其の六 英治、父とその真相を語る事。

 英一老の目を俺は改めて見た。


 確かにきらきらと光って澄んではいるが、どこか常人の色を感じさせない。


 俺にもその位は理解が出来た。


『父さん、もうそれくらいにしときんさいや。疲れるだけじゃけぇ。もうしばらくしたら晩御飯じゃ。そしたらまた呼びにきますけぇの』


 英治は優しく英一氏の肩をさするようにした。


 すると彼は、


『ふん』と頷くように呟くと、またモニターの方を向き直り、こっちの存在を忘れたかのように、画面を注視し始めた。


 英治はそんな父を置き、先に立ってその狭い部屋を出た。


 階段を上がり、また元の座敷に戻ると、そこで一つため息をついた。


『もう5年になりますかいのう。あげな状態になりよったんは』


『病院に入院させなかったんですか?』


『そりゃあんた、考えましたわい。しかし・・・・何分父はここらじゃ名士の一人ですけぇの。それがあげな様子になってしもうたからゆうて、入院なんぞさせたら、何を言われるか分かりませんけぇ・・・・』


 この神社は小さくはあるが、元々結構な分限者でもあったので、生活に困るようなことはない。そこで父の言うとおりに町の主だった場所に隠しカメラを設け、それ以来英一はここに篭るようになったという。


 ここにいさえすれば、格別変わったことをするわけでもない。大人しく、ごく普通に過ごしているのだという。


『わしはこんまい頃から父に顔が似とると周りから言われておりましたんで、そこで更に似さすために』


 彼は額の黒子ほくろを指さした。


『これを付けたんですわ』


『しかし、そんなことをしてまで・・・・』


 俺が言いかけると、彼は自嘲気味に笑みを浮かべ、


『伝統・・・・もう何百年も前の先祖から伝えられてきたもんを、私の代で滅ぼすなんちゅう真似はやはり出来ませんけぇの・・・・』


 それだけ答えて、後は無言のままだった。


 俺達が母屋に戻ると、玄関で、

『ただいま』という声がして、学生服姿と、黄色い帽子を被って、ランドセルをしょった少年が二人上がってきた。


 どうしてこんなに似るのかと思えるほど、二人とも霧島家の血筋をはっきり表していた。


 何でも長男が中学二年生、次男は小学六年生だという。


『ほら、お客さんに挨拶をしんさい』


 出てきた母親が促すと、二人とも折り目正しく、俺に頭を下げた。


 泊って行かないかとも言われたが、俺は何だかこれ以上この家にいてはならない。


 そんな気持ちがして、遠慮してそのまま辞した。


 駅へ向かう途中、やはり2~3の人間にすれ違っただけで、殆ど人影らしい人影には出会わない。


 こんな薄気味の悪い思いをしたのは初めてだ。


 やっとプラットフォームに滑り込んだ電車に乗りこむ。


 列車が駅を滑り出す瞬間、線路の向こう側に立っていた看板の天辺に、やはり何かの『視線』を感じ、柄にもなく俺は身震いをしてしまった。

 







 

 






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