第21話 呼び出しだってぇ! 怒られちゃうよね?
結局、空中スラロームやそれ以降のイベントはすべて中止されてしまった。
生徒が大魔導書に取り
騒動の中心にいた僕たちのグループは、先生からあとで連絡すると言われていた。しかたなく、みんな僕の部屋で待機していた。
アンリエッタがお茶を出した以外は、誰もしゃべろうとはしなかった。おしゃべりなエアでさえも。
チームを組んだ子たちはもちろん、クラスのみんなにも迷惑をかけてしまった。
正直のところ、グラン・グリモワールに取り憑かれていたとはいえ、ヘンリーと戦ったことが正しかったのか、わからない。
リーンやエアたちは、ああでもしなければ、殺されていたとは言ってくれた。
アンリエッタたちも同意見だった。
むしろ彼女たちは、僕が無事だったことに安心している。
本当によかったんだろうか?
マリリンに叩かれた頬をなでると、胸がチリチリと痛む。
憎しみと怒り、悲しみに打ちひしがれた彼女の顔を忘れられない。
★★★★★
次の日の朝、僕たちは学園長室にいた。
朝から呼び出されたからだ。
内心、怒られるだろうとドキドキしていた。
けれどホッとしていたところもある。
ヘンリーのことは、第三者の大人の目で判断してくれるだろう、って期待していた。
学園長室は思ったよりも広かった。
ざっと二十人くらいは入れる。
窓際で帽子をかぶったじいさんが、外を
両脇には鎧を着たいかめしい人たちが並び、ソファーには女の人が一人腰をかけていた。
あれ? この人たち、どこかで……。
あ、そうだ。観覧席にいた人たちだ。
体育祭を観に来たにしては、ものものしかったから覚えてる。
「ウィル・フラウドだ。この魔術師学校の校長をしている」
胸まである白いひげをしごきながら、窓際のじいさんが振り向いた。
この人が学園長だったんだ。
にこにこと笑みを浮かべてる姿は、どこでもいる感じのじいさんだもん。わかんないや。
少し違っていたのは、つばの広い三角帽子を被っていることだけだ。
その帽子は黒く頭頂部が尖っていて、先が少し折れていた。いわゆる魔法使い帽子ってやつだ。
教科書とかにはよく載っているけど、実際にしている人を見るのは初めてだ。
「なんじゃ? ピーター君。この帽子が珍しいかい?」
こくこく、とうなずくのが精一杯だ。
だって学園長に名前で呼ばれちゃったんだ。
緊張しない方がおかしい。
「ふふ、そうびくびくしなくてもよい。体育祭はお疲れ様でした」
きっと怒られるだろうな。
他の生徒を傷つけたんだ。へたしたら傷害事件で退学になっちゃうな。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
「ヘンリー・ホフマンを助けてくれてありがとう。君たちが対応してくれなかったら、大魔導書に完全に支配されていただろう」
え? 厳しいことを言われると思っていた。覚悟してたのにちょっと拍子が抜けた。
同時に彼の容態が気になってきた。
「彼は……ヘンリーは大丈夫なんですか?」
ウィル学園長は眉一つ動かさずに、僕の目をのぞき込むと、こほんっと
「今朝亡くなった」
「そうですか……」
……。
グラン・グリモワールさえ倒せば、と思ってたのが間違いだったんだ。胸の上におもしを乗せられたような気分だ。
「……ごめんなさい」
磨かれた床の上に映る自分の顔が
「顔を上げてくれ。放置していたら、ヘンリー君は魂まで大魔導書に吸い取られていた。それを救ったんだ」
「でも残されたご家族は? 妹さんは……」
「それはな。ピーター君が考えることじゃない。彼の妹さんが乗り越えなくちゃならないことだ」
そう言いながら、僕の肩に優しく手を置く学園長の目は優しかった。
「それにあの会場にいた全員を助けてくれたんだ。みなを代表してお礼を言わせてくれ」
「そんな……」
そんなことはない。
たまたまだ。
結局はヘンリーを助けられなかった。
情けなくって、悔しくて、ぎりぎりと奥歯を
「おおっと、本題を忘れていた。こちらの方が君たちに話があるそうだ」
と、僕だけではなく、みんなもソファーの方へと案内された。
★★★★★
ソファーに腰掛けていたのは金髪碧眼の女性だ。
その女性は僕たちを見ると、にっこり笑って立ち上がった。
うわっ……。
ものすごい美人だ。
軍人らしく引き締まった体つきをしている。
リーンが彫りの深い中東系美人とするなら、目の前の女性は北欧系美人だろうな。雪のように白い肌がまぶしい。
よく見ると耳の先が尖っている。
エルフだ。うちの学校ではあまり見かけないな。
元々、長髪なのだろう。
後ろに束ね、ポニーテールにしているがその髪が腰のあたりで揺れた。
ピッチリとした軍の制服を着ているが、胸元がはだけて谷間が見えてしまっている。
「私は宮廷魔術師軍で指揮官を務めているアイナ・クレスなのです!」
ぽわんぽわんと揺れる胸をはずませ、軍人らしく敬礼する。
「は、はあ……」
その肉感に圧倒される。
宮廷魔術師軍って言えば、みんなが憧れる最強の軍だ。魔法を学ぶ僕たちにとっては目指す頂点のひとつでもある。
そんな軍指揮官の人が、僕たちに何の用事だろうか。
「……で、儂らに何の用じゃ?」
目を細めてリーンが尋ねた。
で、おもむろに僕の脇腹をつねってきた。
「いてて。挨拶してるだけじゃないか……」
「ふん! ちょっと胸がでかいからといって、デレデレしおって」
ぷんぷんしてそっぽを向いてしまった。
別にデレデレしてたわけじゃないけど……。
そりゃあ、きれいでおっぱい大きいなって思ったけど。
「あら? お嬢ちゃん、確かピーター君の親戚だったかしら。貴女にもお願いしたいと思ってるのです」
「儂もじゃと?」
「まあまあ、リーンお嬢ちゃん。あ、ピーター君もアンリエッタさんも、それからセシルさんも座るのです」
みんなが落ち着くと、アイナさんが話をはじめた。
「ずばりピーター君たちには、宮廷魔術師軍に入ってほしいなのです!」
リーンがぴくりと眉尻を動かした。
セシルとアンリエッタはというと、あんぐりと口を開けている。
左肩に乗ってるエアは器用にも肩でコケていた。
コケなくてもいいじゃないか、コケなくてもさ。
「気は確かか? アイナとやら……」
「はい! もちろんリーンお嬢ちゃんも含めてなのです」
「あ、あたしたちもかしらっ?」
「はい。そうなのです。アンリエッタさん、セシルさん」
アンリエッタとセシルは顔を見合わせた。
しばらく僕たちはあ然としていた。
いきなりすぎる。
「アイナ、ちゃんと順を追って説明しなさい。まったくお前ときたら、いつまで学生気分なのだ?」
学園長にたしなめられると、大きな体が小さくなったようにみえた。
ここの卒業生なのだろうか。
「は、はあ。すみませんなのです。学園長……。実はですね。わが軍は大魔導書グラン・グリモワールとそれを操る魔法使いを追っています」
あわててお茶を飲むと、アイナさんは話を続ける。
「昨日、たまたまピーター君たちが、大魔導書と互角に戦っているのをみて決めました」
「ちょっと待つのじゃ! そこのエルフ」
「どうしました? お嬢ちゃん」
「宮廷魔術師軍に入るということは、王家直属じゃな?」
「そういうことになりますのです」
「ということは、王家がくそグランどもを追ってるのじゃな? おかしくはないかの?」
「事情があるのです」
うぬぬ、とリーンがうなった。
「ねえ、リーン。宮廷魔術師って王家直属なのは当たり前じゃないっ?」
「小娘……。そもそも犯罪のたぐいに王家はしゃしゃり出てこんわ。大魔導書ごときで、軍を出すことはないのじゃ」
眉をひそめて、頭を
「まあまあ、みなさん。大魔導書がこうして害をなしてるじゃありませんか。助けてくださいなのです」
そう言われると正直困る。
ヘンリーの
その反面、軍に入るってことは、しょっちゅう苦手な魔法を使って戦うってことだ。はたしてそんなことが僕にできるんだろうか。
不安だ……。
いつも相談にのってくれるリーンをみると、さっきからなにやら考え込んでいる。
「ねえ、アンリエッタ。君ならどうする?」
じっとアイナを見据えている幼なじみに尋ねた。もう彼女のことだ。決めたに違いない。
帰ってきた反応は予想とは違っていた。
「アイナ指揮官、どうして私たちなんですか? 魔法に
「そ、そうですよ。あたしなんて、そんなにできるわけじゃないし……」
セシルも抗議の声をあげる。
そりゃそうだな。たまたま僕たちがグラン・グリモワールを相手にしてただけだ。
「グラン・グリモワールは、
ぎくりとした。
自然と視線が僕に集まってくる。
身に覚えがありすぎる。
これまで二回、名指しで狙われてきたから。
空中スラロームの時も、飛行術の特訓の時、けがをしちゃったときにも……。
「……たぶんねらわれているのは僕です」
「でも、どうしてピーターがねらわれるのかしらっ?」
それは僕もわからない。
「あ……それはですねぇ。ご主人様がぁ……もがっ、ふぐっ! 何を……こ、この……」
リーンがあわてて、エアを両手で包み込んだ。左肩から抗議の声が聞こえてくる。
「あはは……。気にするでない。そ、それよりもだ! アイナとやら。お前たち王家のものは、こやつを釣り餌にするつもりじゃな?」
「察しがいいのです! そのとおりなのです!」
そうか。話がうますぎると思ったよ。
軍に入らなくても、グラン・グリモワールには狙われるんだろう?
だったらこっちから迎え撃ってやる。
ぐっ、と歯を食いしばる。
そしてはっきりとした口調で宣言した。
「リーン、それからみんな。僕は宮廷魔術師軍に入るよ。これ以上、誰かを犠牲にしたくないんだ」
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