第7話 最初の警告

「まったくっ! いつまで女の子と話をしてるのよっ! 午後からはマグナス先生なんだからねっ! わかってる?」


 教室から首だけ出して、まくしたてるアンリエッタ。

 眉をつり上げ、歯ぎしりの音が聞こえてきそうなくらいに、歯を食いしばっている。

 

 怖いよ……。そんな鬼のような形相で大声出さなくっもいいのに。


「ほらっ! セシルもセシルよ。いつまでもピーターといちゃいちゃしちゃってっ」


 怒りの矛先がなぜか彼女の友人に向かっていった。

 セシルなんてビクビクしちゃってるじゃないか……。

 別にいちゃついてたわけではないんだけど。


「……ごめん、アンリエッタ。今行くよ。じゃあ、また。マリリン」


 ここで満足にお返事もできないまま、下級生のマリリンとはお別れだ。

 戸惑っているセシルの手を取って、僕はアンリエッタの待つ教室へと駆け出す。

 

「あんっ……」


 何かセシルが声をあげたような気がした。

 まあ、とにかく急がないと!


 ★★★★★


 せっかく間に合ったのに、隣に座っているルームメイトはご機嫌斜めだ。さっきから声をかけて

るのに、そっぽを向いてしまう。


 まだ先生も来ていないし、何が悪いんだろう?


「あの……アンリエッタ?」

「……ふんっ! 何よ、他の子といつまでも仲良くしてればいいのだわっ」

「……」


 何だよ!

 セシルやマリリンと立ち話していただけじゃないか。

 自分でセシルを紹介しておいて、仲良くすると機嫌悪くなってさ。


「おいおい。二人ともまたケンカしてるぞ」

「まったく見せつけてくれるぜ」


 クラスメイトたちがひそひそ噂をしてるのが、聞こえてきた。さすがに気恥ずかしくなってき

た。

 

「ごめん……」


 と、素直にアンリエッタに謝った。

 

「……ふんっ。いいわ。許してあげる」


 僕の方をちらりと流し目で見ると、またそっぽを向きながらも許してくれた。

 僕らのケンカが気になるのか、ふりかえって様子をうかがってくるセシル。

 

 そんな彼女と視線が合った瞬間、教室の扉がバンと開いた。

 魔術師学校の教師マグナスだ。

 

 マグナス・ウェアハムはこの魔術師学校の教授の一人だ。


 立派なあごひげと胸板が厚く立派な体躯は戦士のようだ。その体格といかめしい顔つきからたい

そう厳格そうにみえる。

 そして実際のところ、生徒たちにとっては厳しい教師だ。

 

「うむ。今日も遅れたものはいないな。いいことだ」


 教室を見渡しながら、満足げに頷くマグナス先生。


「いつも言っているように、遅刻したものには単位はやらん。単純な決まり事さえ守れないやつ

が、契約を基本とする魔法を使える訳がないからな」

 

 遅刻したものや課題をしてこなかったものは、単位をやらない。それがこの先生の流儀だ。

 

 アンリエッタが騒ぐわけだ。

 ようやく実技の追試験が通ったばかりだ。ここでマグナス先生が担当している魔術理論を落とし

てしまったら、シャレにならない。


「ところでピーター君……」


 いつの間にか背後にマグナス先生が立っていた。


「は、はい……な、なんでしょう……か」


 緊張するっ。

 遅刻はしていないし、課題だってしてきた。


「どうしたの? ピーターは遅刻してないわよ。パパ」

「アンリ……ちょっとピーター君が気になってな」

「あら。そう?」

 

 背筋にひんやりとしたものが流れる。

 そう。先生はアンリエッタのお父さんなのだ。

 アンリエッタのことだ。いろいろ僕の話をしているかと思うと気が重い。 


「……ピーター君、病気から回復したんだな。よかったな」


 ねぎらいの言葉をかけられ、おそるおそる僕はふり向いた。

 ちょうど見上げるかたちになったので、よけいに先生が大きな壁のように感じた。


「あ、ありがとうございます。マグナス先生」

「ピーター君。左腕に巻いているのは魔導書だね?」

「え、ええ……」

「以前、使っていた書物と違うように思うのだが」

「え、えっと。これは病気が早く治るようにと思いまして……」

「その魔導書……。君はそれが何だか知ってるのか?」

「え、ええっと。こ、これは……」


 脇の下から汗が噴き出してくる。

 この本は僕に話しかけてくるんです、とかって言ったら、変な目で見られるだろう。


「それはな……ピーター君。人喰い魔導書だ」


 え? 人喰いだって……。何を言ってるんだ、先生は。

 

「その表紙の文様は失われた太古の魔術、エンシェントマジカのものだ。ピーター君の左腕にある

魔導書はとても古いものだ」

  

 グッと左腕の魔導書をかばうよう、右手で覆った。

 アイリーンが人喰いなわけがない。


「……ピーター君。警告しておく。君の左腕の書物は君に力を与えるだろう。しかし、同時に君を

滅ぼすだろう。すぐにでも手放すのが望ましいな」


 眉一つ動かさずそう言うと、そのまま先生は教壇に戻っていった。


「さて授業をはじめるぞ。教科書の45ページを開け!」


 何事もなかったように授業がはじまった。

 マグナス先生が言ったことが気になって、僕は講義が頭に入ってこなかった。


 ★★★★★


 授業が終わって寮に戻ると、アンリエッタとセシルが難しい顔をして待ちかまえていた。


「ピーターぁ――――!」


 アンリエッタが乱暴に僕の胸ぐらをつかんだ。

 鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔が近づく。真紅の瞳からは大粒の涙が流れていた。


「……どれだけっ。どれだけ心配させたら気が済むのよっ」

「……」


 返す言葉もない。

 

 いろいろ世話を焼いてくれているのに、左腕にある魔導書が人喰いだなんて……。

 アンリエッタも『病魔除けだね』って喜んでくれたのに。


「あ、アンリ……。あまり、ら、乱暴は……」


 か細いセシルの声でハッとなったのか、アンリエッタが僕を放した。


「……心配させてごめん」

「バカ……」


 ルームメイトは涙を拭うと、黙って僕に背を向けてベットに入った。


 僕も気持ちの整理をしたかった。

 ベットに仰向けになって天井を見上げる。


 バタンと部屋の扉を閉める音がする。

 セシルが出ていたようだ。


 その夜、アンリエッタとはひと言も言葉を交わさなかった。

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