魔術師学校

第1話 転生先は魔法の世界

「…………はっ!」


 僕はベッドから飛び起きた。


 悪い夢を見ていたようで汗びっしょりだ。


 周囲を見渡すと机や本棚、そしてベッドが二組おいてある。

 どうやら相部屋のようだ。


 相部屋? 誰と? 僕は一人だったはず。 

 僕だけの部屋にいたはず。


 あれ? そういえば僕は……。僕は誰だ。

 いろんな疑問符が頭の中をかけめぐる。


 ぶわっと一気に冷や汗が噴き出し、さらに上着を濡らす。びっしょりと濡れた上着を脱ごうとした時、何かが左腕にまとわりついていることに気がついた。


 視線を左腕に移すと、上腕に革製の書物が鎖で括りつけられていた。

 何だろうこれ? まるで覚えていない。


 その鎖をはずそうとした時、心配そうな女性の声がした。


『お目覚めのようね,お前様‥‥。大丈夫だったかの?』


 どこかで聞き覚えがある声だ。

 声の主を探してきょろきょろと周りを見渡すが、誰もいない。


『ここじゃ、ここじゃ。どこを見ておる』


 左腕の方から頭の中に声が響く。

 そこにあるのは豪華な装飾が施された小さな書物だけだ。


 その本をじっと眺めていると、向こうも探っているような気がする。そうかと言って、決して不快なものじゃない。見守ってくれているような暖かさを感じる。


「誰?」


 おそるおそる左腕に話しかけてみた。声をかけられたのだから、返事をしてもらえるかもしれない。


『……儂はアイリーンじゃ。お前様の左腕にいる魔導書じゃ』


 左腕の書物はそう名乗った。

 頭の中にはっきりと聞こえた。


「わ! 本がしゃべった!」


 あまりにはっきりと聞こえたから、思わず声をあげてしまった。


『お前様の心の中に話かけてるのじゃが? まあ、儂のように長く在るある魔導書なら、このくらい当然じゃぞ」

「……そうなんですか?」

『もちろんじゃ。具現化もできるのじゃ。ここに来る前に完全体をみてるはずじゃがの』

「完全体? 具現化?」


 なんだか楽しそうに頭の中に話しかけてくるが、彼女の言うことの1割程度しかわからない。僕がわかるのは腕に括られている本が、自己紹介してるってことくらいだ。


『……忘れてしまったか。しかたないのう。それはさておき……。お前様とは契約を結んでいるからの。一応、説明しておこうと思ってな』

「契約?」


 頭の中に話しかけてくる本と契約なんかした覚えがない。

 変な契約ならクーリングオフができるはずだ。


 え? クーリングオフってなんだ?

 今、突然頭に浮かんできた。

 知らない言葉だ。


『そうじゃぞ。この魔導書アイリーンとちぎったのじゃ。喜べ!』


 なんだか自信満々って感じが伝わってくる。

 きっと目の前にいたら、胸を張っているところだろう。


「はあ……」

『何を浮かない顔をしとる。500年ぶりじゃからの。それも可愛い男の子……。フフフ。儂もワクワクしておるのじゃ』


 ダメだ。頭が混乱する。

 なんだかめまいがしてきた。


『まだ本調子ではなさそうじゃな。しかたないの。お前様の夢は一流の魔術師になる事じゃった。そこで死にかけてた奴と入れ替えさせてもらったのじゃ』

「中身を入れ替え? どうやって?」

『質問が多いのぅ。ま、いい。魂を入れ替えたのじゃ。人助けにもなるし一石二鳥じゃ』

「人助けって……。じゃ、入れ替える前の魂とやらはどこへ……」

『お前様のいた世界へ転生じゃ。但し、お前様になりかわるのではない。別人に転生じゃ。ここの世界では助からない病だったからの』


 魂を入れ替えた。それも世界をまたいで……。

 よくわからんが何だか凄いな。


「ここの世界って……」

『この世界はお前様が望んだ魔法がすべての世界じゃ』


 魔法がすべての世界。何かができそうな世界。

 僕はそんな世界を……。

 待て。おかしい。契約だとすると対価が必要だろう。


「僕はあなたに対してどう対価を払うんだ?」

『あああっ! あなたとな! なんて良い響きじゃ! 先代でもそう呼んでくれなかったぞ。嬉しい! 儂への対価はずっとお前様のそばにいることだけじゃ』


 気のせいだろうか。本がブルブルと震え、喜びに打ち震えているように感じた。


『ん? 人が来る。またのちほど……』


 ★★★★★


 魔導書が沈黙した途端、部屋の扉が勢いよく開けられた。


「だ、大丈夫! ピーターっ!」


 元気のいい女の子の声が部屋の空気を震わせた。


「ピーターってばっ! 熱が下がったって聞いたから……どれだけ心配したか……ぐすん」


 泣いてる……。僕のために。

 

『……ちっ。女か』


 左腕の本……。アイリーンだったな。

 彼女が小さく舌打ちをしたのが聞こえた気がした。


「大丈夫? ピーター。私の名前も忘れちゃったの?」


 ベッドから抱き起こし、顔を覗き込んできた。

 その子は艶やかな金髪をきれいにツインテールにまとめていた。

 濡れた真紅の瞳が魅力的で吸い込まれそうだ。

 

 最初こそ心配そうに眉根を寄せていた。

 僕が彼女を見つめ返すと、途端にぱぁとひまわりが咲いたように表情が明るくなった。

 

「私のことがわかる? ほら、幼なじみのアンリエッタよっ!」


 そうか!

 突然、頭の回路が繋がったように記憶のカケラが組み合わさっていく。

 

 僕はピーター。

 目の前にいるのは幼なじみのアンリエッタだ。

 

 魔導書のいうことが正しければ、病に倒れてたはず。試しに尋ねてみよう。


「アンリエッタ……。今日は何日? 僕はどのくらい寝てたんだ?」


 がばっと強く抱きしめられる。よっぽど具合が悪かったんだな。


「……バカっ。心配させて……。寝ていたのは20日くらいよ。ずっと熱が下がらなくって……。もうお医者さんもダメだって言ってたのよ」


 アンリエッタは僕から離れ、じっと僕を見つめると困った顔をした。

 そして意を決したように深呼吸をすると、僕にこう告げた。


「あのさ、ピーター。病み上がりで悪いんだけど、三日後に追試があるの。どうする?」


 魔導書の言うことは本当かも知れない、と思っていたところを不意をつかれた。完全に斜め上からの問いかけだ。

 上目遣いでこちらの様子を伺うアンリエッタ。どうやら返事を待ってるようだ。


「追試?」


 何も知らないので素直に僕は尋ねた。


「ええ。期末試験よ。あなたが倒れたのって試験前でしょ。だからテストが終わっちゃったのよ」


 期末試験? なんだかイヤな響きだ。

 鳥肌が立ちそうだ。全身全霊が嫌がっている。


「期末? 期末試験って‥‥しなきゃならないのか?」

「当たり前でしょっ! 何言ってるのっ! ここは王立の魔術師学校よ。どんな理由があろうが、基準を満たさないと進級できないのよ」


 記憶のカケラがまた一つ繋がった。

 期末試験という四文字が、腹の底から浮かび上がってくるイヤな感触。

 やらなきゃならないという気持ちがのしかかってくる。


「そ、そうだった。期末試験……。どうしよう」


 だいぶ以前からテストに苦しめられてきたような気がする。

 それはともかく目の前に迫った期末試験だ。

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