第10話 受け入れられたかもしれない

「きゃぁあ~。かわいい!」

「ねえねえ。うちの生徒なの?」

「この服、センスいいわね。どこで買ったの?」


 教室に入るなり、たちまち女生徒たちにアイリーンが囲まれた。

 

「わ、わ、儂は……。おい、ピーター!」


 いきなり人だかりの中心になったためか、ぴょんぴょんとウサギのように跳ねて、僕を呼んだ。

 

「ねえねえ。今、ピーター君のこと、呼んだよね?」

「ってことは、この子はピーター君の……」


 好奇の視線が一斉に僕に向いた。


「あ、あのう。ピーター君? この子はピーター君とどういう関係なんです?」


 昨日、アンリが紹介してくれたセシルが尋ねてきた。その声がなぜか震えてるように思えた。


「え、えっと。この子はリーンっていうんだ。僕の遠い親戚だよ」


 できるだけ笑顔で応えたつもりだったけれど、自分でも顔がひきつっているのがわかる。堂々と嘘をついてるんだもの。


「そ、そうだったんだ。この子、親戚だったのね……」


 ホッとため息をつくセシル。

 ごめんね、セシル。ちょっと後ろめたさを感じる。


 一瞬、間があったと思ったら、女子たちの関心はとどまることを知らなかった。


「ねえ。リーンちゃんって、おいくつ?」

「可愛いわあ。ね、今度あたしんちに来ない?」

「い、いや。わ、儂はその……あのな」


 アイリーンが珍しく動揺している。

 普段ならうるさい小娘どもが、とか言いそうなものなんだけど。

 いったいどうしたんだろ?


「ピーターっ! リーンちゃんを助けてあげないのっ?」


 アンリエッタは女子たちに埋もれてい小さな娘を指さすと、僕はその中心にむかって思いっきりドンッと押し出された。


「わっ! 何すんだよ! アンリエッ……」


 ムッとした僕は文句を言いかけた。


 けれど。


 すぐ目の前には涙目になっている女の子がいた。

 アイリーンだ。

 どういうわけか彼女の力にならなきゃって、気持ちがわいてきた。

 

 周りには同年代の女子たち。僕にとっては苦手な連中だ。迫ってくる女の子がまるで大波のように思えて、頭の中が真っ白になりそうになる。

 アイリーンの手は少し震えていた。

 その小さな手をぐっと握ると、取り巻いている女子たちに向かって言った。


「みんなやめてよ! リーンが困ってるじゃないか」


 僕自身が驚くほど大きな声が出た。

 周りにいた女子はもちろん、クラスメイトたちが目を見張った。


「り、リーンを困らせないで……」


 彼女を守るようにみんなの前に立ちはだかった。


 そういや、こうやって人前で意見を言うなんてはじめてだ。

 心臓がばくばくいってる。


 そんな僕に勇気をくれたのは、後ろにいたアイリーンだ。

 

「う、嬉しいぞ。お前様……」


 僕にだけ聞こえるような小さな声でつぶやくと、僕の左脇に並んだ。


「ち、ちょっとびっくりしたぞ。儂はリーンじゃ。なんでも聞くがよい」


 小さな胸を張ってみせると、取り囲んでいた女子たちが再び騒ぎ出した。


「ねえねえ、リーンちゃんって何歳なの?」

「儂はさんぜん……」


 げ! 今、本気で応えようとした!


「さ、さんぜんと輝く12歳だよ」


 あわてた僕はとっさにフォローをいれた。

 見た目が小学生くらいなんだから、それなりの歳を言わないとダメだろうが!


 アイリーンの眉根が一瞬、ぴくりとした。

 12歳だと言われたのが気にくわないのかも。

 

 それにしても。そっか、そうだったのか……。

 妙に古めかしい言葉遣いをするわけだ。


「そっかあ。12歳なんだね。可愛いね。ピーター君とそっくりの黒髪と黒い瞳だね」


 うらやましそうに女子たちは、アイリーンを見つめて口々に、可愛いとか、いいなあ、とか褒める。


「そうじゃろう、そうじゃろう。ピーターとお揃いなのじゃ!」


 可愛いと言われたためだろうか。

 得意そうに、腰ほどもある黒髪をふぁさっと広げて見せた。


「リーンちゃん、教室に来てどうするの? ここの生徒じゃないよね?」

 

 セシルさんが心配そうに僕とアイリーンを交互に見つめている。

 ど、どうしよう。そこまで考えていなかったぞ。


「あ。もしかして見学なさるのかしら?」


 金髪縦ロールをたゆんたゆんと揺らしながら、上品そうに声をかけてきたのは、クラス委員長のアリアだ。


「う。ま、まあそんなもんじゃ。のう、お前様よ」


 うまい具合に委員長が助け舟を出してくれた。

 助かった。とりあえずこの場は何とかなる。


「そ、そうだよ。どうしてもリーンが様子をみたいって言うから……」

「へえぇ~。二人とも仲がいいのねえ」


 意地悪そうに口角を歪める委員長さんが怖い。

 すべてお見通しなのよって、微笑みを浮かべているのだ。

 

「まあ、いいわよ。せっかくおいでになられたのですもの。仲良くお隣で授業に参加されてくださいな」


 異常なまでに仲がいいことを強調するアリア委員長。彼女はアンリエッタをチラリと見ると、いたずらっぽく微笑んだ。

 なんだろ? 妙に楽しそうに感じるのは気のせいだろうか。

 

 ★★★★★


 人望の厚い委員長さんのお墨付きがついたためだろうか。

 遠巻きにしていた男子たちも、僕たちのそばにやってきた。


「ねえねえ、リーンちゃん。付き合ってる彼氏とかいるの?」

「オーウェン、まだ12だぞ。この子」

「あのな、ブレンディ。15歳になれば結婚もできるレディだろうが。もう許嫁の一人や二人くらいいてもおかしくないぞ」


 な、なんつーことを聞いてくるんだ。このバカども。

 いきなり失礼なことを聞いてきたのは、オーウェン・ムアだ。ぼさぼさの赤毛の頭だけど、気のいい奴だ。

 もう一人はブレンディ・ホーン。どういうわけだか、いつもオーウェンと一緒にいる奴だ。


「あ、あのさ。オーウェン君」

「どうした? ピーター」


 おずおずと僕はオーウェンに声をかけた。

 自分から彼に声をかけたのは、はじめてだ。

 僕と違ってリア充だから。

 

「アイ、いや、リーンが困ってるんだけど」


 アイリーンは僕の背後にまわっていた。

 シャツの端を小さな手で、ぎゅっと握って離さない。


 オーウェンは、ぎろりと僕と後ろにいる彼女を交互に見ると、ため息をつきながら言った。

「悪かったよ、ピーターもリーンちゃんも。驚かすつもりはなかったんだよ。許してくれ、この通りだ」


 姿勢を正すと、なんとオーウェンは僕たちに深々とお辞儀をしたのだ。


「えっ! や、やめてよ。そんなこと!」


 あわわと、両手の手のひらを振って、僕は彼を制止しようとした。

 そこまで謝らなくても……。


「いや。悪気があったわけじゃないけれど、レディに不安を与えたのは確かだ。それに」

「それに?」


 彼が微笑んだため、思わずきょとんとしてしまった。

 

「それに君がリーンちゃんを守ろうとしてたことに感銘を受けたんだ」


 そう言いながら、オーウェンは僕の肩を叩くと、がははっと笑った。

 

 僕たちの様子を見ていたアンリエッタが、満面の笑みで手を叩きはじめると、それに釣られるように、他の同級生たちも拍手をしはじめた。


 気恥ずかしい。

 なんとなく僕とクラスメイトたちの距離が、縮まったように感じた。

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