第6話 セシルとマリリン
「時にお昼ごはんはまだかい? 一緒にどうかな」
知り合ったばかりなのに、何この人?
僕をメシに誘うだなんて。何を考えているんだろう。可愛い女の子相手だったらわかるけど……。
返答に困っていると、アンリエッタがやってきた。
僕ににじり寄ってくるイケメンを見つけると、
「あら? ヘンリー君じゃない。どしたの?」
僕とは違ってクラスメイトの名前を知っていた。
そりゃあそうか。僕は友達はいないようだし。
「いやあ〜。アンリエッタじゃないか! ピーター君の雷撃魔法、すごかったね!」
「そうなのよっ。すごいのっ。やっぱりピーターには才能があるのだわっ」
イケメンと美少女って、絵になるなあ……。僕とは縁のないことだ。
アンリエッタたちが盛り上がってるのを尻目に、僕はそそくさと部屋へ戻ろうとした。
「ピーター君、お昼はどうだい?」
「いや、僕は……」
……行かない。二人でどうぞ。と言葉をつなげようとした次の瞬間、アンリエッタが口を尖らせて、不満そうに僕をにらんだ。
「……ピーターも来るのよっ。当然でしょ。合格をお祝いしなくちゃ」
「わかったよ……。アンリエッタ」
まあ、そのなんだ。
相部屋だしな。何だか逆らえないや。
★★★★★
なし崩し的に総勢5名の大所帯でランチとなった。僕とアンリエッタ、ヘンリーとヘンリーの妹さん、アンリエッタの友達がテーブルを囲んでいる。
アンリエッタは相部屋だからしょうがないとしても、こんなに大勢で食事なんてしたことがない。
「それでピーター君、病み上がりでよくあの威力が出せたね。僕は感心したよ」
「……そ、それは」
「それは私が練習に付き合ってあげたからよ。ねえ、ピーター」
そんな……。僕に同意を求められても困る。
アンリエッタのキラキラした紅い瞳が揺れている。僕に期待してる目だ。
しょうがない。ここは素直にフォローしておこう。世話になったのは確かだもんな。
「‥‥彼女の助けがなければ、無理だったと思います」
わかりやすく笑顔をみせるルームメイトの横で、さっきからちらちらと僕を見ている子が気になる。食事をはじめたときから、ずっと見られてる。
……何かみっともないことしちゃってるんだろうか? 僕。
他人と、それも同世代の人たちと食事したことなんかないもんな。作法とかなってないのかもしれない。
さりげなく横目で彼女たちをみると、アンリエッタが彼女の脇を突っついていた。
「……ほら、セシルったら……。お話したかったんでしょ?」
セシルっていうのか。この子。
燃えるような赤毛が印象的だ。アンリエッタよりも背丈が高くて、胸も立派なのに僕が様子を見るたび、おどおどしている。僕と同じコミュ障なのだろうか。なんとなく親近感。
「……あ、あの。ピ、ピーター君? す、すごかったよ」
じっと見つめると、消え入りそうな小さな声で、おそるおそる声をかけてきた。目を伏せて話すのは僕と似てる。
「セシルはね、ずっと前からピーターが気になってたのよ」
「そ、そ、そんなこと言わないで。アンリ……」
イタズラっぽく、にやにやしながら友達をからかうアンリエッタ。
あれ? 目覚めてからずっとアンリエッタって、僕のことを構ってくれてるけど、それはただの幼なじみだから? それともルームメイトだから?
てっきり僕は彼女に好意を持たれているって、勘違いしてたぞ。
あんまり人と……特に女の子と話したことないから、どうも気持ちがわからない。
「聞いてる? ピーター君」
あれこれ考えていたら、ヘンリーに声をかけられていた。
「あ、ああ……」
「どうしたんだい? さっきから……せっかく妹を紹介してるのに」
完全に自分の世界に浸ってた。
いけない、いけない。
「ちょっと疲れちゃって……」
「やあ。失敬、失敬。追試直後でお疲れだろう」
「……ありがとう。そんなことはないよ」
イケメンは違うなあ。人の話を聴いてない! って怒られるかと思ったら、逆に気遣ってくれるとか。顔だけじゃないんだな。ちょっと見習いたい。
そうこうしてるうちに、みんなはとっくに食事を終え、いつの間にかお茶タイムになっていた。目の前に皿があるのは僕だけだ。食事もトロいのか……。僕は。
『……お前様は思慮深いだけじゃ。気に病むことはない』
アイリーンが後ろから抱きしめて、耳元に囁いてきたように感じた。なんだか安心する。
★★★★★
昼休みも終わり、アンリエッタやヘンリーたちと教室へ行く途中。
「あ、あの……ピーター君?」
ちょんちょんと背中を突かれた。
振り向くとそこにはさっき紹介されたセシルがいた。その後ろにはヘンリーの妹さんが隠れるようにしていた。
二人とも何やらもじもじしてる。顔を伏せて耳先まで真っ赤になってる。やっとのこと声をかけてくれたんだろうな。
なんか話をしないと……。
あれ? 何を話したらいいんだ? だめだ。頭が真っ白になる。
アンリエッタやアイリーンだったら普通に話せるのに!
「ど、ど、ど、どう、どうしたの?」
あれ? 震えて、声が……うまくでない。どうしよ。体がこわばってしまう。
「え、えっと。ピ、ピーター君? 疲れて……ない?」
心配してくれてるんだ。
どうしよ……。次、何を話したらいいんだ? 舌がうまくまわらないや。
あああ。わからんぞ。
どうやったら彼女たちに気持ちを伝えられるんだろう。
『……ありのままに話せ。お前様よ』
再びアイリーンが小さく耳元で囁いた気がした。
ありのままに……か。
いつもアンリエッタやアイリーンと話しているようにしよう。
目の前の子たちたちとは初対面じゃないんだ。
す〜は、す〜は〜。深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、息を吐くのと同時に声を出してみる。
「大丈夫だよ。ありがとう」
あ。言えた。言えたぞ!気持ちを伝えられたぞ!
大丈夫だろうか。
おそるおそる彼女たちの方を見ると、二人とも僕を見てにっこりと微笑んでくれていた。
よかった。ちゃんと伝わったようだ。
「あ、あのね……。マリリンもお話したいって……」
セシルが後ろにいた子を、えいっ! と、ばかりにひっぱると、よろけながら眼鏡をかけたおさげの子が前に出てきた。
「あ、私。ヘンリーの妹のマリリンと申します。ピーター先輩の魔力量すごいんですね」
ぺこりとおじぎをすると、好奇の視線を僕に向けてきた。
まるで新しいおもちゃを見つけたような瞳だ。僕自身というよりも、さっきの雷撃魔法の威力に驚いただけのように感じる。
「あ、いや……たいした……」
「ピーターっ! 何、もたもたしてるの? もう午後の授業がはじまるわよっ!」
キンコンカンコーン!
マリリンにお返事をしようとしたところで、午後の授業の予鈴とアンリエッタの声が廊下に響いた。
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