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 さて、学校は、もうすぐ夏休みだ。

 せっかく内藤くんと仲よくなれたのに、ちょっと残念。


「へえ。ブッチ、あずかってくれるんか。ありがとな。夏休み、かーくんち、遊びに行ってもいい?」

「いいよ」

「プールも、いっしょに行こうな」

「うん」


 内藤くんと仲よくなったので、内藤くんの友だちとも話すようになった。

 かおるの学校生活は、とても、にぎやかになった。毎日、授業が終わってから、四時ごろまで、みんなと校庭で遊んだ。おそろしいオバケ屋敷のことも、だんだん、思いださなくなった。


 今日も、みんなと遊んだあと、かおるは気がついた。


「ああっ、ぼく、理科の教室に教科書、わすれたんだ。とりにいかないと」

「理科教室はオバケが出るんやぞ。かーくん。一人で行くと、ガイコツが動きだすんだ」

「ええっ……」


「ほんでな。動いとるガイコツと目があったらな。ずっと、つけまわされるらしいよ」

「そんなあ。おさむくん。ついてきてよ」

「しゃあないなあ」


 かおるは、おさむくんと理科教室へ行った。


 まだ暗くなるような時間ではない。

 が、なんとなく、理科室の空気は独特。

 動きまわるというガイコツや、ビン入りのホルマリンづけや、気持ち悪いものが、たくさん置かれている。


 かおるは机のあいだを走りぬけた。自分のすわってた席に行った。でも、机の上にも、机の下のたなにも、かおるの教科書はない。


「あれ? ない」

「ほんまに、ここに、わすれたんか?」

「うん。だって、理科室から帰ったあと、なくなったんだもん。ランドセルにも入ってないし」

「ふうん。じゃあ、なんでやろ」


 うろうろしてると、だれかが戸口から顔をのぞかせた。


「こらこら、君たち、もう遅いぞ。帰りなさい」


 五年生を担任してる理科の杉浦先生だ。五十さいくらいのベテラン教師。口調はやさしい。


「先生。教科書がなくなったんです。ここに、わすれたはずなのに」

「そうじの時間に、だれかが持っていったんかもしれへんな。職員室に届いとるやろう。教科書に名前は書いてあるんやね?」


 かおるは、うなずいた。


「一年一組の東堂かおるです」

「じゃあ、届いとったら知らせてあげるよ」

「おねがいします」


 ぺこりと頭をさげて、理科室を出た。


 杉浦先生も、かおるたちのあとを歩いてくる。


「かーくん。ほんまはガイコツが、かくしとったりして」と、おさむくんが言う。

「昼間は動かないもん。オバケは夜しか出ないよ」

「でも、オバケ屋敷には昼に出たやろ」


 うっ、そうだった。


 かおるは、あせった。

 オバケのガイコツに教科書をかくされてたら、イヤだ。


 杉浦先生が、うしろから声をかけてきた。


「オバケ屋敷って、なんなん?」


 おさむくんは正直に答える。


「学校のとちゅうにある空き家なんや」

「ふうん。オバケが出るって生徒たちが、さわいでるのは、そこのことなんか」

「ほんまに出るんや。おれたち、見たもんな。かーくん」

「う、うん……」


 空き家に勝手に入ったことがバレたら、しかられるのに。なんで、おさむくんは、そんなこと言っちゃうんだろう。


 さらに、おさむくんは、この前、オバケ屋敷で見たことを、じまんげに話しだす。


 かおるは夜中にオバケ屋敷に行ったことまでバレるんじゃないかと気が気じゃない。


 でも、やっと、げた箱についた。


「じゃあ、東堂くん。教科書あったら連絡するから、電話番号、教えといてや」


 言われるがままに、かおるが答えようとしたときだ。


「あっ、かーくん。まだ学校にいたのか」


 ふりかえると、たけるが立っていた。


「にいちゃん」

「いっしょに帰ろう」

「うん。でも、教科書が……」

「そうそう。かーくん、理科室に教科書、わすれてたろ? にいちゃんが見つけたから、よかったけど」

「にいちゃんが、とっといてくれたの?」

「うん。かーくんはウッカリ屋だなあ。杉浦先生、さようなら」


 そう言って、たけるは、かおるの手をひいて歩きだした。


「先生に何か言われた?」

「教科書、見つけたら電話してくれるって」

「ふうん」


 たけるは考えごとしてる。

 いつも、考えるとき、にぎりこぶしを口のとこに持ってくクセがある。今も、そうしてるから、すぐわかる。


「ほかに、なんか話した?」

「オバケ屋敷のこと」

「そうなんだ」


 校門まで、てこてこ歩いていく。


 そこで、たけるは、うしろから、ついてくる、おさむくんに気づいた。


「あ、おさむくんもいたんだ」


 いたよ。さっきから、ずっと——と、かおるは思ったけど、だまっとく。


「こんにちは。かーくんのおにいさん」

「今日もブッチと遊んでく?」

「うん!」

「じゃあ、二人で帰っていいよ」


 たけるは手を離して、かおるたちのうしろにさがった。


「にいちゃんは?」

「図書館で本かりてから帰るよ」


 そう言って、校舎のほうに、あともどりしていく。


 かおるは兄と、おさむくんの三人で遊ぶつもりだったので、ちょっと、さみしい。


「にいちゃん、なんで、杉浦先生のこと気にしてたんだろ」

「さあ? そういえば、先生のおくさん、病気で実家に帰ってるんやって。こないだから」

「そうなの?」

「なんか、ママが話してた」

「ふうん。先生のおくさん、病気なんだ」


「それより、夏休みになったら、きもだめし、せえへん?」

「きもだめし?」

「うん。とおるや、たくやたちも、オバケ屋敷、行ってみたいって」

「ええッ! また行くの?」

「おもろそうやろ?」


 この前は、かおるを置いて一人で走っていったくせに。


「じゃあ、決まり。あさっての昼ごはんのあと、集合や」


 おさむくんは一方的に決めてしまった。


 こまったことになった。でも、せっかくできた友だちだ。なくしたくない。

 かおるは、いやいや、肝試しに行くことにした。

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