第4話 追試験

 僕自身はあぜんと、いや驚いていた。

 僕ごときが魔法なんて出せないと思ってたから。


『フフン、さすが儂が選んだ男だけあるのじゃ。潜在魔力は大したものじゃのう』


 魔導書を止めている鎖が緩み、さわさわと動いた気がした。彼女なりに喜んでるんだろうか。少なくても口調からはそう感じる。

 

 一方、アンリエッタはあんぐりと口を開け、大きく目を見開いていた。


 彼女の視線の先には杭が一本しかたってなかった。

 あそこには確か何本も杭が並んでいたはず。それがど真ん中のもの以外は、全て倒れていたのだ。どうも実感が湧かない。

 

「……ピーター。肝心のところに当たってないわよ」


 指を震えせながら正面の杭を指差すアンリエッタ。


「あ……。ぼ、僕なんかが雷撃、出せたんだね……」

「そうよ! 今度はちゃんと狙ってよ。どんなにパワーがあっても、的に当たらなくっちゃダメだよ」


 本当に僕が雷撃を放ったんだ……。夢じゃなかったんだ。じんわりと実感が湧いてきた。

 おのずと左の手のひらをにぎにぎと動かした。小さなこの手で魔法を起こしたのだと思うと何だか感慨深い。


「ボケッとしてないで。今度はちゃんと狙って打ってよ」


 と言いながら、アンリエッタは再び僕の手をとった。

 ライフル銃で狙いを定めるように、僕の腕を調整する。


「いいわよ。さっきのようにやってみてっ」


 今朝からのトゲトゲしさがなくなって、やんわりと口角を上げている幼なじみをちらりとみて、僕は再び呪文を唱えはじめた。


 ★★★★★


 追試験当日。

 中庭で試験をするのには絶好の晴天だ。


 どういうわけかルームメイトであるアンリエッタの他に、三十人くらいのクラスメイトたちが、僕の追試の様子を見に来ていた。ギャラリーってやつだ。


 最初はこんなに友達がいたのかと思った。

 そんな脳天気さは、試験のために配置につく前に打ち砕かれた。あっさりと。

 ただ、学校屈指の成績の悪い僕、病みあがりの僕を見に来ていたのだ。自分たちが優越感に浸りたいために。


「ほら、見てみろよ。アンリエッタなしじゃ何もできないヤツが来たぞ」

「フン、無能が歩いてやがる」

「もったいないなあ。あんな男と同室だなんて……」

「学校の恥さらしがっ」


 大小の誹謗中傷がどうしても耳に入ってきてしまう。

 そのたびに共に歩いてるアンリエッタが、僕の手を握ってくる。彼女が僕に対して真剣なのはわかる。でも、それって幼なじみだからじゃないのか? 同じ部屋じゃないのか? そんなひきこもりらしい自虐的な考えが浮かんでくる。


 ひきこもり? あれ? なんだその言葉って。どういう意味だ?


『自信がないのかの? お前様……』


 魔導書が僕の心に囁いてきた。


「……やっぱりできないかも」

『昨日まで、散々そこの娘と練習したじゃろう。お前様はちゃんとできるのじゃ』

「でも……これが失敗したら」


 もし外れちゃったら、もし暴発しちゃったら……。

 思わず背筋が寒くなった。

 僕自身が住むところを失うだけじゃない。

 せっかく練習に付き合ってくれたアンリエッタにも迷惑がかかるのだ。


 今、僕が浴びているような、クラスメイトからの視線の矢を彼女には浴びさせたくはない。あんなにも一生懸命だったんだもの。

 

 胃がキリキリと痛いよ。

 ここから走って逃げ出したい。毛布にくるまりたい。


『お前様よ……。この儂がお前様を選んだのじゃ! しっかりせい! 必ずできるっ!』


 魔導書はそう言ったきり、それ以上何も僕に語りかけてはこなかった。


 ★★★★★


「ついたわね。頑張ってね。必ずできるからっ!」


 的の前に立つ直前、アンリエッタが僕の両肩を叩いて、そう励ましてくれた。

 頑張れ……あんまり好きな言葉じゃない。何度その言葉を聞かされたことか。

 

 それでも真剣な眼差しで、練習に付き合ってくれた彼女の誠意には報いたい、と思う。


 僕が正面を向くと、的とある丸太杭が見えた。

 何だかめちゃくちゃ遠くに感じる。


 僕の脇には三十歳くらいの男の人が立っていた。


「ではピーター・ヨハンソン君。今学期末の追試験を実施する」


 と、その男の人が話しかけてきた。どうやら試験官のようだ。

 僕は、こくりとうなづいた。


「ピーター君、言うまでもないがこれがラストチャンスだ。わかってるね」

「……」


 黙って、試験官の瞳を見つめる。厳しく冷酷な目だ。オーシャンブルーの瞳だからなのか、それとも彼の本来の性格なのかはわからない。

 ただ僕にとっては、怖いだけの存在だ。まるで死刑を宣告する裁判官のように。


「早く無様な姿を見せろよ」


 ギャラリーから誰かがつぶやいた。男子生徒の声。

 その途端、キッと試験官がそちらの方を向こうとした時、


「やめなさいっ! ジャマになるだけよっ」


 と、張りのある声が中庭に響いた。ここ数日、ずっと僕が聞いていた声だ。

 ちょっと胸が暖かくなった。僕一人で試験にのぞむわけじゃないんだ。


 試験官は僕の方へと体を戻すと、短く宣言した


「でははじめ!」


 その時、スウッと背後から女性が僕を抱きしめるような感覚があった。

 アンリエッタじゃない。彼女は向こうで僕を見つめている。


 左手を前方へ掲げ、狙いを定めると、それをサポートするかのように、背後から一緒になって照準を合わせてくれるのがわかる。


『「サンダーボルトよ、杭を打ち払え」』


 背後にいる女性と僕は同時に的へ向かって、雷撃を放った。

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