第13話 迫る美人同級生
つんとした消毒液の匂いで、目を覚ました。
そこはベッドの上だった。
まっしろな天井が見えた。枕もなんだか堅い。
どこだ。ここは……?
なじみのないところだって、本能が告げている。
見渡してみようにも、首がうまく回らない。どうやら固定されているようだ。
しかたないので、視線だけで様子をうかがう。
向こうの方までいくつかベッドが並んでいる。
病室? たぶんそうなんだろう。
そういえばアンリエッタは?
風魔法の効力を失って、落下してきたアンリエッタ。彼女を助けようとしたんだった。
彼女は無事なんだろうか?
それに……。リーンは?
アンリエッタを助けようと……。
「いてて……」
身を起こそうとしたけど、身体のあっちこっちが痛い。
「……大丈夫?」
ふいに頭の上から声がした。
見上げると大きな胸があった。その胸にじゃまされて顔がわからない。
僕が身動ぎしたためか、安堵のため息が頭上から聞こえた。
「無事でよかった」
おそるおそる声をかけてきた。なんだか聞き覚えがある声だ。
ようやく声の主が視界に入ってきた。
セシルだ。
「あ、あの……。ピーター君がけがをしたって聞いて……あたし」
「アンリエッタは? それにリーンはどうなったの?」
二人のことが気になる。
目尻にうっすらと涙を浮かべて、耐えるかのように小刻みに震えている彼女。
「……ど、どっちも、だ、大丈夫だよ。それよりも君のほうが」
大丈夫だったんだ。
安心した。
「二人ともどこに……」
起きあがろうとした時、大小二つの影がみえた。
「……寝とれよ、お前様は」
「まったく……女の子を泣かせてるしっ。どうしたものかしらっ」
いやでも毎日聞いてる声がした。
上から目線の口調のリーン、いつも怒っているアンリエッタだ。
ふぅ〜と肩の力が抜けた気がして、またベッドへと身を沈めた。
「こんなになるとは思ってもみなかったわ。ごめんなさい」
「わ、儂も悪かったと思っておる。あと三日は安静だそうじゃぞ」
二人とも視界に入ってくるなり、同時に謝った。
謝るのは僕の方だ。
僕がふがいないばっかりに、二人にいろいろ負担をかけたんだ。
身を起こすと僕は、彼女たちに頭を下げた。
「ご、ごめん、二人とも」
「あ、改まって、なんじゃお前様……」
「そ、そうよっ。わたしが勝手に飛ぶのに失敗しただけだしっ」
二人の後ろから、くすくすと笑い声がした。
「三人とも仲がいいんですね。私はこれで失礼します」
セシルがベッドサイドから離れようとしたとき、アンリエッタがぎゅっとその腕をつかんだ。
そのまま自分たちの前に押し出すと、アンリエッタはセシルの耳元に何か囁いた。その途端、彼女は耳先までまっ赤になった。
すっかり紅潮した顔で、伏せていた顔をあげると、小さい声で、でもはっきりとこう言った。
「あ、あの……。ピーター君さえ、よかったらお世話したいの」
「え?」
何? それ。
お節介なアンリエッタのことだ。
けがが治るまで、幼なじみの彼女が面倒をみるんだろうなって思ってた。
そもそも彼女を助けようとして、こうなったんだし。
「その顔、何よっ。せっかくクラス一美人のセシルが、看病したいって言ってるのにっ」
セシルは確かに美人さ。
他のクラスの男子から言い寄られるくらいだもん。
でも、なんかイヤだ。
アンリエッタに看病してほしい……。
「……だめ、かな?」
悲しそうな瞳で、僕を見つめてくる。
そんな目で見られたら、ことわれないじゃないか……。
「う、うん……。いいよ、わかった。ごめん」
あれ? どうして、ごめんって。
自然とその言葉が出てきた。
誰に僕は謝ったんだろうか。
セシルに対して? それともアンリエッタやリーンに?
リーンはというと、さっきから黙って、僕らのやりとりをみている。
その瞳はなんていうんだろう。
子どもが面白いものを見つけたような生き生きとした目だ。
それに対してアンリエッタは、どこか遠くを見ていた。僕とセシルを見てはいる。見てはいるけれど、その瞳に映し出されているのは、僕じゃない。
気になって僕はアンリエッタに声をかけた。
「アンリ! おい、アンリ! 授業は?」
授業なんてどうでもよかった。けれど、どう話しかけたらいいんだ。
自分のコミュ障ぶりがイヤになる。
「あ、ああ。ピーター、あとでノートを貸してあげるから」
「お、おい。アンリ! リーン!」
それだけ言うとアンリエッタは、リーンを連れて病室から出ていってしまった。
★★★★★
残ったのはセシルと僕だけだ。
気まずい。何を話したらいいんだ。
毛布をかぶってしまいたい。
「あ、あの……。ピーター君? 大変だったね」
遠慮がちに優しく声をかけられた。
「あ、ああ。僕が悪いんだよ。ろくに風魔法を使えもしないのに、空中スラロームなんて選んだんだから」
「そうかな? アンリに聞いたよ。ついムキになっちゃったからって」
「アンリが……?」
「うん」
こくりとうなづきながら、セシルは僕の足をさすってきた。
「痛くない?」
「大丈夫だよ」
最初、アンリエッタから紹介された時は、内気そうな人だなって思っていた。でもこうやって二人でいると、思いのほか優しい女の子なんだなって思う。
普通、けがをしているって言ったって、男子の足を優しく撫でるなんてしないもんな。
「……ピーター君、あのさ」
「あの……」
セシルと同時に目が合ってしまった。
目が合ったと思ったら、彼女は顔をそむけちゃった。
二人っきりで話したいことがあるのかな?
僕は彼女が話すまで待った。
なんとなく、何となくだけど。
セシルが話したいことと、僕の聞きたいことはズレている。そんな感じがするんだ。
「あの……」
「どうしたの? セシルさん」
「……アンリのこと、どう思ってるの?」
「え、え」
ど、どうって……。
背中にひやりと冷たい汗が流れてくる。手のひらも、じっとり湿ってきているのが自分でもわかる。
「ねえ? ピーター君、彼女とは幼なじみなんでしょ?」
「あ、ああ、そうだど?」
「いいなあ。ちっちゃい頃から一緒だなんて」
羨ましそうにため息をつくセシル。
「ねえ。もし、もしもなんですけど……」
真剣なまなざしを向けて、言葉をつぐ。
「もし、あたしがピーター君と……その、お付き合いしたいな……って」
そこまで言うと、急にもじもじし出した。
膝の上に乗せた手指を、やたら入れ替えたり、太ももをすりあわせたり。気のせいか顔も少し赤い。
「えっと。セシルのこと、よく知らないから……」
「じゃあ、これからもっと知ってほしいな」
うまく逃げたつもりだったけど逆効果。
ぐぐっとセシルの顔が近づいてきた。
美少女だけど、だけど……。なぜ僕なんだ?
僕をからかってるだけだろ?
「ちょ、ちょっと、セシル、近いって!」
甘い吐息が鼻にかかるくらい、彼女の顔が近づいた。
そのとき天井から冷ややかな声がした。
「何をいつまでもラブコメしとるのじゃ? お前様は」
天井をおそるおそる二人で見上げる。
そこには怖い顔をしたリーンがいた。
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