第24話 文化祭は大変でした。いろいろと。

 魔術師学校は秋にイベントが多い。

 

 これは魔法実技を、天候のよい春から夏にかけて集中してやるためだ。実技の多くは飛行術や炎魔法のように、広い場所が必要なものが多い。

 だからこそ、中庭や実技用グラウンドが使える夏までに、実技を終わらせるような時間割になっている。


 逆に天候が崩れやすい秋以降は、主に理論や魔法言語を学ぶのだ。


 しかし、遊びたい盛りの若者に、ずっと座って勉強していろ、というのは難しい。

 早い話、僕ら生徒のストレス発散のために、体育祭やら文化祭があるようなものだ。


 貴族階級が多いこの学園では、こういう機会に交友の輪を広げるようだ。なかにはこの時期に彼氏・彼女の関係になり、結婚したものも多数いるとか。

 

 ま、それは友だちが少ない僕には関係のない話だ。


 で、問題は委員長や担任から言われて、執事長をやることになったのだが……。


 あれこれ悩んでいるうちに、とうとう文化祭前日になってしまった。 

 文化祭前夜は忙しい。

 クラスのみんなはせわしなく動いていた。


 看板やらテーブルの設置やら、当日のお茶やケーキの材料などの買い出しに出かける人たちなどでごった返している。


 それぞれが準備に負われるなか、僕たちは裏手で明日の衣装を選んでいた。

 なんせ僕たちは揃いも揃って、今回の出し物の目玉だからね。


 ★★★★★

 

 執事用の衣装は一種類しかない。

 

 目の前にいる女の子たちは、さっきからあれこれと試着用の衣装を選んで、キャッキャッしてる。

 その様子をぼぅっとみているとリーンがやってきた。


「どうじゃ? 儂は? 色っぽいじゃろ?」


 ひらひらのフリル付きスカートをひるがえし、くるりと一回転してみせる。


 か、可憐だ。

 まるで百合の華のようにあでやかで清楚だ。


 元々、リーンにはりんとした雰囲気がある。

 それがメイド服を着ると、途端にキリッとしたお姉さん風になるのだ。いつもそばにいるのに、彼女がすごくえる。


 見とれていると、空中で着替えていたエアが手元に降りてきた。


「ご主人様、あたしの方がすてきでしょぉ?」


 リーンに負けじと、僕の手のひらでお得意のカーテシーを披露してみせる。


「うわあ。二人とも可愛いよ! 最高っ!」


 拍手しながら、脇から顔を出したのはオーウェンだ。


 これだ。頭を抱えたくなる。

 メイド喫茶をやりたいのではなく、リーンたちのメイド姿を見たかったから言い出したんだろ……。

 リーンたちにちょっかい出してみろ。きっと返り討ちにあっちゃうぞ。


 リーンたちが調子に乗って、いろいろポーズをキメていると、カーテンの向こうから声がした。


「それよりアンリたちはどうした?」


 と、やってきたのはブレンディだった。きょろきょろと落ちつきがない。そんなにアンリエッタが気になるんだ。


「で、できたわよっ。ピーター、どうかしらっ?」


 そこには純白のフリルのスカートを揺らし、恥ずかしそうに口に手を当てているアンリエッタがいた。

 普段見慣れている幼なじみとは違い、女性らしさを感じる。


「……い、いや。いいんじゃないか」


 どう言ったらいいかわからない。

 だっていまさら恥ずかしいじゃないか……。


「あ、あのさ。アン……」


 ひとこと声をかけようとした時には、ブレンディと楽しそうに話をはじめてしまっていた。

 

 もうちょっと話したかったな。

 がっかりしていると、後ろからリーンが僕を軽く叩いてきた。


「ふん。このヘタレが! そういうときはほめちぎるものじゃぞ」


 口調は厳しいけれど、ど突かれてもポスって感じで痛くはない。本気なら僕なんか消し飛んでしまってるだろう。


 後ろを振り向くと、しげしげとリーンは僕を見つめていた。


「ん? どうしたの? 黙っちゃってさ」

「な、なかなかのもんだと思ってな。……ほ、惚れなおした」


 え? そうかな……。


 燕尾服えんびふくなんて、初めて着たし、ちょうネクタイなんて首が苦しいだけだ。

 それにこの髪型……。どうにも堅苦しくってしかたない。はやく脱ぎたいよ。


「いや、窮屈きゅうくつだよ。暑苦しい」

「……惚れ直したと言っておるのじゃ、馬鹿者」


 口を尖らせて、ちょっと語気を強めるリーン。

 心もち頬が紅く染まってるような気がしないでもない。


 顔を伏せて、つま先で床を蹴りはじめた彼女にどう話しかけていいかと悩んでいると、奥のほうのカーテンが開いた。


「ど、どうかな……」


 そこに立っていたのはセシルだ。 

 淡いピンク色のフリルが可愛らしい。


 総監督マリア委員長の発案により、今度のメイド喫茶は全員違う衣装を着ている。

 なるほど。こうしてみると個性があっていいかもしれない。


 アンリエッタやリーンは、普段の活発さとは正反対の清楚さが、おとなしいセシルには華やかさが増している。


「か、かわいいよ。セシル」

「きゃあ」


 彼女をほめたら、途端に恥ずかしいのか耳先まで赤く染め、足早に行ってしまった。


 こっちのほうが恥ずかしかったんだけどな……。

 

「こら、お前様」

「なんだよ。リーン」


 ブルブルと肩を震わせている。  


「儂には何も言わんくせに」


 と、一言だけいって、思いっきり脇っ腹をつねってきた。


「いたたたっ、何すんだよ」

「ふん」


 ぷんぷん怒りながら、みんなのいる方へと行ってしまった。


 つねられたところをさすっていると、開始のチャイムが鳴った。


 いよいよ本番だ。


 ★★★★★


「い、いらっしゃいま、ませ」


 ギシギシと体がきしむ。

 うまくお辞儀ができない。窮屈きゅうくつすぎる。


 なんとか笑顔をキープして、顔をあげるとお客さんの様子がおかしい。そのお客さんは、しげしげと僕の顔を覗き込んでいたのだ。


 あれ? おかしいな。マニュアル通りだよね。

 思わず背筋に冷たいものがはしった。 


「あ、あのう……」

「は、はい! 何か失礼なことがございましたでしょうか」


 ダメだ。接客は向かないや……。なんかしくじった。


「あの、ピーター君ですよね? 体育祭で大立ち回りしたピーター・ヨハンソン……」

「はあ、そうですけど」

「やったあ! あのピーター君に給仕してもらえるなんて!」


 へ? 大立ち回りだって? 大げさすぎるだろ。

 

 瞳を輝かせて、妙にテンションがあがった子をなんとかテーブルまで案内すると、入り口には大勢の女性客が集まってきていた。


 彼女たちがきゃあきゃあ、と悲鳴めいた声をあげ、僕を指さしている。


 今、ようやく執事長にされた訳がわかった。


 

 騒いでいる女の子たちや、熱い目線を送ってくる一部男子を、それぞれテーブルに誘導し、注文をとる。その繰り返しにもだいぶ慣れてきた。


 ふと同室の女の子たちの様子が気になった。

 ちょうど二つ向こうでは、リーンが応対している。

 テーブルを片付けながら耳を済ましてみる。 


「貴様たち、茶じゃ」

「おい! 指が入ってるよ」

「は? この儂の茶が飲めんだとぅ」


 男子生徒たちのクレームなんて聞いちゃいない。それどころかいちゃもんをつける始末だ。頭が痛い。

 そこにエアが文字通り飛んできて、お客さんに謝っているのだ。その間、当の本人はというと、足でど突きながら、新しく来たお客さんを案内している。


 さぞ多数のクレームが、金髪縦ロール委員長の元へ来てるだろうと、思って聞いてみた。


「え? リーンちゃんにクレームなんてないわよ。むしろもっとやって欲しいとか、足蹴あしげにしてほしいとか、要望ならたくさん来てるけど?」


 ……だそうだ。

 世間の広さを感じる。


 それにしても、僕んときはそんな感じではないのに、他の連中だと

どうしてあんなにキツく当たるんだろう。


 一方、セシルの様子をうかがってみる。

 彼女はあっちこっちから声がかかっていて、忙しそうに動き回っていた。そりゃ、美人だもんな。


「お待たせしました。あ、ご、ごめんなさい……」


 勢い余って、思いっきりテーブルの上に水やらお茶をぶちまけた。


 あわててテーブルを拭いて、キッチンとして設置してある方へ戻ろうとした。


「きゃっ!」と、小さな悲鳴をあげた。


 どうやら蹴躓けつまづいたらしい。今度はお盆にのせていたカップやら皿を盛大に割ってしまった。


 セシルの元へ駆けつけようとすると、お客さんたち自ら率先して、片付けをはじめたのだ。


 げ! これはまずい。執事長としての仕事をせねば。


「あ、お客さま。申し訳ございません。私めが片付けますので」


 僕が割れた皿の破片を拾いはじめると、お客さんの一人に止められた。


「な、何を……お客様」

「ああ、気にしないでください。私たちは、セシルさんのおっちょこちょいな姿に癒やされに来たのですから」


 よく見ると周りで床掃除をしている男子は、みんな、にへらにへらしながらやっている。


 ……。いいのか。人の趣味はよくわかんないな。


 それにしても。

 セシルってそうなんだ。ドジっ子なんだな。僕が知らなかっただけなのか。


 ★★★★★


 そろそろ夕方が近くなってきた。

 うちのクラスは飲食系だから、午後3時を過ぎるとお客さんの数が減ってくる。


「よし。そろそろ片付けはじめましょう!」


 初日は黒字になったのか、委員長の声が明るい。朝は元気なかったのに、現金なもんだ。


 金髪縦ロール総監督殿の号令で、みんな一斉に片付けをはじめる。

 不思議なもので、あんなに時間がかかったのに、片付けるのは一瞬だった。


「今日はお疲れ様! 今日の調子で明日も乗り切りましょう。目指せ! 赤字脱却!」


 お――!、と力なく、みんな生返事だ。 

 

 そりゃそうだ。

 慣れない服を着て、慣れない仕事をして。

 正直クタクタだ。


 ぼうっとした頭と重い体を引きずって、寮へ戻ろうとすると、リーンが袖口を引っ張っていた。


「どうしたの? リーン。もう寝たいんだけど」


 口を開くだけでしんどい。

 黙ってクイクイと脇道へと誘導された。


 やたら周囲を見渡すと、両手で僕の手を握りしめた。


「どうしたのさ。話したいことがあるの?」

「誰もおらんな、よし……」


 さらに強く握りしめてくる。

 気持ち、彼女の手が汗ばんでいるのがわかる。


 僕の顔をみて、しっかりと僕の瞳を見据えると、はっきりと言った。

「わ、わ、儂と明日花火をみないか?」


 花火? 

 ああ。文化祭のラストを彩る花火大会のことか。

 教員たち有志や、街の商店街あげて出店もでる。ちょっとした後夜祭だ。

 貴族階級の人たちが恋人になるのも、最終日の花火がきっかけだって話だ。ま、僕には縁がないけど。 


「それならみんなでみようよ。出店でみせも廻ってないしさ」

「ダメじゃ! お前様と二人っきりになりたいのじゃ!」


 即、力強く否定された。

 

 え? リーンと二人っきり?


「儂とは不服か? 小娘がいいのか。それとも軽薄女か? とろいおなごか?」


 い、いや。

 不服なはずはない。


「わ、わかったよ。最近、ゆっくり二人で話をしたこともなかったからね。いいよ」

「やったあ! 約束じゃからの!」


 無邪気に喜んでいるリーンの後ろから、走り去る音が聞こえた。

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