其の四 探偵、町に着く事。

 駅舎を出ると、そこもひどく閑散としていた。


 売店兼食堂が一軒、花屋が一軒、洋品店が一軒あるきりで、人影は本当に見えない。


(これで人間が住んでいるんだろうか?)


 俺は少しばかり不安になったが、洋品店の隣の食堂兼売店に入ってみた。


 中には60代後半と思われる女性がたった一人で店番をしており、俺が来るまでっ客の姿はなかった。


 女性は最初俺の姿にも気づかず、ぼんやりとテレビで隣の国製メロドラマを眺めていたが、こっちが咳ばらいをニ三回すると、やっと気づいたのか、水の入ったコップを盆に載せてやってきた。


 しかし目は画面から離さない。


『コカ・コーラ』


『はぁい』


 間の抜けたような声でそういうと、カウンターの奥に引っ込み、しばらくごそごそと何かやっていたが、やがて銀色の盆に、氷の入った硝子のコップ。それから瓶ごとのコカ・コーラをそのまま乗せて戻ってくると、それを愛想なく俺の前に置いた。


『すまんがちょっと聞きたいことがあるんだがね』


 俺が声をかけると、やっと彼女はこっちを見て、面倒くさそうな表情をしながら、

『なんです?』と訊ねた。


 俺は須磨子から渡された写真を複写したやつを、人物の顔だけ上手く隠して彼女に見せてみた。


 彼女は写真を手に取り、離したり近づけたりして、ためつすがめつ眺めてから、


『ああ、これは「お宮の慰霊碑」ですわい』と答えた。


『お宮の慰霊碑?』


『ええ、ここから10分ばかり行ったとこに「小田山八幡神社」ゆうお宮がありましての。そのお宮にこの慰霊碑がありよるんですわ』


 彼女の話によれば、日露戦争から先の大戦まで、この村から出征しゅっせいして、戻ってこなかった。つまりは戦死した人の名前刻んであるという。


『大きな碑ですけぇ、すぐ分かりますわい・・・・あれ?』そういって彼女は写真の中の、俺が消し忘れていた、

の顔を見て言った。


『この人、確か霧島さんとこの・・・・』それだけ呟いて、彼女は慌てて目を逸らした。


 何か言わなくてもいいことを口にしたというような、そんな感じだった。


(これ以上突っ込んでも無駄だな)


 俺はそう感じ、コカ・コーラを一気に飲み干すと、勘定を払って店を出た。


 本当に誰もいない町だ。


 店もあり、人家もあるのだが、人の姿を殆ど見かけない。


 しかし・・・・『妙な雰囲気』だけは感じていた。

 いや『視線』と言い換えた方が良いかもしれない。


 無論はっきりと確認できた訳ではないが、確かにどこかから誰かに見られている。

『勘』などというあてにならないものに頼るつもりはない。

 それは『確信』に近いものだった。


『小田山八幡神社』までは、徒歩でもさほど時間がかかったわけではないが、何せ山道である。

10分ほどのところが20分くらいに感じられた。

 

 二十段ほどある石段を登りきると、


『小田山八幡神社』と刻まれた巨大な鳥居があり、参道がずっと奥まで続いている。


 俺はまず、どこでもそうするように手水舎で手を清め(参拝にきたわけじゃなくっても、このくらいするのが礼儀ってもんだ)、中へと進んだ。


 問題の『慰霊碑』は、手水舎のすぐ隣にあった。


 随分バカでかいものだ。


 丁度菱形を逆さにしたような形をしており、表面には巨大な文字で、


『慰霊』の二文字がある。


 裏に回ってみると、そこには日露戦役から数えて十五人の名前が刻まれてあった。


 名前を確認してみる。


 すると、


『あんた、誰な?』


 声がした。


 まだ若い男の声だ。


 俺はゆっくり後ろを振り返った。


 そこには・・・・紛れもなくあの、


『霧島英一』が立っていたのである。 



 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る