第9話 アイリーンとアンリエッタの出会い

「いやじゃ!」


 プイッと向こうをむいて拗ねるアイリーン。


 ちょっと僕は困っていた。

 だって彼女はさっきから僕の上着を羽織ったままの姿なんだ。

 

 見ちゃいけないと思いつつ、チラチラと見えてしまうあれこれが気になってしかたがない。さすがにこのまま部屋へ戻るわけにもいかないだろう。


「困るなあ。さすがにまずいよ」

「わ、儂はお前様と一緒にいたいだけじゃ! 幼い姿とは言え、ようやっとこうして体を得たのに何を言ってるのじゃ」


 ほっぺを膨らませて、健気なことを言ってくる。

 盛大に勘違いしてるようだ。

 ちゃんと伝えてあげないとダメだよな。


「そ、それよりもさ」

「何をいまさら……。最初からお前様と一緒じゃろ? 左腕に書物の形で寄り添っておったのを忘れたのかの」

「い、いや。そうでなくってさ、アイリーン。いくらなんでも、そ、その格好のままだとまずいよ」


 一瞬、きょとんとしたけど、胸元をしげしげと眺めて言った。


「このままだと都合が悪いのか?」

「そ、そりゃあ……。アンリエッタだって部屋にはいるんだし」

「他の女に気を遣うとか。女心がわかってないのう。お前様よ」


 あきれたようにため息をつくアイリーン。


 別に僕はアンリエッタのことを気にしてるって訳じゃ……。

 僕が気にしてるのは、どうアイリーンのことを他の人たちに話したらいいかってことだ。誰だって突然、クラスメイトに幼い女の子が、べったりとくっついていたら気になるだろうし。


 思いついたのは遠い親戚の子ってこと。


 アンリエッタは幼なじみだから、彼女も知らない親戚のそのまた親戚ってことにしておこうと思う。

 

 それにしてもどうしよう。

 女の子の服なんて持ってないや。

 

 アンリエッタの服を借りようと思ったんだけど、それは、


「誰が他の女のお下がりなんぞ着るものか! お前様は何を考えておるのじゃ?」


 と、お断りされてしまった。


 困ったなあ。しかたない。


 とりあえずルームメイトに気がつかれないように、そっと彼女と部屋へ戻ることにした。

 ばったり顔見知りにでも会ったら、大変だ。


 ★★★★★  


「こ、これはいいのう」


 僕のベッドの中で、ほくほく顔で嬉しそうに両頬を桃色に染めるアイリーン。

 その表情だけで、女の子に耐性のない僕はクラクラしてしまうよ。だいたい体つきは子どもなのに、時々みせる表情がゾクッとするほど色っぽいんだ。

 

 彼女はクククッと意地悪そうに笑ったかと思うと、僕の腕に抱きついてきた。


「……お兄ちゃん、一緒に寝るのじゃ」


 うるうるとした瞳でピッタリと肌をくっつけてくる。

 幼女趣味はないけれど、めちゃくちゃドキドキする。


「さっき言ったとおり、アイリーンは遠い親戚の子ってことで話を合わせてよ。それに……」

「わかった、わかった。服は着ろじゃろ? まったく人間ってやつは面倒くさいのう」


 ふくれっ面をしたかと思ったら、バッと毛布をかぶった。毛布全体がほんのりと光った。

 その輝きが消える。すると中からドレスを纏った少女が現れてポーズをとった。


「ほれ! これなら問題ないじゃろ。お前様よ」


 なんだよ。自前で服を出せるんじゃないか。

 文句を言おうと思って、アイリーンをにらみつけた。


 幼女が纏っている服は、漆黒を思わせるよう黒を基調としたドレスだ。

 レースがふんだんに使われ、妙な色気とシックな雰囲気を醸し出していた。


「に、似合ってるね……」


 自然とそんな言葉がついて出た。だってすごく似合っていたんだ。


「っ……!」


 たちまち、頭のてっぺんや耳先までまっ赤になって身をよじるアイリーン。

 そんな彼女がなんだか可愛く思えた。

 

 なんとなくお互いにもじもじしていると、部屋の向こうでガタリと物音がした。アンリエッタが起きた音だ。


 薄暗がりから眠そうに目をこすりながら、アンリエッタが僕たちのベッドにやってきた。


「誰? その子」


 目を吊り上げてじろりとアイリーンを指さした。

 声は眠そうだけど、その視線は鋭かった。


「え、えっと。この子は遠い親戚の子なんだ。リーンって言うんだよ」


 朝にでもアイリーンのことを話そうと思っていたけど、寝ぼけてる今のほうが都合がいいや。

 

「……あっそ」

 

 寝ぼけているからだろうか。じぃっと幼女の姿を見つめたままでいるルームメイト。

 アイリーンはアイリーンでアンリエッタを睨みつけている。


 何とも重苦しい雰囲気に耐えられなくなった僕は、ちょこんと隣に座っているアイリーンをこづいた。

 何するんだ? って怪訝そうな顔をしながら、


「ふん。リーンじゃ」


 と、ぶっきらぼうにあいさつをした。なにも舌打ちをすることはないだろうに。


 ★★★★★


「なんでついてくるわけっ? まだ子どもでしょっ!」

「儂は子どもなんかじゃないぞ。無礼な」


 朝食も終え、いざ授業へと思った途端、アンリエッタたちは口げんかをはじめた。どうやらリーンこと、アイリーンは付いてきたいらしい。


「お前様もこのわからずやに何とか言ったらよい」


 サッと僕の背中に隠れるようとするアイリーン。

 それを捕まえようとするアンリエッタ。


 僕は板挟みされる形になってしまった。

 どうしよう。とりあえず仲直りを。

 

「まあまあ。二人ともやめようよ」

「ぴ、ピーター! あなたって人はっ! こんな小さな女の子をたらしこんでっ」

「ちょ、ちょっと。何言ってるんだよ、アンリエッタ。彼女は親戚の子だって話したじゃないか。ここじゃ身よりがないから、僕から離れたくないと思うの当然の気持ちじゃないか」

「そんなことはわかってるわよっ」

「だったら……」


 語気を荒げ、僕は下唇を噛んだ。


 アンリエッタは、僕のシャツの裾を小さな手でヒシッと握っているアイリーンをキッとみると、頬をふくらませながら、小声で言った。


「だ、だって……」


 僕の胸を握りこぶしで軽く叩きながら、文句を言うアンリエッタ。

 ひょっとしてアイリーンが、僕にべたべたしているのが気にくわないのか。

 

「あ、アンリ……」


 反射的にルームメイトを愛称で呼んだ。

 それだけのことだったけれど、みるみるうちにルームメイトの頬が紅く染まった。

 

「ま、まあいいわっ。ピーターの親戚っていうんならっ」


 ぷいっと向こうをむくと、アンリは教室の扉を開けた。

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