其の七 探偵、依頼人に報告をする事。

 俺は広島駅から新幹線に飛び乗った。


 時期が時期だから『満席』であるというのを覚悟していたが、その日は思ったほど混んでもおらず、自由席だって空席が目立つほどだった。


 だが俺は誰かと隣同士になるのが嫌で、通路側の指定席を選び、そこに座った。

 

 しかも『のぞみ』である。


 『のぞみ』ならば広島を出てから停車する駅は限られているから、他の客がどやどやと乗ってくる心配はあまりない。


 とにかく、一人になりたかった。


 俺は今日ほどそう思ったことはない。

 

 身体の芯までくたびれ切っていた。


 俺は広島で列車に乗る前、ウィスキーのポケット瓶を購入しておいた。


 こんなので気分が癒せるとは思えなかったが、取り敢えず紛らすことくらいは出来るだろう。


 そう思って、席に着くと立て続けにあおってしまった。


 検札の車掌に途中起こされはしたものの、たったあれだけの量で、ぐっすり眠ってしまい、東京駅に着くまで、殆ど眠っていた。


 疲れていたのだろう。


 夢もみることはなかった。


 駅に着くと、そのままタクシーで新宿まで直行。


 事務所に入ると留守電も再生せずに報告書を作成した。


勿論ここでもまた酒を煽った。


 いつもは報告書の作成に悪戦苦闘するところだが、今回は何故かそんな心配もなかった。


 いや、そんなこと、考える暇もなかったと言った方が良いだろう。


 2時間かかって纏め終えると、俺はそのままソファに大の字になった。


 風呂など入っている余裕はなかった。



 翌朝、髭を剃り、取り敢えずシャワーだけを浴び、服装を整えて事務所を出た。


 え?


 報告書にはなんて書いたかって?


 見たままを予断を交えずにまとめた。


 当たり前だろう。


 それが探偵の使命だからだ。


 俺は田園調布に向かい、あの屋敷の前に立った。


 ベルを押すと、あの小早川という女性執事が、地味な服装で出てきて、俺を出迎え、俺を案内してくれた。


 しかし今度はあの壮大な客間ではなかった。


 須磨子の寝室である。


小早川女史の話によれば、彼女はあれから体調を崩し、ずっと臥せったままだという。


『奥様はお疲れになっていらっしゃいますので、出来るだけ手身近てみじかにお願い申し上あげます』


 きりっとした物言いだった。


 須磨子の寝室は南側の、日当たりのいい場所に位置しており、彼女は大きなベッドに横になって、目を瞑って眠っていたが、俺が入って来ると、薄目を開けてこちらを見、にっこりと微笑んだ。


(やつれているな)


 俺はそう思った。


 ゆっくりと身体を起こし、彼女は俺の手渡した報告書を熱心に読み始めた。


 最後まで読むと、そこでほうっとため息をつく。


『ご苦労様でした・・・・』


『不愉快な思いをさせてしまったようですわね』


 それから彼女は後ろに立っていた小早川女史に言いつけ、何かを持ってこさせた。


『これは、特別手当だと思ってください。何もおっしゃらずに黙って受け取って下さい』


 こういう場合、普段の俺なら、


『いえ、余分なお金は頂きません』くらいの痩せ我慢はいうところだが、今回は黙って受け取っておいた。


 帰り際、彼女はぽつんと呟いた。


『何かを守るって、辛いものね・・・・』


 その日、俺はまた呑んだくれた。


 不愉快ではなかったが、嫌な気分がしていたのは確かである。


 こんな時に頼るのはやはり酒しかない。


                               終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物、場所、その他全ては作者の想像の産物であります。


 




 

 







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令和怪談 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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