東堂兄弟の探偵録〜少年期編1 オバケ屋敷のメソッド〜
涼森巳王(東堂薫)
一章
1
ぼくのなまえは、とうどうかおるです。まだ、かんじでは、かけません。
ぼくは小学一年です。
にいちゃんは、たける。小学四年です。
このまえ、お父さんと、お母さんが、じこで死にました。
それで、ぼくと、にいちゃんは、きょうとのじいちゃんちに引きとられました。がっこうも、てんこうしました。
あたらしいがっこうには、ともだちがいません。てんこうして三日しかたってないからです。
ええと、でも、今日になって、おはなしできた子がいます。
同じクラスの、ないとうおさむくんです。おさめるゆめってかいて、おさむだそうです。よくわかりません。
おさむくんは、こまってます。
なぜかというと、子ネコをひろったからです。お母さんにナイショで。
学校がおわって、かえるとちゅう、ようすのおかしい、おさむくんをみました。まわりをキョロキョロして、すごく、へんです。
それで、ぼくは、はなしかけてみました……。
「なにしてるの? 内藤くん」
「わッ! なんや。転校生か。なんでもないよ」
「ふうん。なんか悪いことしてるみたいだったよ?」
「悪いことなんか、してへんよ」
「内藤くん。おうち、こっちなの?」
「ええと……うん。まあ。ついてくんなよ」
「ぼくのうち、こっちだもん」
内藤くんは走りだした。
かおるも、なんとなく走っていった。せっかくだから、友達になりたい。
でも、内藤くんは足が速い。すぐに引き離されてしまう。
「待ってよ。内藤くん」
細い路地あたりで見失ってしまった。
もしかして、この路地の奥に入っていったんだろうか?
京都の町なかには、こういう細い路地が多い。知らない道に入ると、まよってしまう。
かおるはためらった。が、入ってみることにした。
早く友達がほしい。
それに、さっきの内藤くんのようすは変だった。ぜったいに秘密があるはずだ。
車の通る道から一本、ほそい道に入ると、もう景色が変わっていた。
京都も近ごろはマンションが建ちならんでいる。むかしからの町家風景は、あまり残ってない。残ってるのは、観光地ばかり。
でも、こんな路地に入ると、今でも古い町家がけっこうある。時代劇のなかに入りこんだみたい。
とはいえ、それらはふつうの家だ。鉢植えが飾られ、自転車なんかも置いてある。ちょっと建物が古いってだけ。
とことこ歩いてると、奥は、ふくろ小路になっていた。
つきあたりに、一軒、家がある。
その家を見たとたん、かおるは、ふるえあがった。
まちがいない。オバケ屋敷だ!
とにかく古い。暗くて、庭木も伸びほうだい。高い板塀の木目は人の顔みたい。
かおるは立ちすくんだ。
(どうしよう……これ以上、すすめない)
ぼんやり立ってると、板塀の下から、ぬうっと何かがあらわれた。
やっぱり、出た! オバケだ。
かおるは逃げだそうとした。でも、足が動いてくれない。
すると、立ってる、かおるを見て、オバケのほうが悲鳴をあげた。
「わあっ! なんで、おるんや」
ん? おかしいな。なんで、オバケが、ぼくを見てビックリするんだろ?
そう思って、よく見ると、オバケじゃなかった。内藤くんだ。
「あっ、ここにいたんだ。こんなとこで、何してるの?」
かおるは、はっとした。
「も、もしかして、ここが内藤くんちなの?」
もしそうなら、かわいそうだなあと考えた。が、ちがっていた。
「なに言うてんや。ここはオバケ屋敷や。こんなとこ、おれんちなわけあるかいな」
まあ、そうだ。
「やっぱり、オバケ屋敷なんだ。ここ」
内藤くんは笑った。
「ほんまは、ちゃうよ。長いこと空き家になっとるし、見ためがコワイから、みんな、そう言うとるだけ」
「なんだ。そうか。でも、じゃあ、なんで、ここから、出てきたの?」
内藤くんは返事にこまった。そして、はくじょうした。
「だれにも、言うなや?」と言って、手招きする。
見ると、さっき内藤くんが出てきたのは、子どもならくぐれそうな塀の穴だ。
「なか、入るの?」
「やなら、ええよ」
「行くよ」
かおるは、ちょっと、こわかった。が、なかに何があるのか気になる。
それで、内藤くんのあとに、ついていった。
塀のなかは、草ぼうぼうの荒れた庭。
家のカベにはツタが、はってる。
なんだか、いかにも出そう。
「オバケ屋敷の探検するの?」
「ちゃうよ。こっち、こっち」
内藤くんが、つれてったのは、オバケ屋敷の裏手だ。小さな和室が、まどから見えてる。そのまどのガラスは、われていた。子どもの手ならくぐりそうだ。
内藤くんは穴から手を入れて、まどのカギをはずす。そして、まどをあけた。かってに家のなかに入ってく。
(これって、悪いことじゃないのかな? 空き家だから、いいのかな?)
ドキドキしながら、かおるはついていった。
内藤くんは部屋のすみっこの押し入れに歩いていった。十センチくらい、フスマがあいてる。
内藤くんがフスマ戸をあける。なかには、いろんなガラクタ。古びたフトン。ダンボールばこが一つある。
「ほら」
内藤くんは、ダンボールばこを、かおるの前につきだした。
「あっ、ネコだ」
白と黒のぶちの子ネコだ。青い目をして、すごく、かわいい。
「すてられてたんや。うち、マンションやし、ペット、かえへんねんな」
「それで、ここに、かくしてるんだ」
「うん。ブッチって言うんだ。ママにナイショで、ごはんの残り、持ってきとる」
「じゃあ、ぼくも手伝う」
「ほんま?」
「うん。ごはんのおかず、持ってくる。お魚とか」
「おおきに。おまえ、名前は?」
「東堂かおるだよ。うちでは、かーくんって、よばれてる」
「じゃあ、かーくん。今日から友だちやで」
こうして、望みどおり、友だち一号ができた。そのあと、ネコと遊んだ。さあ、おそくなる前に帰ろうとしたときだ。外から玄関のカギをガチャガチャまわす音がした。
「だれか来た」
「たいへんや。ここ、空き家と、ちゃうんか」
かおると内藤くんは、いそいで窓から外に出た。あんまり、あわてたので、ブッチを押し入れに入れてなかった。
玄関の戸があいて、だれかが中に入ってきた。歩きまわる音がする。
かおるたちは窓の下にしゃがみこんで息をひそめた。
誰だかわからないけど、しばらく、その人は家のなかをウロウロしていた。
「どろぼうかな?」
「どろぼうがカギ持っとるかな?」
「……もしかして、オバケじゃないよね?」
「オバケやったりして」
そう言って、うつむいた内藤くんは、とつぜん走りだした。
「あっ、まってよ」
あわてて、かおるも追っていく。
塀の穴をはいだして、路地をぬけだすまで、ずっと走りつづける。
車道まで来たときには、すっかり息が切れていた。
「ほんまのオバケ屋敷やったんや」
「ど、どうする? ブッチは?」
「どないしょう」
もちろん心配なのだが、だからって、今すぐ戻っていく勇気は、かおるにも内藤くんにもない。
「……明日、また来てみよう」
「うん。また、あしたね」
気にはなったけど、そのまま別れた。
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