第11話 体育祭に出ることになっちゃった
アイリーンが幼女の姿で目の前に現れてから、早、一週間がすぎた。
彼女はすっかりクラスに溶け込んでいた。
僕自身も彼女をリーンと呼ぶことに慣れてきた。
当の本人も、幼少時リーンと呼ばれていたのじゃ、とまんざらではない様子だ。
リーンが現れてから、一番変わったのはマグナス先生だ。
魔導書のかたちだった時、アイリーンを人喰い呼ばわりした先生。
それが幼女の姿となってからは、リーンちゃん、リーンちゃんと、娘か孫を可愛がるかのようだ。
どうして魔導書だってばれないんだろう?
疑問に思った僕は、ある夜、思い切ってリーン本人に尋ねた。
「ねえ、リーン」
「何じゃ? お前様」
小首を傾げ、僕を見上げてくるリーン。
子猫がみているようで、とても可愛い。
つい愛でてしまいたくなる
ああ。やばい! 僕はけっして幼女趣味ではないはずだ。うん。
そんなことよりどうしてばれてないかだよ!
ぶるぶると頭を激しく振る僕を、訝しげに見つめるリーンの視線が痛い。
とりあえず深呼吸、深呼吸!
気を取り直して、改めて聞いてみた。
「どうして先生に、リーンが魔導書だってばれないだろうなって思ってさ」
「ああ。そんなことか。あやつが幼子好きだからじゃ」
「え?」
「あははは。冗談じゃ」
驚く僕をみて、おかしそうに笑う彼女。
「な、なんだ……びっくりさせないでよ」
「まあまあ。この姿に欲情していたようだしのう。ちょっとからかってみただけじゃ」
くくっと意地悪そうにゆかいそうに笑うリーン。
彼女に夜風が当たって、漆黒の髪が揺れる。
凛とした顔立ちと
乱れた髪を手櫛で直すと、しっかり僕をみて言った。
「儂が人の体である間は、魔力が漏れないからの。なぜか知らぬが」
つまり逆に言えば、今まではダダ漏れだったのか……。
う〜ん。よくわからない。
アイリーンは元の姿が魔導書で、この姿が仮なんだろう? 本来の姿のほうが魔力を抑えられると思うんだけど……。
本人が魔力はもれないっていうんだから、まあいいか。
彼女は目を細めると、慈しむような表情をみせた。
しっとり濡れた黒い瞳と凛とした顔で、僕を見つめた。
あくまでもやさしい視線。
だけどしっかりとした芯を感じる。
僕はなんだか気恥ずかしくなって、思わず視線をそらした。
「ふふ。儂が人のかたちになれたのは、お前様が成長したからじゃよ」
小さな手を思いっきり伸ばすと、リーンは愛おしそうに僕の頬を撫でる。
僕が成長? まだちゃんと魔法ができたのは一回だけだ。
アンリエッタやリーンの助けがあってこそだよ。
「お前様はこう思うとるのじゃろう? たった一回だけ雷撃が打てただけだと」
「え?……」
図星だ。
彼女の体温が頬に伝わってくる。
「お前様はできる奴じゃ。こんなに早く儂を実体化させてくれたんだからのう」
手のひらと、その眼差しは優しく暖かった。
★★★★★
「ピーター、あなたは何に出るの?」
翌朝、食堂へ向かう途中、アンリエッタが嫌なことを聞いてきた。
「へ?」
眠い目をこすりながら、僕はとぼけた。
「昨日、先生の話を聞いてなかったの? まったく……。今日、学級会で、体育祭の参加者を決めるって言ってたじゃないっ」
「あ。そうだっけ……」
「まったくっ、やる気あるの? クラスの名誉がかかってるのよっ」
魔術師学校の体育祭は各クラス対抗だ。
体育祭といっても運動するわけではない。
魔法を使って競技をするのだ。
とはいえ、それなりに体力を使う。
僕は体育祭という言葉が嫌いだ。
その言葉の響きを聞いただけで、全力疾走で逃げ出したくなる。
だから体育祭には参加したことがない。
ひとり部屋の片隅で膝を抱えているだけだ。
「聞いてるのっ! ピーターっ! 今回こそ優勝するわよっ」
「あ、ああ……」
これ以上、体育祭のことなんか聞きたくなかった。
つい、いいかげんに応えてしまう自分がいた。
「ほんとにやる気あるのっ!」
バンッ!
部屋の扉を乱暴に閉めると、アンリエッタは出て行ってしまった。
昨日からアンリエッタは、なにかと言えば体育祭の話ばかりだ。
クラス全体のことなんだから、あの金髪縦ロール委員長にまかせればいいのに。
なんでアンリエッタは……。
僕はため息をついた。
すると、それまで静かにしていたリーンが、声をかけてきた。
「お前様よ。体育祭とは面白そうじゃの」
いつのまにか僕の机に座って、足をぶんぶんと振っている。
気のせいか声もはずんでいた。
僕の気も知らないで……。
「楽しいわけないよ!」
つい声を荒げる。
「なぜじゃ?」
不思議そうにリーンが小首を傾げた。
「またビリになって、全校生徒の笑いものになったりするんだ!」
ふ〜んと彼女は腕組みをする。
いたずらっぽく、目を細めたかと思うと、僕にこう言ったんだ。
「逆に考えてみたらどうじゃ? お前様が活躍すればいいのじゃ」
「できるわけないじゃないか!」
腹の底から何かが湧きあがってきて、とっさに怒鳴った。
はあはあと息を荒げた僕は、膝を抱えてそのまま部屋の片隅にうずくまった。
そうさ。
またいろいろ言われるんだ。
うずくまる僕のかたわらに、リーンが寄ってきた。
ゆっくりと僕の頭を撫でながら、こう言ってくれたんだ。
「儂と一緒に乗り切ろうぞ。あの小娘も気にしておる……」
顔をあげると、そこには目を細めて微笑んでいる小さな女の子がいた。
★★★★★
遅れて教室に入ると、体育祭の話題でもちきりだった。
「よう、ピーター。体育祭、何に出たい?」
僕の肩を叩きながら、オーウェンが声をかけてきた
悪気のない屈託がない笑顔だ。
「た、た、体育祭ねえ。何に出ようかな。あはは」
「大丈夫か? ピーター、顔がひきつってるぞ。今年から希望する種目に出れるようになったんだから、腕が鳴るよ」
みんなが騒いでいるのは、体育祭がクラス対抗の一大イベントってことだけじゃない。今回から自分の得意な魔法で勝負できるからだ。
噂によれば宮廷魔術師たちや、軍のお偉い人たちとかが見に来るらしい。いいとこを見せて就職を有利にしようと思っている先輩達も多い。
でも正直言って面倒くさい。
魔法、苦手だし、またみんなに笑われる。
「ピーターっ! 今回は参加しなさいよっ」
「い、いや。僕は……ね?」
この場を逃げようとすると、アンリエッタが僕の腕をつかんできた。
「ね? じゃないわっ。この間、追試験合格したじゃない。あの調子なら、ちょっと練習すればなんとかなるわよ」
その練習が嫌なんだよ。
何度やってもできないんだもの。
自分がイヤになってくる。
真剣な目で、僕の瞳をのぞき込んでくる幼なじみの顔が見れない。
「……ようやく追試験通っただけじゃないか」
小さい声をようやく絞り出す。
「あ、あのさ。もしよかったら、私と……」
「儂が面倒をみてやるぞ?」
アンリエッタをさえぎるように、ひょいとリーンが話に割り込んできた。そのとき、ちょっとアンリエッタの眉尻がぴくりと動いた。
「り、リーンはまだ子どもじゃない? 魔法なんてできるのかなあ〜?」
子どもに諭すようにいうアンリエッタに対し、リーンは目の前で、灼熱の炎を手のひらに浮かべた。
大きなボール大の炎の塊を、これ見よがしに高く掲げた。
「ほら、ファイアーボールだよ」
一瞬、みな言葉を失う。
「え、え? 炎魔法じゃないっ。それも無詠唱でっ」
目を見開いて驚きの声を上げるアンリエッタ。
それもそのはずだ。
火・雷・水・土・風をあやつる魔法。
そのなかで、最もコントールが難しいのが炎の魔法だ。
先生方でさえ、自在に操ることが難しいファイアーボールを、こともなげにリーンは披露してみせたのだ。
「す、すげえ〜! リーンちゃん」
オーウェンを筆頭に男子生徒たちが沸き立った。
「リーンちゃん。どうよ? 体育祭に参加してみない?」
「あらあら。それはいいわねえ〜」
男子に混じって、委員長も話に加わってきた。
「マリアさんっ。リーンちゃんは、まだ子どもなのよっ。それにうちのクラスでもないのに、体育祭にだなんて……」
リーンを心配してくれてるんだろう。
委員長の前に立ちふさがって、アンリエッタが反対した。
「そう? もはやリーンちゃんは、うちのクラスのメンバーなもんだわ。ねえ、みなさん」
金髪縦ロールを揺らしながら、委員長が周りを見渡すと、他のみんなはこくりと頷いた。
「あとはリーンちゃん次第じゃないかしら? ねえ、アンリエッタ」
「で、でも……」
委員長がアンリエッタに迫った。
ちらりと僕の方をみるアンリエッタ。
「べ、別に本人が出たいっていうならいいんじゃないかな」
小声でぼそぼそと、自分の意見を言った。
そのとき、アンリエッタから目をそらしてしまった。
アンリエッタが反対するわけもわかるんだ。見た目は小さな女の子だもんな。
でもリーン自身、体育祭には関心があるようだったし、言い出したらきかないところがあるから、止めても無駄だろうと僕は思ったんだ。
「お前様、儂と一緒に……どうじゃ?」
聞き耳を立てていたリーンは、瞳をキラキラさせて誘ってきた。
今朝も一緒にって言ってたな。
もっと魔法を使えるようになりたい……。
追試験の時のことを思い出した。
あんな風にもっと魔法が使えたらいいのに。
リーンにもっと教わりたいよ。
視界の片隅にアンリエッタが映る。
悔しそうに下唇を噛み、リーンをにらみつけていた。
「どうじゃ?」
リーンが催促してきた。
「もちろん、リーン。こちらからお願いしたいよ」
精一杯伸ばしているリーンの手をとった。
リーンが微笑みかけたとき、アンリエッタが声を荒げた。
「わ、私もお願いするわっ。ピーター、一緒に頑張りましょうっ」
あわてて、アンリエッタが僕とリーンの手をとった。
興奮のせいだろう。
頬を染めて、僕たちの腕をぶんぶんと振り回した。
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