僕らの終わり
ゼミアン
僕らの終わり
「生きる、ってどういうことだと思う」
彼女が言った。
「なに、急に」
「だから、生きるってどういうことだと思う?」
彼女は繰り返して聞いた。
「え、それは何か深遠な回答を求めて聞いてるの、それとも……」
「いやもっと単純にさ、こう聞かれてパッとどう思うかって話」
「どうって……『なに、急に』かな」
「つまんねーやつ」と言って彼女はほっぺを膨らませた。
僕はそれをほっといて作業に戻った。要る物と要らない物を袋に分けて入れていく。
「捨てんの、それ」覗き込んで聞いてくる。
「うん」
「思い出の品じゃなかったの」
「うん」
「なんでさあ、こういう決断をしたの」
僕は少し考えて答える。
「その……考え自体はずっと前からあった。実行するのは君が賛成してくれたから。僕はチャンスを窺ってたのかもしれない。君に言いだすタイミングを」
彼女は立て続けに質問してくる。
「どうして言う気に?」
「その時の雰囲気……かな。なんか、いまなら言えるかもって思った。冗談として流されたって構わないけど、本気にしてくれたら嬉しいと思ってた」
「もし断ったりしたら……」
「その時は多分、一人で消えたと思う」
彼女は俯いて小さく笑う。
「寂しいね、それじゃあ」
「うん……寂しい」僕も自嘲気味に笑った。
彼女はテーブルから僕の椅子を持ってきて背を前にして座った。
「自分の椅子使いなよ」
「いいじゃん、別に」
「僕は自分の所有物にこだわりがあるんだよ」
「へえ、その割には今自分のもの捨ててるじゃん。……私のことも」
「君のことは別に捨てたわけじゃないだろ」
「似たようなもんでしょ」
「嫌なら今からでもやめる?」
「私に二言はないよ」
「かっこいいねえ」僕は茶化した。
彼女は立ち上がって、「私はもう荷物の整理済んだから要らない物捨ててくるね」
「うん」
彼女が行った。
ばたん、とドアの閉まる音がして静かになった。彼女がいないと途端に静かだ。僕は独り言を言うタイプじゃないけど、今は一瞬の静寂が怖くなって呟いた。
「生きる、ってどういうことだと思う……」
どういうことなんだろう。死んでないってことかな。じゃあ脳死の人は?脳みそは死んでるけど体は生きてる。逆に全身が機械で脳みそだけ生きてるサイボーグは?個人的にはこっちの方が生きているという状態に近いように感じる。じゃあ肉体よりも精神が生きてる事が重要なのか。
ばたん。
「ただいま」
「おかえり」
沈黙。
「……あのさ」彼女が重々しく口を開く。
「うん」
「最後に一回、エッチしようよ」
僕は少し困った。
「……いや、そういうのは未練が残っちゃう気がするしいいよ」
「それを言ってる時点でしない方が未練が残っちゃう気がするけど?」
言い返せなかった。
「そうかもね」
僕らは寝室に向かう。いまさら儀式的にベッドを使う必要なんかないと思うけど、普段と違うという事はなんだか嫌だ。
「いいよ、どうせ最後だから。生で」
「そっか」
二人とも服を脱いでその祭壇に飛び込む。
祭司が巫女を祝福する。祈りの声に熱気が篭る。二人は身を捧げ、終わりが近付く。
彼女がイった。
僕らは身を寄せて寝転ぶ。
「よかったよ。今までで一番」彼女が顔を上気させて言う。
「そっか。それはなにより」
「……こういうことかもね、生きるって」
「リビドーってやつ?」
「命を作る行為だよ」
「死ぬことの一番反対か」
「ま、単純にきもちいしね」
儀式を終えた僕らは服を着て仕分け作業に戻った。長い生活の思い出の品、ボロいアイテム、ただのゴミ。ひとつひとつ手に取り、逡巡して決断する。要らないと思ったものはまとめて袋に突っ込んで口を縛る。
「よし、できた」
「時間かかりすぎなんだけど。そんなにお別れまでの時間を引き延ばしたいわけ?」
「僕は所有物にこだわりが……」
彼女は僕を遮り、手をひらひらさせて言う。
「はいはい、早く捨ててきなって」
僕は部屋を出てゴミ捨て場に向かう。このゴミにしたってわざわざゴミ捨て場に捨てる必要なんかないけれど、なるべく最後まで普段の生活と同じようにしたかった。ゴミ捨て場の所定の場所に所定のゴミを置いて帰る。
「ただいま」
「おかえり」
「準備できた」
「よし」
僕らはあらかじめ予定していた方の儀式を始める。
「ほら、君のネックレスだよ」僕は彼女にその輪を授ける。
「じゃあほら、首輪」
「最後にしちゃあずいぶん酷い扱いだなあ」
「ネックレスとか言ってふざける人がいるからね」
「悪かったよ」
「……ちゃんと謝って」
「……ごめん」
「よし、許そう」そう言って彼女は笑う。
「じゃあ、そろそろ」
僕は彼女を促す。
「うん」彼女は頷いて、「アスタラビスタ、ベイビー」
がたん。
彼女がいった。
「別れ際に言い残す言葉がそれかよ」
僕はそう言って自分の椅子を蹴り飛ばした。
がたん。
僕らの終わり ゼミアン @Zemmian
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