな。内向的な僕なんかが言えた義理じゃないけど。


「プライベートか仕事で来たか確認しただけさ」

「ふん、お前様も乳がでかい方が好みなんじゃろ? さっきからそのエルフの胸ばかりみおって」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「ま、いい。では今夜、中庭入り口じゃぞ。忘れるなよ、お前様。むっ、客か……。面倒じゃの」


 あわてたようにリーンは他のお客さんの案内へと向かった。

 彼女につられて、僕も来店したお客さんの応対のため、入り口へと足を向けた。


「面白い二人……。なのです」


 と、背中の方からぼそっとアイナさんの声が聞こえた。


 ★★★★★


「お疲れさまあ。おかげさまで今回の文化祭で、だいぶ借金が減りましたわ。これも皆さんのおかげですわ」


 出店も終わり、一通り片付けると、マリア委員長がクラス全員を集めて、ねぎらってくれた。


「あ――終わった。疲れたな、ピーター。これからみんなで打ち上げしないか?」


 はあああ、気持ちよく背伸びをしていると、オーウェンに声をかけられた。

 打ち上げかあ。ちょっと前の僕には考えられなかったな。


 その時、つんつんと僕の脇っ腹をつっつかれた。振り返ってみると、リーンがいた。


「わ、忘れるな、お前様」

「ん? わかったよ」

「どうしたの? リーンちゃんにピーター……。なんかあやしいなあ」

「あ、ああ。ちょっとね」


 いぶかしがるオーウェンだが、こいつに話すわけにはいかない。リーンのことが好きなのかどうかは知らない。でも、やたら彼女に近寄ってくるのはまずい。


「もしかしてリーンちゃんと花火かなあ」


 う。距離が近い、距離が。オーウェンの息が鼻にかかるくらいだ。男に近寄られても嬉しくない。


「い、いや」と、彼を避けようとする。

「失礼よ、オーウェン君。この後、親戚同士でお食事会をするかもしれないじゃない」


 僕に迫ってくるオーウェンをとがめめたのは委員長だ。

 見た目は派手だけど、意外と常識あるんだな。


「オーウェン君には、打ち上げの幹事をしてもらわなくては」

「え? 幹事ですか。今聞いたんですけど。マリア委員長」

「おほほ。もう決定事項だから! やりなさい!」

「えええ。そんなあ、ひどいですよ。委員長ぉ、マリア様あ」


 泣きながら文句をいうオーウェンを無視して、口に手をあてて笑う委員長。彼女は僕の方に視線を向けると、軽くウインクしてみせた。


 あ! 委員長は気を遣ってくれたんだ。 


 金髪縦ロールが盛大に揺れているところ、僕とリーンはこっそりと教室を出た。

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