其の参 探偵、広島に赴く事。
帰り際、礼を述べた後、木村元一曹に、
『何で神主なんかになったのか』と聞いてみた。どうでもいいことだが、気になったことは一応確かめておきたかったんでね。
『俺はもう自衛隊で物理的に人を守ることはやり尽くした。今度は精神的な面で国を守りたいと思ったからだ』
元一曹はきりっとした顔でそう答えたが、その後で、
『ほんとはな、嫁さんなんだよ』と、照れたような表情を見せた。
彼は自衛隊を退職する直前に結婚をしたのだが、結婚相手の実家が小さな神社の宮司をしており、後継ぎがいない。
そこで結婚する彼に『神主の資格をとってくれ』と頼まれたのだ。
資格を取ること自体はさほど難しくはない。
彼は大学を出ているから、神社本庁とやらが開いている講習会に、約1~2か月出席すればそれで大丈夫だ。
しかしやはり真面目な彼は、
資格を取っただけで、何も知らないまま、ふんぞり返りたくはない。
どこかで修業しなければ、本当の神職にはなれない。
そう考えてある
『男はな。守りたいもののためなら、何だって出来るんだよ』
最後に妙に真面目くさった顔で彼は言った。
俺は苦笑して九段を後にした。
さて、次は何処に行こうと考え、俺の頭に浮かんだのは、
市ヶ谷だ。
要するに『防衛省』である。
え?
(自衛隊と旧軍はあまり関係ないだろう)って?
モノを知らんな。
自衛隊には『戦史資料室』ってのがあってさ。
ここには旧帝国陸海軍からのあらゆる資料が殆ど揃っている。
俺だって調べ物をする時には、必ずここへ立ち寄るんだ。
霧島少尉の行方ぐらいは探れるだろう。
前金で80万も貰ってるんだ。
その分働かなきゃ、やらずぶったくりになっちまう。
勿論ここも普通なら敷居が高いこと
世の中、上手く出来てるもんだな。
翌日、俺は新幹線『のぞみ』の中にいた。
霧島少尉の行方が分かったのだ。
彼は確かに戦死しちゃいなかった。
消息は広島にあり、だ。
霧島英一は、ご存知の通り生まれも育ちも東京なのだが、終戦後間もなく父親の生まれ故郷であった広島に居を移していた。
彼の父親の実家は広島の市内からだいぶ離れた海沿いの小さな町だったので、
『広島』といえば誰もが思い浮かべるところの、『悲惨』な目には遭わずに済んだようだ。
俺は雑踏を避けつつ、新幹線の改札を出て、そのまま在来線口へと急いだ。
これまでも俺は何度か仕事で広島には来たことがあった。
その
そのまま在来線に乗り換えて、霧島英一の手がかりを探るためにS町へと向かう電車に乗った。
車窓を流れていく景色を見ながら、
(悲惨な光景の
果たしてここに70数年前に人類初の原子爆弾が落とされたなどと、本気で信じることが出来るだろうか?)
俺はそんな仕事とは関係のない、妙な連想を巡らしていた。
広島から在来線に乗って、約1時間でS町に着いた。
瀬戸内の街にはどこでもありがちな、漁村と農村が入り混じったところである。
しかし人口は少ないようだ。
俺がその駅に降りた時には、他には誰も降りず、駅も(当然ながら)無人だった。
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