0話 ひきこもりの僕が魔導書を拾った
もうこんな時間か。
パソコンの時計をみると午前三時前になっていた。
そろそろメシ食って寝るか……。
中学2年になってからずっとこの調子だ。
授業はおろか学校すら行っていない。いわゆる不登校。
ひたすらゲームとアニメを見るだけの毎日だ。
こうなったのは中学1年の夏休み明け。
クラスメイトの女の子に告ってたら、気持ち悪いって言われてフラれたことがきっかけだ。成績も悪いし、スポーツもできない。そして顔も悪い。どうしようもないのさ。
先生や親は過程が大事だっていうから、努力した。
でもどんなに努力してもできないモノはできない。
オンラインゲームや、気まぐれで書いたWeb小説もさっぱり。
しょせん結果がすべて。見た目がすべてだ。
無能が何やっても、何度やっても無駄だって悟った。
もう家族とさえ話す気にはなれない。
生まれてくるんじゃなかった。
そう思った僕は世の中から背を向けた。
ただ時を過ごすために
残りの人生を潰していくために
ひきこもりになった。
僕はコンビニに行く以外は外に出なくなった。
★★★★★
コンビニまでは歩いて10分ほど。
店を出た俺の右手には、缶ジュースや菓子パン、エロ漫画の入ったレジ袋が下がっている。これだけあれば、しばらく外に出なくて済む。
その角を曲がると住宅街だ。
街灯が切れかかっており、少し歩きにくい。
女性だったら避けて通るような夜道だろう。
今、何か横切ったような気がしたが、猫だろう。
街灯の下を通りすぎると、急に闇に包まれた。
さすがに足下が見えない。
「っ……!」
石につまずいたんだろう。思いっきり小指をぶつけてしまった。
頭に来て、その石を拾おうとしゃがむ。
左手の指先に触れたのは革の感触だ。
しっとりと指に吸いつき、すべすべとした肌触り。
誰か革靴でも捨てたんだろうと、ブツブツ言いながら、それを拾い上げた。
それはラノベの文庫本より一回り小さい本だった。
持ってみると厚さの割にずっしりと重い。
表紙も背表紙も緻密な革で覆われて、全体が複雑な文様に包まれている。
小口は金色に輝き、いかにも高級そうだ。
「……本? それも古本だな」
最近ではあまり見ない造りだから、しげしげと見てしまっていた。
特に全体に施された文様が美しかった。
ちょうどアラベスクを見ているかのような文様は、吸い込まれそうになるほどだ。
もっと見てみたい。
そう思った僕は、その書物を自宅へ持ち帰ることにした。
★★★★★
部屋に戻ると、レジ袋をそのままベッドに放り投げた。
本当はエロ漫画を読みたかったんだが、そんなのはどうでもいい。
拾ってきた美麗な書物の方が興味をそそられる。
机のライトをつけると、その本はもっときれいに見えた。
文様は立体的で何かの金属で施されていた。
文様のすき間を埋めるように、細かい刺繍が施されている。
中身を見ようと、本を開こうとしたが開かなかった。
よく見ると小口にバックルのような金具がついていて、鍵穴がある。
「なんだろう? 日記かな」
工具を持ってきてこじ開けるのが、何となく悪い気がした。
中身を覗くことが……じゃなくって、せっかくの美しい装丁の書物を傷つけたくなかったからだ。
とりあえずもう寝よう。明日のゲームに差し支える。
拾ってきた本を枕元におき、僕はあっという間に夢の中へ落ちていった。
不意に目が覚めたような気がした。
僕の上に誰か乗ってる……。
金縛りかな。
そっと目を開けて、お腹の方を見る。
そこには長い黒髪をベッドに広げ、全裸のお姉さんが跨がっていた。
「だ、誰だ?」
伏せていた顔をあげたお姉さんは、見たことがないほど美しかった。
全体に彫りが深い顔立ちだ。眉が濃く、キリリとした目鼻立ちをしている。
西洋風というより、中近東あたりの美女という感じだ。
肌は雪のように真っ白で絹のように滑らかそうだ。
そのうえ胸が大きい。エロ漫画でしか見たことがないほど大きい。大きい割には釣り鐘のようにしっかり形を保っているし、腰はキュッと締まっている。腰から脚にかけての曲線がきれいだ。
「……夢だろ?」
知らないうちに美人のお姉さんに乗られているとか。
そのうえ僕もいつの間にか裸になっていた。
きっと僕は欲求不満なんだ。エッチな夢を見てるだけなんだ……。
買ったエロ漫画を読まなかったのが悪かったのか。
『儂はアイリーン。魔導書アイリーンじゃ』
僕を見下ろし、真紅の唇から言葉を発した。
どうせ夢だ……。僕は適当にこの夢を楽しもうと思った。
「アイリーンさんですか……。何のご用ですか?」
「……お前様、絶望してないか?」
絶望? そうなんだろうな。
何をやってもつまらない。
ただ時間を費やしてるだけ。早く時が止まるのを待っている。
「儂もじゃ……。どうじゃ? 一緒に目標を持って歩んでみないかの?」
どうせ夢の中だ。好き勝手なことを言ってもいいだろう。
「目標……ね。とりあえず一流の魔術師になることかな」
オンラインRPGでは魔術師役をしてるから、旨くなったら嬉しい。
下手くそで、周りに迷惑かけているからな。
「あいわかった。これで契約成立じゃな」
「へ……契約成立って?」
普通契約って、長い契約書みたいのを見せるんじゃないのか。
ま、夢だから何でもありなんだろ。
「ほれ! お前様と儂はもう繋がっている。これで契約成立なのじゃ」
お姉さんが指さしたのは、お姉さんと僕が接してる場所。
密着してるせいか、肌が熱く火照ってるようだ。
「末永くよろしく頼むぞ、お前様。では魔法の国へ参ろうぞ!」
次の瞬間、僕の意識や身体が散り散りになっていくのを感じた。
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