2



 うちに帰ると、四年生の兄、たけるがさきに帰っていた。ただいまと、かおるが玄関に入るやいなや、たけるがかけてくる。


「かーくん。おそいぞ。こんな時間まで、何してたんだ」

「ええと……友だちと遊んでた」


「ダメじゃないか。そんなときは、ちゃんと一回、うちに帰ってくるんだ。どこで遊ぶか、言うんだぞ」

「う、うん……」


 たけるは学校のテストは、いつも九十点以上。百点もしょっちゅう。野球やサッカーだって、ほかの誰より上手。やさしいし、大好きだ。


 でも、しんぱいしょうってやつだと、かおるは思ってる。


 とくに両親が事故で死んでからは、やたらと口うるさい。


「いいか? もう、こんな時間まで一人で、うろついてちゃダメだぞ?」

「うん。わかった」


 すなおに、うなずいて、かおるは、うちに上がった。

 祖父の家も昔風の町家だが、なぜか、こっちは怖くない。


 キッチンから顔をだして、祖父が言った。


「あ、帰ったな。かおる。サンマ焼けるから、もう少し待つんだぞ」


 祖父は八十をとっくに越えている。でも、これでも老人かってほど、いつも元気。祖母は死んでるので、三人暮らしだ。


「じゃあ、かーくん。兄ちゃんが宿題、見てやるよ」


 しめしめ。サンマなら、ブッチのごはんになるぞ——そう考えていた、かおるは、あわててうなずいた。


「う、うん」


 兄はなんとなく、かおるの顔をうかがうように、じっと見てる。たけるはカンがいいから気をつけないと。


「ぼく、手あらってくる」


 急いで、その場を逃げだした。


 さて、手をあらってから居間に入ると、テレビがついてた。夕方のニュースだ。アナウンサーが行方不明の女の子のことを話していた。


「河野アヤネちゃんの行方は、三日たった今も、わかっていません。アヤネちゃんは下校途中、友だちと別れたあと、消息をたちました。警察では事件と事故の両方の可能性で捜索しています」


 アヤネちゃんは七さいだ。かおると同い年。しかも、住所は京都市内だ。学校は違うけど、ひとごとに思えない。


「なんで、おうちに帰らないのかな」

「ゆうかいかもしれない。かーくんも気をつけるんだぞ」

「うん……」


 そんなことを話したせいだろうか。

 その日はなかなか寝られなかった。

 二階の寝室で、かおるは何度も寝返りをうった。


(そうだ! ブッチは、どうなっちゃったのかな。あのオバケにつかまってないといいけど。ゴハンもあげなきゃ)


 まっくらな部屋のなか。

 かおるは、となりのフトンで寝てる、たけるを見た。兄はもう寝てしまったみたいだ。


(どうしよう。夜はオバケの時間だよね……)


 でも、ブッチのことが気になって、寝られない。

 かおるはゴソゴソ起きだした。

 兄のようすを見ながら、昼の服に着替える。そうっと足音をしのばせて、階段をおりていった。


 かおるは夕食のサンマの食べ残しをビニールぶくろに入れた。

 それを手に、夜の町へ出ていく。

 こんな時間に一人で外へ出てくなんて、初めてだ。すごく悪いことしてる感じ。

 それも、行きさきが、オバケ屋敷だなんて……。


 外に出ると、九時すぎは、まだ、にぎやかだった。人もたくさんいる。街灯が明るい。

 だから、オバケ屋敷に行く前は、ぜんぜん、こわくなかった。

 でも、あの細い路地のところまで来ると、とたんに、こわくなる。暗い。路地のなかには、街灯ひとつない。


(やっぱり、帰ろうかな……)


 ずっと、そこでまよっていた。たぶん、五分くらい。


 すると、路地の奥から人が歩いてきた。


 あわてて、かおるは、近くの軒下に、しゃがみこんだ。

 男の人が一人、歩いてきた。ぼうしを深く、かぶってる。顔が見えない。第一、明かりがないし。

 大きなフクロを手にして、落ちつかないようすだ。まわりを見ながら、早足で去っていった。


 このへんの家の人だったんだろうか?


 とにかく、まだ人が歩いてる。これなら、きっと、オバケも出ない。

 じゃあ、昼間、出たのは、なんだったんだろうってもんだが、そこは考えないことにした。


 かおるが思いきって、路地のなかに、ふみだそうとしたときだ。

 うしろから、ぽんと肩をたたかれた。

 ぎゃあっと悲鳴をあげなかったのは、ビックリしすぎて声も出なかったから。


(出た! やっぱり、出た、オバケ!)


 ところが、耳もとで聞きなれた声がする。


「かーくん。こんなとこで、なにしてるんだ」

「に……にいちゃん?」


 なんと、うしろに立ってるのは、たけるではないか。


「夜中に一人で、ほっつきあるいて。じいちゃんに、しかってもらうからな」

「うう……」


 いつのまに、つけられてたんだろう?

 さては、タヌキ寝入りだったか。


「まってよ。にいちゃん。じいちゃんには言わないで」

「だーめ。にいちゃんは、かーくんが、こんな時間に一人で出てくような不良だとは思わなかったよ。なんだよ。サンマなんか持って。のらネコにでも、やる気か?」

「なんでわかったのッ?」


「え? マジ?」

「マジって、知ってたんじゃないの?」

「……うん。知ってた」


 さすが、たけるにいちゃんだ。いったい、いつ、ばれたんだろう……と、かおるは感心する。

 が、たぶん、兄は、たったいま気づいたんだとは考えない。


「どこにいるんだ。そのネコ」

「じいちゃんに言わない?」

「わかったよ。でも、次からは、にいちゃんも、いっしょに行くからな」


 かおるは兄に、おどされて、すっかり、はくじょうした。


「ふうん。オバケ屋敷ね」

「ほんとに出たんだよぉ……」


「かーくん、こわがりなのに、よく一人でオバケ屋敷に行こうと思ったなあ」

「だって、ブッチが……」


「じゃあ、そのネコ、うちにつれて帰ろう」

「ブッチは内藤くんのネコだよ」

「とりあえず、内藤くんが飼えるようになるまで、あずかっとくんだ」

「うん。それならいい」


 やっぱり、兄は、たのもしい。

 かおるは兄と手をつないで、路地のおくへ入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る