第22話 奇妙な共同生活

 ひんやりとした風が吹くようになってきた。

 学園の装いが長袖になっているというのに、僕の部屋だけ体感温度が妙にあがっていた。


 体育祭の一件以降、セシルが僕の部屋に引っ越してきたのだ。

 

 これは学園長の指示だ。

 建前上は、軍へ就職するためにグループの絆を強くするため。しかし、実際のところはグラン・グリモワールから身を守るためだ。それも僕だけじゃなく、アンリエッタたちもだ。


 これまで大魔導書は知人や友人になりすまして、襲ってきている。

 

 一カ所に集まっていれば、互いに目が届きやすく、異変に気がつきやすいというわけだ。


 理屈はいいんだけど……。


 白い壁と黒い天井だけのシンプルな部屋が、ピンク色のファンシーな装いになってしまった。急に華やかになったけれど、なんだか落ち着かない。

 

 ★★★★★ 


 部屋が整うと、アンリエッタがみんなを集めた。


「ところでっ。これから五人で生活するんだから、いろいろ決めないっ?」


 と、いきなり立ち上がって宣言した。

 何で仕切ってるんだ。


「儂はこのままでかまわんが。小娘が一人増えた程度で、何か変わるのかの?」

「リーンちゃんはいいだろうけど、女の子の中に男一人なのよっ。何かあったら困るわっ」

「……アンリ、ありがとう。わたしは大丈夫だから」


 そっか、セシルのためか。

 幼なじみのアンリエッタとは違うもんな。

 魔導書のリーンや、風精霊であるエアは例外として……。


「セシル……。いい? ピーターは見た目以上にひどいのよっ。いつもあたしと一緒にいたほうがいいわ」


 えらい言われようだ。

 アンリエッタのやつ……どうしてそうこき下ろすんだ。


「そ、それは言い過ぎよ。ピーター君を信頼してるもの」


 わあ。セシルが天使様に見えるよ。

 

「ごほんっ! それはともかく。まずは部屋の掃除だけど、当然、ピーターの担当だわっ」

「いっ……! どうしてだよ」


 確か部屋の掃除って、週ごとに交代でやっていたじゃないか。

 人数が増えたのなら、交代でやればいいだけだ。それを僕だけがやるのはおかしい。ただの押しつけじゃないか。


「嫉妬だわぁ」と、エアが耳元で囁いてきた。

「え? 誰がだれに?」

「はぁ〰〰。ご主人様も困りものねえ……」


 大げさにエアが首を横に振っていると、眉尻をひくつかせたアンリエッタが目の前にいた。


「誰がだれに嫉妬してるってっ? ねえ、エアちゃあん……」

「い、いや。そ、そんなことわあ……言ってな、いわあ」


 こわい目つきでエアを手のひらに収めると、アンリエッタは僕に迫ってくる。


「ねえ? いいわよねっ。掃除当番、それからごみ捨て当番もよろしくっ!」


 キスできるくらい顔が迫ってくる。彼女の瞳がめちゃ大きく見えた。

 すごい強烈な圧力を感じる。断れば、きっとなにかされる……。


 それにエアも彼女の手の中だ。

 し、しかたない……。ここはがまんだ。


「アンリ、わ、わかったよ。やるよ、やりますよ」

「よろしいっ!」


 にこっ、と花が咲くように笑うアンリエッタ。

 彼女の手のひらから解放されたエアが、ひぃひぃ言いながら、僕の耳にしがみついてきた。


「さて。じゃ、寮のお風呂掃除とトイレ掃除だけどっ……」

 

 ええ? まだ僕に押しつけるの?

 学園の寮の決まりじゃ、全員が持ち回りでやることになってるんだけど。

 ちょっと押しつけすぎだろ?


「おい、アンリ……」

「さすがにトイレとお風呂はダメだと思うの。女の子にはいろいろあるし……ね?」


 と、僕に目配せすると、セシルが口を挟んできた。


「うっ……」


 さすがのアンリエッタもぐうの音も出なくなった。結局、寮の当番については、これまで通りになった。


 ★★★★★


 なんとなくなし崩し的に共同生活のルールが決まった。

 元々、この魔術師学校は自治と自由が原則だ。当然、生徒同士、役割分担するのは当たり前。

 この自治の方針はいい。いいけど、一方的に仕事を押しつけられちゃうケースもあるわけで……。

 

 アンリエッタには朝、起こしてもらうことから、魔法の練習にもいろいろ付き合ってもらってる。それを考えると、ちょっとくらい仕事が増えてもいいかなって思う。


 ため息をつきながら、アンリエッタたちを眺める。

 彼女たちはお菓子やら取り出して、他愛のない話をしはじめてた。

  

「あのさぁ、そうはいうけどぉ。アンリエッタさんもセシルさんも、リーンもキスしたことあるのぉ?」


 と、おしゃべり好きなエアが、恋バナをはじめた。


 好きだよね、女子って恋バナ。

 僕には縁がないや。


「そういうエアはあるの?」

「うふふん、もちろん。ご主人様と。抱き締められちゃったしぃ。キャッ!」


 僕はお茶をこぼしそうになった。

 というか、モロに熱湯が指にかかった。


「っ……!」


 声にならない声を出して一人悶絶する僕に、矢のように冷たい視線が降り注ぐ。


 人の肩の上でいきなり爆弾発言しないでほしい。


「えっ! い、いつよっ!」

「儂をさしおいて……いつの間に」

「……ショックです」


 こっちはふぅふぅと指を冷ましてるのに、肩の上の精霊さんはドヤ顔で胸を張っている。


 そりゃあキスしたけどさ。

 だってそうしないと、エアの力を借りれなかったし。


 などと、今のうち心のなかで防衛線を張っておく。


「ふふん。知りたいぃ?」

「「「知りたい!」」」


 握りしめてたお菓子を放り出して、女の子たちが身を乗り出してきた。


 あ――ダメだ。

 エアのやつ、きっと話しちゃうな。


「えっとお、恥ずかしいなあ~」


 いまさらぶりっ子してもな……。

 どうせしゃべっちゃうんだろ?

 

 と、やけになってると、左肩から視線を感じた。

 エアにしては珍しく、全身まっ赤になっている。


「ねえ、話してもいいかなあ?」


 あれ? らしくない。もじもじしてる。キスをせがんできたときは、お姉さんって感じで、むしろ積極的だったのに……。


「どうしたのさ、エア」


 具合でも悪くなったんだろうか? 

 風邪ひいて熱があるじゃあるまい? それとも騒ぎすぎて疲れてるのかな?


「はよう、言ってしまえ。おこりはせぬから」

「そ、そうよっ、ここまでじらしておいて、速くしゃべりなさいっ!」

「き、気になります……」


 リーンは腕組みしてるし、アンリエッタはバキバキと指を鳴らしてる。セシルは目を輝かせてるし。


 肝心のエアはというと、僕の背後に隠れてしまっている。小さな手で、ぎゅっと僕の髪を握ってるのがわかる。


 さすがにかわいそうだ……。

 時間の流れを変えられたわけを、自分から話そう。


 左手を首の後ろにまわしてエアを隠す。


「ピーターっ! どうして彼女を隠すのよっ!」


 意図に気がついたアンリエッタが噛みついてきた。

 よけいなことに勘が働くなあ。やっぱりばれたか。


「僕から話すよ。空中スラロームでグラン・グリモワールに襲われたときだよ」


 いっそうリーンの目つきが鋭くなる。


「ほほう。と、いうことはお前様、その第四階梯とさらなる誓約を結んだな?」


 幼女の姿をしているといえ、さすが魔導書だ。察しがいい。


「……うん。そういうことになるね」


 なんとなく後ろめたい。

 自然と顔を伏せてしまう。


「ふん、まあよい。儂も助けに行くのが遅れたしの。しかし、儂に内緒にしておくとはどういう了見じゃ? ん?」


 意外にも口調が優しい。

 これに反してキツいのは、アンリエッタだった。


「何、甘いことを言ってるのかしらっ。あたしは許さないわよっ」

「……わ、私は精霊さんとはノーカウントだと思う」

「は? セシルまで何、言ってるのよっ。この男、そのうちいろんな女の子とキスしまくるわっ」

「アンリ。そんな言い方はないだろう!」

 

 心外だよ。幼なじみにそう思われるなんて……。

 

「なによっ! 抱きしめてもくれないくせにっ!」


 思いもよらない言葉をぶつけられた。

 売り言葉に買い言葉だった。


 言われてみれば、彼女を抱擁ほうようしたことってない。


「……だってさ」


 だって恥ずかしいじゃないか。ずっと一緒にいて、いまさら……ね。


 ブルブルと小さく震えているアンリエッタ。彼女の目尻に涙が浮かんできた。


 どうしたらいいんだろう。

 胸がしくしく痛む。


「あ、あの……。提案なんですけど」


 ふいにセシルが小さく手を挙げた。


「何よっ、セシル。今、それどころじゃないのよっ」

「えっと。代わる代わる添い寝するのはどうでしょう? みんな平等に……ってことで」


 えっと、添い寝って? 

 わかってる……よね?

 

 言ってしまってから、セシルは顔を伏せてしまった。すっかり耳先までまっ赤になっちゃってる。やっぱりわかって言ってるんだ。

 

 ごくりっ、と女の子たちの生唾を飲む音が聞こえた。


「そ、それはいい考えだわっ。セシル」


急にアンリエッタの瞳が輝いてきた。


「なるほど、ハーレムじゃぞ。どうじゃお前様?」

 

 耳元からも賛成ですぅ、と声がする。エアだ。ちゃっかり聞いてたんだな。


「……機会は平等じゃなきゃいけないと思うの。だからいい考えかなって」

「そうそう。こればかりは、お前様の意見は聞かぬぞ」


 まずい、みんな目がすわっている。

 何の機会なんだよ。セシルさん。

 女の子がそろいも揃って、添い寝したいってどういうこと? もし、万が一何かあったらどうするんだよ。

 

 添い寝してもらったらどうなるんだろうって妄想と、恥ずかしさで頭の中がぐしゃぐしゃだ。


「添い寝なんておかしくない? そ、それに、間違いがあったら悪いからさ」


 しどろもどろで反対してみる。


「い、いつも朝、起こしてあげてるじゃないっ。その延長よっ。なにもイケないことをするわけじゃないのよっ。勘違いしないでっ!」


 ドンっ、とすごい勢いで、アンリエッタに突き飛ばされた。

 彼女の向かっていたところには、セシルやリーンがいる。その中心にいるのは風精霊エアだ。

 

「よおし! これで順番を決めましょうぉ」

「ふん、軽薄女が。小細工は無用じゃぞ」


 よく見たらじゃんけんをしている。

ん? 何やってるんだ。この子たち。

 

「何の順番を決めてるの?」

「決まってるじゃないっ! 朝、あなたと添い寝する順番よっ」

「え? ええええ!」


 有無うむも言わせない雰囲気に、すっかり僕は言葉を失った。もうついて行けないよ。

 結局、明日の朝から、女の子たちが添い寝して起こしてくれることになってしまった。

 

 アンリエッタの涙って、あれ、ほんとだったんだろうか。実は女の子同士で前もって話をしていたりして……。

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