其の五 幽霊、自らを語ること

 今日の彼は白衣はくえに、浅黄の袴という、典型的な神職の制服を身に着けていた。


 手には竹箒と持って、俺の方を怪訝けげんな眼差しで眺めている。


『探しに来たのさ。幽霊を』


 俺は答えた。


 彼は竹箒の柄を両手で持ち替え、腰を落として足を開いた。


 俺の手はゆっくり懐に入る。


『あんたの腕がどれくらいか知らん。あんたの得物が何だかも知らん。だが、俺の方が明らかに早いぜ。だがいくら不信心者だからって、神様の前を血で汚すなんて、無粋な真似はしたくない』


本当言うと、はったりだった。こんな仕事をするのに、まさか拳銃なんか持って来ちゃいない。

 

 彼は俺の言葉ににやりと笑うと、足を元の位置に戻して、竹箒を構えるのを止めた。


『・・・・あんたの言う通りじゃ。思わず神に仕える身ぃじゃいうのん、忘れるとこでしたわい・・・』


 彼はぺこりと頭を下げ、自分は霧島英治、この神社の宮司をしているという。


『こっちへんさいや。社務所でお茶でもご馳走しますけぇ』


 そう言って先に立って歩きだした。


 彼はそのまま本殿の前に行き、例の『二拝二拍手一拝』を済ませると、そのまま裏道に当たる別の石段を下り、道路(静かな町だというのに、そこだけが何故か交通量が多い)を横切って渡ると、木立に囲まれた一軒の屋敷の中に俺を案内した。


 ここは彼の住んでいる住宅兼社務所になっているのだという。


 玄関には確かに、


『小田山八幡神社社務所』と太く書かれた看板が下がっていて、そのすぐ向かい側の柱には、

『霧島』と言う表札があった。


 彼が奥に向かって呼び掛けると、地味な花柄のブラウスにジーンズと言う、とても神職の家には似つかわしくない服装の女性が出てきた。


 歳は65歳くらいだろうか?


 丸顔で、それほど美人ではないが、愛嬌のある顔立ちである。


『私の家内です』


 俺はちょっと不思議に思った、この男性・・・・霧島英一に似た男性は、どう見ても30歳そこそこにしか見えない。


『姉さん女房って奴ですわ。』


 彼は俺の心中を見透かしたかのように答えた。


 居間に通されて茶を飲みながら話してくれたところによると、何でも彼女は世間でいうところの、


『バツイチ』というやつで、たまたま自分もこの町の出身だったという事が分かり、それが縁だったという。


『こう見えても私は高校の教員(えらく古めかしい言い方だな)でして、剣道と柔道の教師をやっとったんですが、新しく転任した先で知りうたんですわ。向こうはちいと二の足を踏んじょったんですが、まあ、惚れた弱味ちゅうやつで、

私が推しまくりまして、それでまあ、上手く結婚できたと』


 彼は、

『自分は養子で、この家とは血のつながりはない。先代宮司に男子がいなかったので婿養子に入ったのだ』と付け加えた。



 俺は茶を飲み干すと、まっすぐに相手の目を見て言った。


『世の中には自分に似た人間は三人はいるっていうが・・・、あれはどうやらウソじゃなかったようだな?』


 彼は俺の言葉を聞いても、まったく動じた様子も見せずに茶を飲み干すと、


『《地下》に行ってくる』と言って立ち上がり、

『さ、ご案内しますわい。こちらへ』と、また俺を先導するように歩き出した。


 この家は外から見たのとは随分違い、中は随分広いようだ。


 さながらミノス王の迷宮ラビリンスの様な廊下を、どのくらい進んだろう。


 建物の離れにもう一つ床の間のついた座敷・・・・どうやらそこは茶室のような場所らしい・・・・に着くと、彼は床柱の突起をぐっとてのひらで押した。


 すると、

『ガタン』と音がして、床の間の前の畳がぽっかりと穴を開けた。


『こちらです』


 彼は懐から懐中電灯を取り出すと、中を照らす。


 そこには地下に向かって、大きな階段がぽっかりと通じているのが見えた。


 

 彼の照らす懐中電灯の丸い灯りを頼りに階段を下りて行く。


 十数段は降りたろうか?


 そこには鉄で出来た扉があり、彼が袖に手を突っ込んで取り出した鍵で、潜り戸のような所を開ける。


 すると、そこにはまた鉄で出来た扉があった。


『彼』はその前に立つと、威儀を正してから、


『入ります!』と、大きく声を上げた。


 すると、扉がスライドするような形で横に開く。


 そこは、二十畳ほどの広さのスペースで、正面に大型のモニターのようなものがあり、その上には大きな日章旗と旭日旗が並べて貼り付けてあった。


 モニターの前に座っていたのは、白髪を背中の半分くらいまで伸ばし、白衣に紫色の袴を履いた老人(こんな白髪頭の若者はいないだろう)だった。


 どうやら耳が聞こえないらしい。


『さっきのよそもんはどげぇしたかいの?』


『私・・・・いや、俺がそのですよ。霧島少尉』


 俺は相手に聞こえるように、わざと大きな声を出した。


 老人はゆっくりと座椅子ごと(どうやら回転式になっているらしい)上半身をこちらに向けた。


 しわだらけの顔である。


 しかし妙に色が白い。


 そして痩せて、頬骨がとがっている。


 目つきがさらに鋭くなっていた。


 額の真ん中にある大きな黒子ほくろがやけに印象的だ。


『お父さん、こん人は探偵さんじゃ。別に悪い人じゃありゃせんですよ』


『誰じゃろうと、この街にはわしが許さん限り、誰も足を踏み入れさせん!ほじゃけぇ、儂の銭でカメラもつけさせたろうが?!』


 正面にあったのは監視カメラのモニターだった。自動的に画面が細かく分割され、切り替わる。


(駅に降りてから感じていたのはこれだったのか・・・・)


 俺はその時気づいた。


わしはもう誰も信用せん!わしの手でこの街を、いや、この日本を守るんじゃ!』


 その顔、その眼は、明らかに狂気に満ち溢れていた。




 


 

 

  



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