第18話 体育祭、今度こそ本番です
体育祭の日がやってきた。
絵に描いたように快晴ときている。
これまでの練習の成果をうまく発揮できればいい。
ほんとは正直、緊張している。
だってさ、空中スラロームって体育祭の花形なんだ。これだけを見に来る村の人たちだっている。
学校のみんなに見られるのはいいさ。
でも知らない人たちに見られるのは、恥ずかしい。
遠くの方をみると、観覧席に見慣れない人たちがいる。
舞踏会に来たかのような正装をしてきている女の人たちや、何人も人を付き従えてきている男の人たち。
生徒たちの体育祭を応援しにきた、って雰囲気じゃない。
よく見ると中には槍を携えている人たちもいる。
噂になっている宮廷の軍の人たちなんだろうか。
気になってあっちこっち眺めていると、アンリエッタに脇腹をつねられた。
「いて! アンリ、何すんだよ!」
「何、ぼうっとしてるのよっ。応援だってしなきゃ!」
アンリエッタが檄を飛ばしてきた。
もうとっくに競技は始まっていた。
各クラス対抗のこの体育祭。
熱気がすごい。
正直、圧倒されている。
マリア委員長、オーウェンたちまで、大声で声援を送っていた。
アンリエッタなんて、ねじりハチマキをしてる。
それがまた、妙に似合ってるし……。
「ピーター君。頑張ろうね」
おとなしいセシルでさえ、顔が上気していた。
体育祭で興奮してるんだろう。
やたら瞳がきらきらさせながら、体温を感じさせるくらいに近づいてきた。
うわぁ……。目のやり場に困る。
女子の体操服はレオタードなんだ。こんなに近づかれたら、身体のラインがはっきりわかってしまうじゃないか。
セシルはクラスで一番色っぽい体つきをしているんだ。
それに汗をかいているためか、彼女の甘い香りが……。
「あ、ああ。頑張ろうな」
軽いめまいがするので、そっとセシルから離れて返事をした。
「う、うん……」
と、もじもじするセシル。
急にぴょこんとエアが顔を出した。
『あらん、おじゃましたかしらぁ』
セシルと僕を交互に見たかと思ったら、意味ありげに微笑むエア。
「ふん。色気づきおって……」
頬を膨らせませて、やってきたのはリーンだ。
『初々しくていいわあ』
などと、人の肩の上で身体をよじらせる風精霊リーンは僕のおなかに軽くパンチを食らわせてきた。
「リーン、それからエア……」
そろそろ時間だ。
緊張してきた。
「お前様よ、いよいよじゃな」
腰に手を当てて、リーンは僕をじっと見つめた。
肩にのっているエアもだ。
唇を真一文字に結び、僕の目をみすえている。
そして、リーンはふっと口角をあげた。
今までずっと見守ってきてくれた瞳だ。
僕が彼女たちに伝えることはただ一つだ。
「うん。頑張るよ」
リーンもエアも、そばにいたセシルも、黙って頷いた。
★★★★★
いよいよ僕らのグループの出番がきた。
空中スラロームはリレー形式で行われる。
選手は決められた輪を順番にくぐりぬけ、再びスタート地点へ戻ってくる。待機していた次の選手は、前の選手から腕輪を引き継ぐ。
これだけだと普通のリレーだ。
空中スラロームを、難しいものにしているルールがある。
飛行中に輪の位置が変わるのだ。
つまり前もって、どういう攻めかたを決められないののだ。
もちろんコースが変わっても、トータルの距離は同じ。
空中でうまくバランスをとりながら、瞬時に次の輪の位置を把握しなければならないのだ。
瞬時の判断力と魔法制御が試される。
「では第9レースを始めます。選手は所定の位置についてください」
場内に係の先生の声がこだました。
ぞくりと鳥肌がたつ。
いよいよなんだ……。
みんな、唇を真一文字に結んでいる。
緊張しているのは僕だけじゃない。
アンリエッタたちと一緒に位置につく。
僕たちのグループは最初がセシル、二番手がアンリエッタ、三番手がリーン。最後が僕だ。
「では。いちについて! よ〜い……」
係員の声かけと同時に、セシルが飛び上がる体勢をとった。
ド――ン!
雷が落ちたような音と同時に、一斉に青空へと飛び上がった。
スタートダッシュで、ほんの少しセシルが出遅れた。
すかさずアンリエッタが、声を張り上げた。
「セシルぅ、がんばれえっ!」
声援が聞こえたのか、手足を揃えたきれいなフォームで、セシルが最初の輪をくぐり抜けていった。
さすがはセシルだ。
僕はあんなきれいに飛べない。
そう思った瞬間、二番目の輪にセシルの腕がひっかかった。
「あっ!」
叫んだのはアンリエッタだ。
一瞬、セシルの体勢が乱れた。
なんとかバランスを立て直したものの、一気に順位が落ちてしまった。
せっかく二番手につけていたのに。
「まだじゃ! ほれ! 想い人が見ておるぞ」
と、リーンが檄を飛ばした。
ん? セシルの想い人って誰だよ。うらやましいぞ。
リーンの声援が効いたのか、セシルは拳をきゅっと握りしめた。
ぴったりと両腕を体に密着させて、飛行速度を上げた。
「はぁはぁ、ご、ごめんね。アンリ……」
「セシル! 必ず取り返すから!」
セシルからバトンを取ると、勢いよくアンリエッタは飛び立った。
遙か上空まで行ったアンリエッタを見るセシル。
安心したのか、芝生の上に身を投げ出した。
息も荒く、汗びっしゃりだ。
「セシル、頑張ったね……」
タオルを渡しながら健闘を称えた。
ほんとによく頑張ったと思う。
後半かなり追い上げたので、ビリの6位から4位に順位が上がった。
「ごめんね。ほんとはトップを取るつもりだったんだ」
上半身を起こすと、セシルは僕を見上げた。
汗だくの彼女がとてもエッチに見えた。
だってさ、む、胸の谷間に汗が……。
「が、頑張ってたじゃないか。き、気にすることないよ」
どうにも、セシルの胸の谷間が気になる。
なんとなく彼女から目をそらししてしまった。
「……ありがとう」
彼女は僕の手を握ってきた。
驚いて、そらした視線を戻すと、そこには弾けそうな笑顔のセシルがいた。
ごくり……か、かわいい。
握られたその手を引くと、セシルが立ち上がった。
「ごほんっ! お前様? お前様!」
セシルの胸が僕に触れそうになったとき、服の裾を引っ張られた。
ハッと気がついて、横を見るとリーンがいた。
「お前様……。女たらしは後にせい。今は勝負中じゃ!」
「いってえ!」
思いっきり、リーンに脇腹をひねられた。
あわてて上空を見る。
そこではアンリエッタが、鬼のような形相で次々と輪をくぐり抜けていた。
「どうじゃ? お前様がイチャイチャしてる間に、3位まで順位を上げたのじゃぞ。たいしたもんじゃ」
珍しくリーンが褒めた。
セシルとは違って、力任せに攻めていく。
それが彼女らしいといえば、彼女らしかった。
次の輪を抜けるとき、足先に輪が少しかかった。
アンリエッタが一瞬、がくんとバランスを崩した。
彼女の肩にいる風精霊フーが強く光った。
するとアンリエッタの体勢が整ったのだ。
「すげえ。彼女、具現化した風精霊を使役しているのか!」
「俺、初めてみたよ。風の精霊……」
周りがざわめいた。
え? みんな、風の精霊を見たことがないの?
「リーン、あのさ、風の精霊って、普通見えないっていうか、姿が見えないの?」
「……そうじゃな。並みの魔術師には見えん……というより、具現化できんじゃろうな」
「具現化?」
「この世界にかたちあるものとして見えるようにすることじゃ。たとえばそこの軽薄女とかの……」
にやりと笑って、リーンが説明してくれた。
『あはは、ご主人様たちのような魔術師って、あんまりいないのよぉ。もっともあたしがすごいんだけどぉ』
えっへんと小さな体を肩の上で反らすエア。
「お前様もあの小娘も、そこの乳のでかい娘も……。お前様の周りにいるおなご達は、みな、すぐれた魔術師じゃぞ?」
「え? え?」
何それ。
リーンはそう言ってくれるけどさ。
僕がすぐれてるって?
そりゃないだろ?
だって成績は下から数えたほうが早いし。
「じゃあ……僕がエアを見えるようにしてるってことなの? リーン」
「そういうことじゃ、のう、軽薄女よ」
『だから軽薄女じゃないつうの! そうだよん。ご主人様の力でこの姿を借りてるのよん』
なんだろう。実感がわかないや。
「おお! あの小娘やりおる! 3位じゃ!」
考えごとをしているうちに、アンリエッタがゴールした。
「つかれたあ、リーンちゃん、お願いっ!」
「おお! 任せとくのじゃ」
アンリエッタからバトンを受け取ると、リーンは音もなく飛び立った。
文字通り風そのものが飛んでいるようだ。
輪の中を通るときに、ひゅんひゅんと風切り音がしている。
次の輪までの直線コースで急に宙返りをしはじめた。
どういうこと?
僕は心配になって、声を張り上げた
「リーン? 追い抜かれちゃうよお!」
聞こえたのだろう。彼女は手を振ってきた。
何をやってるんだ……。
クラスの誰かが指さして叫んだ。
「あ、あれ! リーンちゃん、なんか燃えてるぞ!」
なんと彼女は炎魔法で煙を出しながら、飛んでいた。
その煙には色が付いていた。
どういうわけかなぜか桃色だ。
リーンがゆっくりとアクロバット飛行をする。
彼女の通った後は、僕らから見るとハートの形をしていた。
そのハートの脇には、「愛するピーターへ」と、ご丁寧にも煙で書いていた。
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