第17話 これは体育祭の練習なのか、ラブコメなのかどっちだ?

「うむ。お前様は風魔法と相性が良いようじゃの」

「え? 相性ってあるの? リーン」

「もちろんじゃ。まだ他の魔法をあまり試してないから何とも言えないのじゃが、これだけ短期間で風魔法を操れるようになったからのう」


 確かに風の精霊エアと誓約を結んでから、だいぶ風魔法が使えるようになった。

 飛行術はもちろん、風で物を動かしたりすることもできるようになった。それもこの一週間ほどでだ。

 

 落ちこぼれの僕がこれだけできるんだ。

 リーンの言うとおりなのかもしれない。

 

『ねえ、アイリーン。それって、あたしとご主人様の相性が良いってことぉ?』


 左肩の上でエアが乗り出してきた。

 いつもの四倍増しでルンルンしている。


「はあ? 何を言うとるのじゃ。軽薄なおぬしと良いわけなかろう?」

『え〜。だってご主人様って居心地いいんだよお〜。それにあたしの力をすんなり受け入れてくれるんだよぉ』

「……受け入れてくれるじゃと?」


 急に難しい顔をして、腕を組むリーン。


『うん。もうすぅ〜っと入ってくのぅ。きゃ、なんかえっちぃ〜』

「おぬし……。よからぬことを教えるんじゃないじゃろうな」


 腕組みをしたまま、ジト目でエアをにらむ。


『あら? アイリーンは教えてないのお〜? いけないこと……』


 と、くすくす意味深に笑って反撃するエア。ちょっとにらまれたくらいじゃ、怖くも何ともないらしい。


「い、いけないことじゃと? お、お、教え……わ、儂は……」

『珍しいぃ〜。いったいどうしたのお〜』


 脳天気に風の精霊さんが、さらにリーンをからかっている。

 

 この二人……。

 お互いに嫌っているけれど、ほんとは仲がいいのかもしれない。


 ★★★★★

 

 そういえば、いつまでもアンリエッタたちが来ない。

 放課後に練習するって言い出したのは、アンリエッタだ。

 僕ばっかり練習したって、意味ない。

 ちょっとムッとしながら、リーンに二人のことを尋ねてみた。


「そういえばアンリとセシルは?」

「ああ、あの二人なら儂のアドバイスに従って、あっちで練習しとるぞ」


 リーンが指さした先には、空中に浮かんだ輪が見える。

 あの輪は学校が空中スラロームのために設置したものだ。

 その輪の中をくぐり抜けているアンリエッタたちがみえた。


 ある意味、実戦的な練習だ。


 これに対して、僕はというと。


 方向転換やホバリング、急上昇や降下といった、地味な練習を繰り返していた。

 僕自身、運動神経が鈍いのはわかる。だからこそ基本的な練習が必要だってこともわかる。


 わかるけど。

 僕だってあの輪をくぐってみたい!


「ねえ。リーンにエア、どうしてあの練習ができないの?」

「お前様よ。あの二人の使役する精霊どもと、この軽薄女は違うのじゃ」

『失礼ねぇ〜。そんなに軽薄じゃありませんよん』

「まあまあ、リーン。僕はけっこう助けてもらってるよ。なんか元気もらえるしさ」


 ちょっとエアがかわいそうになったので、助け船を出してみた。


「ぐぬぬ。お、お前様……。こやつのフォローなど」


 ぎりぎりと歯ぎしりをして、くやしそうに地団駄を踏むリーン。

 

 確かにエアは軽薄かも。

 でも逆に言えば底抜けに明るい。 

 

 だから嫌にならずに、ここまで習得できたんだと思う。

 

「リーン。もしエアがいなかったら、風魔法を覚えられなかったよ」

「……わ、わかっておるわ」


 う〜ん。

 エアもリーンも僕には大事だよ。


「じゃあさ、リーン。リーンとエア、僕の三人で一緒にあの輪をくぐろうよ」

『さっすがあ! 賛成、賛成え〜!』

 

 よし! エアがのってきた。

 僕はリーンの顔色をうかがった。


 少し考えてたかと思うと、顔をあげて。


「いいわい! そんなにいうなら、試しにあの輪をくぐってみたらいいのじゃ」


 と、言いながら、僕の手をとってぐいぐいとひっぱった。


「ま、待ってよ! リーンってば!」

「とっとと行くぞ。お前様」


 結局、ちゃんとリーンは話を聴いてくれる。

 彼女に引きずられながら、少し僕は安心した。

 

 ★★★★★


 アンリエッタたちが練習している場所に着くと、彼女たちの風精霊が出迎えてくれた。


『こんにちは、ピーター様。エア様』

『お世話になっております』

 

 二人の精霊は外見も顔も似てる。


 僕の風精霊エアとは違う。

 アンリエッタたちの精霊はずっとそばにいるわけじゃない。


 何よりもエアのようにおしゃべりではないし、感情の起伏もはっきりしないのだ。


『やっほう〜。二人ともちゃんとお仕事してたあ〜』

『はい、エア様。アンリエッタ様たちの支援をしておりました』

『よしよし。いい子だねえ』


 エアが精霊たちの頭を撫でていると、アンリエッタが地上に降りてきた。


「あ、ピーターっ! そっちは練習終わったの?」


 と、アンリエッタが息を弾ませる。


「まだだよ。僕もあの輪をくぐろうかと思って」

「大丈夫なの? まだ基本的なことが……」


 心配そうに、彼女が僕の顔をのぞき込もうとしたとき。

 

「ピーター君。お疲れ様。私たちの飛行術はどうだった?」


 と、空から降りてきたセシルが駆け寄ってきた。

 彼女の輪をくぐるさまは、美しく整ったものだった。


「セシルさん、上手だね」


 素直に感想を伝えたんだけど、なぜかセシルの頬が赤く染まった。きっと恥ずかしいんだろう。


「私はっ! 私っ!」

 

 とっさにアンリエッタが叫んだ。

 どうして不満そうに口を尖らせてるんだ?

 

「うん。上手だったよ」

「心がこもってないわっ! ちゃんとほめてよっ」


 あれ? いつも通りだぞ。

 何だか気まずそうにしているセシル。


 ど、どうすれば……。僕はリーンに目で訴えた。


 けれど。 


「ダメじゃの……」

『苦労してるわねん。リーンも……』


 僕の横でリーンとエアが苦笑していた。

 そんなに残念そうな目で見ないでよ。

 背中に冷たいものが流れていく。


 あ、そうだ!


「そ、それはそうと、今日の仕上げにみんなで飛ばないか?」


 もう日が傾き始めてきた。

 本来の目的を忘れちゃいけないよ。うん。


 気を取り直して、僕はみんなに提案した。


「……ふんっ。ま、いいわっ。じゃ、本番と同じコースを飛ぶわよっ」


 アンリエッタがスタート地点についた。

 それに続いてセシル、リーンが位置につく。


 あわてて僕もスタートの体勢をとった。


「ときに皆のもの」


 今にもスタートしようとしたとき、突然、リーンが話しかけてきた。

「何よっ! リーン」

「ただ空中スラロームをするのはつまらんからの。賭けをしないか?」

「何でしょう? 何を賭けるの?」

「ほう。セシルものってきたか……。お前様もどうじゃ?」


 にやり、と笑みを漏らすリーン。

 もう勝った気でいるんだろう。


「いいけど? 何を賭けるんだい? リーン」

「今晩のデザートじゃ。たしかプリンとかいう甘味だったと思ったが……。どうじゃ、皆のもの」


 近くでごくりと唾を飲み込む音がした気がする。

 肩にいるエアか、それともアンリエッタなんだろうか。

 

 僕だって好物だ。

 これは負けられん。


「よし! 受けて立つよ、リーン」

『ご主人様! さすがです。一緒に頑張りましょうお〜』


 急にテンションがあがったエア。


「ふんっ! ピーターだからって容赦しないわよっ。全員分いただくわっ!」


 姿勢を低くして、いつでも飛び立とうとするアンリエッタ。


「私もプリンだけはとられたくありません!」


 セシルも気合いが入ってたようだ。

 拳をうんっと握りしめている。


『では不承、このアンリエッタ様の風精霊フーめが、号令をかけさせていただきます』


 あ、アンリエッタの風精霊ってフーって言うのか……。

 そんなことを思った、次の瞬間、フーが叫んだ。


『プリン争奪戦、スタート!』


 ★★★★★


 なぜ皿の肉汁を最後まですすってるんだろう……。


 結果として。

 惨敗してしまった。


 僕のプリンは無残にも献上されたのだ。


 一位はぶっちぎりでリーン。

 

 二位はアンリエッタだった。

 彼女と三位のセシルとは、ほんのタッチの差だ。

 

 僕とセシルは頭二つ分の差があった。

 空中スラロームでこの差は大きい。


 おかしい。

 勝てると思ったんだけどなあ。


「ちぇ、なんでだろう……」


 両手でプリンを抱えてるリーンを、指をくわえて見る。

 速攻でプリンをお腹のなかにかき込むと、彼女は僕のところへやってきた。


 勝ち誇るつもりなんだろう。

 

 いじけて背中を向けようとした時、僕の頭に暖かいものを感じた。

 

 小さな小さな手のひら。

 リーンの手だ。


「頑張ったの、お前様……。もう少し正しいフォームを身につけるがよいぞ」


 優しい声……。


 振り返ると、リーンをはじめ、グループのみんなが微笑んでいたんだ。

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