3%の背徳感
ゆとり世代だバブル世代だと、年代で人をくくるのは好きではない。しかし、この職場において、同世代のいない自分が、だれとも気が合わず孤立しているのは確かだ。
べつに、職場の人と仲良しこよしになんてならなくていい。だが、考え方の違いというものは働きづらさの大きな原因だ。渡辺早苗は、今週こなさなければならない仕事をリストアップしながら、ため息をつく。
たとえば、多く残業することや、休憩時間を削って働くことが偉いなんて思わない。でも、そうしなければ仕事が終わらない原因が自分にあるならば、自分で片づけるのは当然だと思っている。
また、職場の飲み会は基本嫌いだし無駄だと思う。でも、お世話になった人の送別会ならば参加するのが礼儀だと思っている。
こういった「どこまで許すか」のラインは人によって違う。それは当たり前のことである、と理解している。しかし、いまだにモーレツ社員思考の先輩方にも、権利ばかり主張する後輩たちにも共感できない毎日は、なかなかに面倒くさいものだった。
いっそのこと孤独を貫ければいいのだが、先輩も後輩も、互いには頼みづらい仕事を早苗に振ってくるようになってしまった。「渡辺さんなら任せられるから」という彼らのセリフは、自分を信頼している故のものではなく舐めている故のものだと、早苗は感じている。
なるべく余計なことを考えないように、ただ目の前の書類やデータと向き合い、片づけていく。ふと気づくと定時が近づいていた。
早苗は、月曜日は定時に会社を出ることにしている。ただでさえ憂鬱な一週間の始まり。曜日が進むにつれて、嫌でも残業しなければならない日が出てくるのだから、月曜くらいは自分を甘やかしたい。
帰り道、マンション近くのコンビニに寄ると、好きな缶チューハイのシリーズに、新しいフレーバーが発売されているのを見つけた。
甘夏味。初夏というには少し早い気もするが、暖かくなり始めたこの頃にはぴったりだ。
迷わず手に取り、レジに進んだ。
部屋のドアを開けると、カバンを放ってスーツを脱ぎ捨てる。化粧落としシートでぐいぐいと顔を拭き、高校時代のジャージを着る。髪は無造作にまとめて、ひっつめる。
楽な格好になったところで、最近気に入りの、一口サイズの冷凍の餃子をフライパンに並べる。
これが、安いのに思いのほか美味しいのである。蓋をして焼いている間に、皿を用意。シンプルに醤油とラー油。あとはご飯があればいい。
餃子が焼けると、ご飯を茶碗に盛り、ダイニングテーブルに運ぶ。
しばらく、餃子とご飯をがつがつと貪る。
空腹が満たされてきたところで、いよいよ甘夏の缶チューハイを開ける。
味がわからないものを初めて試す瞬間は、いつだってわくわくする。
どんなに日々の生活に疲れていても、こういう小さなときめきを忘れない自分のことを、少しだけ愛しく感じる。
プルタブを起こすと、ふわっと、柑橘のさわやかな香りがする。
おー、いいねえ。初夏って感じ。
そしてひと口。
「うまーーい!」
驚いてしまった。果汁は1%と書かれているのに、後味がまさに甘夏をかじったときのそれなのだ。
甘くてすっぱくて、ほんのちょっとだけ苦くて。
このシリーズは前から好きだが、これはかなりのアタリだ、とご機嫌になる。
さて。早苗は、先程放ったカバンのなかから一組の書類を取り出し、パソコンを立ち上げる。
個人情報の心配がない書類、たとえばルーティンの会議で使うレジュメや、特定の部分のみの企画書なんかを、最近は持ち帰って進めている。
最初は、どうして家でまで、私ばっかり、と嫌々持ち帰っていた。しかし、いざそうしてみると、家で楽な格好で、すっぴんで、人目を気にせずマイペースで仕事をするぶんには、自分はストレスを感じない方だと気が付いたのである。
しかも、今日なんてお酒が入っている。わずか3%のアルコールではあるけれど、飲みながら働く背徳感が、なんだか快感である。
だれも、自分がこんな格好で、ほんのり酔っぱらってこれを用意しただなんて思わない。
会議の場で、みんなが真剣な顔をしている時間に、「わたしそれ飲みながら作ったんですよー」、なんて思い返してニヤニヤしてやるのだ。そう考えると、大嫌いな職場に行くのが少しだけ楽しみになった。
少しだけ。ほんの少しだけれど、あるとないとでは大違いだ。この缶に含まれている、果汁ぶんの1%でも。アルコールぶんの3%でも。
それで頑張れるうちは、大丈夫そうかな。
☆モデルにしたお酒は、サントリー「ほろよい」シリーズの「甘夏ソーダ」。
リアルに執筆日に飲みました(笑)。
個人的に、外れが少ないシリーズだなーと思っていますが、これはとくに好きかも!
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