第3話 初めての魔法
「起きろっ! 中庭に練習に行くわよっ!」
翌朝早く、僕はアンリエッタに叩き起こされた。
「ほらっ! 君の追試でしょ! しっかりしなさいっ」
眠い目をこすりながら重い体をようやく起こすと、眉を吊り上げてるアンリエッタが立っていた。昨日とは打って変わって厳しい表情だ。
「まだ5時になってないじゃないか」
目をこすりながら、再び毛布をかぶる。
朝日もまだ上がりきってないじゃないか。寒いし眠い。
「いつまでも寝てないっ!」
かぶった毛布を無理やり剥がした途端、彼女の表情が凍りついた。その視線の先には僕の下半身がある。
みるみるうちに顔が真っ赤になっていった。
「エッチっ!」
バシンッ! 目に火花が散り、頬に痛みが走る。
「さ、先に中庭に行ってるからねっ。ピーター君は今度の試験落ちると、学校追放になるのよっ。ちゃんと来なさいよねっ!」
そう言い残すとアンリエッタは、乱暴にドアを開けて部屋を出て行った。
「いってえ……思いっきりひっぱたくことないじゃないか」
真っ赤に腫れた頬を撫でながら、僕も中庭へ急いだ。
『大丈夫かの? お前様もいろいろ大変じゃのぅ』
「人ごとみたいに言って……。あなたも痛いでしょ。僕の痛みが伝わってるんだからさ」
震えるように笑っていた魔導書に八つ当たりをした。皮肉の一つくらい言いたくなるよ。
そりゃあ、僕がいつまでも起きなかったのが悪いけど、叩くことはないだろう? 僕の下半身が勝手に大きくなってたんだしさ……。男の子の生理現象だもの。不可抗力ってもんだ。
『心配してくれるのかえ。嬉しいのぅ。しかしじゃ、この程度は触れたうちにも入らん』
「え? それずるいよ……」
『そんなことよりお前様……。急がんとまたあの怖い娘に叩かれるぞ』
「わかってるよ……」
もちろんアイリーンに言われるまでもない。
寮から追い出されてしまったら、僕は野宿するしかなくなる。さすがにそれはイヤだ。
とにかく僕は中庭へ急いだ。
中庭は思ったよりも広かった。遙か向こうに建物が見えるほどだ。庭どころか草原の間違いなんじゃないかって思えてくる。
庭のあちこちに様々な太さの丸太杭が並んで立っていて、燃えた跡や折れてしまってるものが何本かあった。
「ほら、こっちこっち! 私が先にお手本をよく見ててっ」
アンリエッタが呼ぶ声へ行くと、丸太杭の方へ左手をかざしていた。
「サンダーボルト、杭を打ち払えっ」
と、彼女が叫ぶと、手のひらが青く光って、ビリビリという音と共に青い球体が杭めがけて飛んでいった。
球体が杭のど真ん中に命中すると、ジリリッと焦げる音と匂いがした。
「ほら、この通りよ。やってみて、ピーター君」
アンリエッタの言うとおり、杭を見つめて右手をかざした。
「何やってるのっ! もう〜。病気で基本から忘れちゃったの? 左手じゃなきゃ魔法は出せないわよっ!」
「え? どうして?」
手のひらをかざして呪文を唱えれば、魔法が出せるじゃ……。
小首を傾げていると、むんずと左腕をつかまれた。
「こっちよ! 心臓に近い左手の方じゃないと魔法はできないわっ」
強引に左手を持たれ、丸太杭へ手のひらを向けさせられる。
彼女の柔らかい胸のふくらみが肩にあたった。
「ちょ、ちょっとアンリエッタ……」
そんなにグイグイと胸を押しつけられては、こっちも恥ずかしい。
「何よ! このまま唱えなさい」
さっきは僕の下半身を見て、ひっぱたいた癖に……。
ちらりと横目で彼女を見ると、僕の左手と標的をじっとみていた。その目つきは真剣そのものだった。
燃えるような瞳を見ていたら、胸の感触だけしか考えてない僕が情けなくなった。
僕のために一生懸命になってくれている。
「さ、サンダぁーボルトよ、杭を打ち払え」
うまく行くかな……。震える唇で呪文を紡ぎ出す。
プスン……。
指先から残念そうな音がした。
「あ、あれ?」
「ばっかじゃないっ! ピーター! もう少しイメージしなさいよ」
「い、イメージって?」
「雷撃のイメージよ。雷のパワーが溜まっていくのを感じるのよっ」
雷のパワーを溜めるって……。わかんないや。
『魔法にはコツがあるのじゃ。お前様よ……。教えてやるわ。まずは心の中で雷が鳴っている光景を想像せよ』
魔導書の言うとおりに雷が落ちるシーンを想像した。
『よし……。次はその雷が左手に集まっていくことをイメージじゃ』
集中できるように目を閉じると、手のひらに雷の力が集まっていくことを考えた。
『……うむ。そのまま呪文を唱えるのじゃ!』
「サンダーボルトよ、杭を打ち払え」
青い光が手のひらに集まり、呪文と共に一気に放出された。
ズドンという大きな音と共に、僕の左手から雷撃が放たれる。
その途端、アンリエッタが叫んだ。
「わっ! なにすごい!」
ちゃんと的に当たったんだろうか。
きつく閉じてしまっていた瞼をそっと開けると、的となる杭の周囲にあったものが跡形もなくなっていた。
「やった……。できた」
まるで初めて自転車に乗れたときのように、僕の奥底の何かが明るく照らされるのを感じた。
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