3



「ここだよ。このおうち」

「わあ、オバケ屋敷だ」


 くらやみのなかで見るオバケ屋敷は、ほんとにすごい迫力……。


 かおるは今すぐ逃げだしたくなった。自分から言いだしたことなんだけど。


 一人なら絶対、逃げていた。

 でも、板塀のあなから、たけるが入っていく。しかたなく、かおるも、ついていった。


 荒れた庭。

 まっくらなオバケ屋敷が、巨大な怪物みたいに見える。


「まってよ。にいちゃん」


 怖々、草のおいしげる庭を歩いていく。


 と、そのときだ。

 ケモノの手みたいなものが、ゆっくり、かおるの足をなでた。


「ぎゃあああッ」


 立ちすくむと、さらに、二度、三度——


「に、にいちゃん……」

「なにやってるんだ。かーくん」

「な……なんか、いる」

「なにが?」

「だ、だから、なんかいるんだよぉ……」


 おそるおそる足もとを見る。

 すると、カッと光をはなつ両目があった。


 かおるは泣きだした。

 でも、そのとき、おそろしい光る目のバケモノが、にゃーん、と鳴いた。


(ん? にゃーん?)


 よーく見ると、くらやみのなかに、うっすらブチもよう……。


「あ、ブッチだ」

「にゃーん」


 バケモノじゃなかった。ただのネコだ。それも、さがしてたネコ。


 あははと、たけるが笑いだす。


「かーくんは、こわがりだなあ」

「だって……」


「こいつがブッチか。見つかったし、つれて帰ろ」

「うん。でも、なんで外にいるんだろ。どうやって、家のなかから出てきたのかな」


「まど、あけっぱなしだったんじゃないか?」

「ちがうよ。まどは、しめたもん」

「ふうん。じゃあ、たしかめてみよう」


 べつに、たしかめなくてもいいのに、たけるは歩いていく。しかたなく、かおるもブッチをだっこして追う。


 建物の裏手にまわると、まどは、ちゃんとしまってた。


「ほらね」

「ほんとだ。じゃあ、どっかにスキマがあるのかな。古い家だし」

「もういいよ。帰ろうよぉ」


 兄の服をつかんで、ひっぱったときだ。


「……あれ、なんの音?」


 何か、聞こえてきた。


「あれ?」と、たけるが聞いてくる。

「なんか……へんな音、きこえる」


「え? どんな?」

「ほら……」


「べつに、聞こえないけど」

「聞こえるよぉ」


「どんな音?」


 かおるは答えに困った。


 ほんとは、それは音じゃない。

 でも、はっきり言うと、その本体が出てきそうで、言葉にする勇気がなかったのだ。


 それは、女の人の泣き声に聞こえた。


「ほら、また……」

「ああ、あれか。泣き声みたいだな」


 なんで、兄は、こういうことを、はっきり言っちゃうんだろう。


「もう帰ろうよぉ」

「そうだな。でも、ここ、空き家のはずだろ? 人の声がするのは、おかしいよ」


 おかしいから帰ろうと言ってるのに!


「ちょっと、なかを見てみよう」

「ぼく、やだよ」

「じゃあ、かーくん。ここで待ってればいいよ」

「一人になるのも、やだ」


 だだをこねてると、今度は別の音がした。路地のほうから近づいてくる足音だ。オバケ屋敷の前で止まり、カギをガチャガチャやっている。昼間といっしょだ。


 そのあと、また、家のなかを歩きまわりだした。


 まどから、のぞいてると、ふらっと青白い光がよぎっていった。人魂だ……。


「に、にいちゃん……」

「うん」


 オバケに、その声が聞こえたようだ。


「だ、れ、だァー」


 なんとも言えず、おそろしい声がした。人魂が近づいてくる。


 たけるが、かおるの手をひいて走りだした。


(よかった。にいちゃんは、ぼくを見すてないんだ)


 必死になって逃げた。

 ようやく、路地の出口まで来たとき、奥から追ってくる足音が聞こえた。


 たけるに手をひかれ、少し離れた家の軒下にしゃがみこむ。


 見てると、路地から男の影があらわれた。あたりを見まわしてる。


(あれ? あの影は……)


 来たときに見た、ぼうしの男のような?

 見間違いだろうか。


 しばらくして、男は、あきらめた。

 ふたたび、路地のなかへ入っていった。




 *


「じいちゃん、おねがい。ブッチをうちで、あずかってもいいでしょ? ちゃんと、ぼくがお世話するから」


 家に帰ると、祖父はテレビニュースを見ながら晩酌していた。


 わけを話すと、あっさり、ゆるしてくれた。てっきり、しかられると思ったのに。


「いいとも。ネコは、じいちゃんも好きだからな。だけど、夜遅くに勝手に外に出ちゃいかん。これからは、ちゃんと、じいちゃんに言いなさい。ついていってやるから」


 なんて話のわかる大人だ。

 お父さん、お母さんなら、きつく、しかられるはずなのに。


「じいちゃん、怒ってないの?」

「心配はしとるよ。でも、かおるが優しい子だとわかって、うれしい」


「じいちゃん!」

「かおる!」


 というわけで、ブッチは、かおるのうちの、いそうろうになった。


 たいして怒られずにすんで、ほっとした。

 けど、かえって、だまって出ていったことが悪いことだったように思う。

 みんなに心配かけてしまったことが、よくわかったから。


「ほら、かーくん。この子、やっぱり、ゆうかいだってよ。あぶないんだから、一人で外、出るなよ」と、テレビをさして、たけるも言う。


 あの女の子だ。河野アヤネちゃんって子。


 両親のもとに身代金を要求する電話がかかってきたらしい。


 きっと、この子のお父さんとお母さんも、すごく心配してるんだろうなと、かおるは思った。

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