第5話 初めての魔法の成功とイケメン

 つんざくような音が中庭に響いた。

 ちゃんと上手くできたんだろうか? 正直、的を見るのが怖い。もし失敗してしまったら、アンリエッタに合わす顔がないよ……。


 わあ、という声が耳に入ってくる。

 僕はおそるおそる瞳を開けてみた。


 正面にあった杭がものの見事に上半分が消えていた。


「はあ〜」


 一気に足腰の力が抜けちゃった。そのまま僕はへたり込んでしまった。

 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、アンリエッタだった。


「やったねっ。ピーター」


 にこにこと満面の笑みを浮かべながら、僕の尻についた土を払ってくれてる。


 その間、疑いの声や驚きの反応がギャラリーから聞こえてきてしまった。


「す、すげえ。ピーターってこんなに威力ある雷撃が打てるのか……」

「で、でもさ。イカサマしたんじゃないか? 急にできるようになるわけないよな」

「ああ。そうだよな。今までビリだったんだぜ?」


 彼女と一緒に結構頑張ったんだけどな。

 痛いくらい自分の唇を噛んだ。


 アンリエッタをちらりと横目で見ると、不安そうに眉をひそめちゃっている。

 

 そんな僕らの様子をみてなのか、

 

「いい加減にしないか! 本校の生徒ともあろうものが恥を知れ。能力に開花しはじめたものを潰す気か?」


 と、試験官が生徒たちを一喝してくれた。


 もしかして、もしかしたら、この人は教員なんだろうか。うるさかったギャラリーが途端に静かになった。


 彼は僕のそばにやってくると、「合格だ。おめでとう」と、短く結果だけを伝えた。


 え? 合格しちゃった……。

 

 半分ぶっ飛んでしまった丸太杭と、隣ではしゃいでいるアンリエッタを交互に見て、僕はようやく実感がわいてきた。


 そうか。合格したんだ。

 ちょっと嬉しい、いや……かなり嬉しい。


 ★★★★★


 寮へ戻る道すがら、僕の方から左腕の魔導書に声をかけた。

 試験の時、僕の背後から寄り添ってくれたのは魔導書だろうと感じていたから。彼女にお礼を言いたかったんだ。


「魔導書……さん」


 おそるおそる声をかけてみる。自分の方から、左腕の本に声をかけるのは初めてかもしれない。


『なんじゃ? お前様。呼んだか?』

「さっき僕の後ろからサポートしてくれたのは、あなたですよね?」

『はて? 何のことじゃろう。儂は寝とったから知らぬぞ……』


 何だか素っ気ないな。ちょっと怒ってるんだろうか。

 絶対、あの感触は魔導書だと思うんだけど。


「ありがとう、アイリーン。いろいろと……」

『な、な……あ、あ、アイリーン?』


 声が裏返ってるけど?


「だって魔導書って呼ぶのは可愛そうだしさ……ダメなの」

『っ……。い、いや。だってな。儂がそう呼ばれたことは今まで……』

「今までは今まででしょ? 僕はそう呼びたいんだ」


 いつも尊大な彼女なのに、気持ちにゆとりがないよな……。アイリーンと呼ばれたことがないんだろうか。

 いろいろサポートしてくれたおかげで、落第からの追放を免れたんだから、僕にとっては恩人だ。恩人に対し、魔導書って呼ぶのはおかしい。


『わ、わかった。お前様がそう呼びたければ、そう呼ぶがいい』

「これからはそう呼ぶね。アイリーン」

『…………』

 

 なんだろう。照れているんだろうか。


 ★★★★★


 そんなやりとりをしていると、あっという間に玄関についた。


「あのう。ピーター君?」


 外履きを脱いでいると、金髪碧眼でスリムな男子から声をかけられた。

 そいつは小柄な僕の1.5倍ほどの身長差があった。こちらをみて爽やかな笑顔をみせると、真っ白な歯がキラリと光る。脚も長く、見えている二の腕は筋肉隆々だ。


 たぶんイケメンというのは、きっとこういうヤツをいうのだろう。

 僕とは真逆のタイプだ。


「どなたですか?」


 こんなイケメンは知らない。ちょっとぶっきらぼうに聞いてやった。

 僕が今知っているのは、ルームメイトで幼なじみのアンリエッタと、左腕に絡みついているアイリーンだけだ。


 僕にクラスメイトなんていない。

 だってずっとひきこもりだったんだから。


「申し訳ない。失礼した。僕はヘンリー。ヘンリー・ホフマンという。さっきの君の雷撃魔法に感激したものだ」


 そう言いながら、このイケメンは握手を求めてきたのだ。

 批判や誹謗中傷ばっかり、ギャラリーから聞こえてきたんだが……。なかには凄いと思ってくれた人もいるってことだろうか。


 向こうの方から挨拶してくれているんだから、さすがに無視するわけにはいかない。無視しちゃったら、それこそ俺の嫌いなイジメだ。


 ……。

 握手ってどうするんだっけ? 人とまともに挨拶したことないや。


 僕を見つめて、ずずいと右手を差し出してくる彼。

 しょうがないので、彼のやっている通り、同じように右手を差し出してみた。


 にこっと笑って、彼は僕の手を握って、こう言った。


「よろしく! ピーター君。いい友達になれそうだ」

「よ、よろしく……ヘンリー君」


 お互いにがっしりと手を握り合った。

 何だかこうでもしないと彼に悪いような気さえしていた。


 イケメンのイケてる笑顔とは正反対に、僕の口角は微妙に震え、視線は慌ただしく左右上下に揺れてしまう。


 だって友達を作ったことがないから。

 正直、恐ろしい。

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