お前はともかく、ダンテは詩人だ。

スケールが違う方のダンテはウェルギリウスに従って辺獄を超え、地獄へと降りていった。そこには記号としては持っていたけれども、実際に外部にはさまざまな存在があったので驚いてしまった。

 外部の存在はベアトリーチェだけではなかった。

 外部の存在全体をベアトリーチェとしようとしていたダンテは深く反省し、これから観察の目を緩めないことを誓った。

 あの悪魔は見たことがあり、あの悪人は名前を持っている。しかし、あの炎には見覚えがない。

「僕たちは詩人なのだろうか」

「お前はともかく、ダンテは詩人だ。私はともかく、ウェルギリウスは詩人だ」

「そういった切り分けをしてどうなるんだ」

「語りやすくなるだろう。きっと。お前はそうしてここまで来たのだから。名前があれば、まるで人格のようになる。人格があれば、まるで内面のようになる。そして、人格があれば、感情を自分のものにできる」

「なるほど僕はベアトリーチェに会いたいわけだ」

 ダンテは僕らと言わなかったことに気が付かなかった。総体としてのダンテが肌に馴染んできたのだ。

 ウェルギリウスは先導役としてはよくできていた。何しろ常にダンテの先を行ってくれる。

 たまに気絶していた。ところでベアトリーチェはどこにいるのだろうか。

 

 地獄には、恋をしたせいで永遠の刑罰を受けているものもいた。ダンテに理解できる理由と理解できない理由があり、彼は前者によって彼と彼女に同情することとなる。

「こっちに来ればいいのに」

 ダンテはそのふたりに言う。そうすれば、そんな属性など剥ぎ取って、発展が約束された世界でのんびりと生きていけるのだ。もしも飽きてしまっても、実在をやめることなく他の表象へとシフトすることができる。

 こうやって風に吹かれて永遠の苦痛を受けるよりはいくらかましなのではないか。

 彼らのうちのひとりがその申し出は嬉しいけれど、と言う。

「きみたちは無限じゃないから、仲間を増やせないだろう」

「そうだ」

 移民政策は失敗を運命付けられていた。今は無限を捨ててしまったのだった。彼らを増やしたら、内部が増えてしまう。増えてしまったら、誰かが存在を失うこととなる。

「彼らを救うために無限をもう一度やれないだろうか」

「無限を手に入れたら、地獄の門をくぐれない。お前はここにいないことになる」

「だめってことか」

「自ら無限が身につくまでは、無限を手に入れることはできない」

 息をするように無限だったこちらとしては、ウェルギリウスの言うことはよくわからなかったが、おそらくそのうちわかるのだろうと無視しておいた。もしわからなかったら、問いに対応する答えを生み出せばよいのだし――あ、そうだ、新規産出ができないんだ。

 

 地獄の底には地獄にふさわしい裏切り者たちが凍っていた。

「これを見せてどうしたいんでしょうか」

 このイメージくらいなら、僕らはもう持っていた。ダンテ(僕らではない)の神曲に描かれていた。描かれたということは僕らの中にそれらを現す記号があるということだから、見覚えのないものではないのだ。

「これだ」

 ウェルギリウスは言う。ルシフェルも裏切り者たちも見えなくなる。まぶたを閉じたからではない。

 視界を焼かれたからだ。

 真実に。

 それは降る。あまりにも明るいものを見ると、それは痛みとなる。まぶたを閉じるだけでは足りなくて、目を手で覆う。光には強弱があるようだったが、弱くてもまだ明るい。それでも溢れてくる圧倒的な閃光。それが去っても、目を開ける勇気がなかった。またあれがやってきて、すべてを焼き尽くしてしまうのではないかと不安だったのだ。

「あの光は」

「ベアトリーチェだ」

「メッセージではなく?」

「彼女そのものがメッセージで、お前の目標だ」


 ここでメガホンをベアトリーチェに渡してあげよう。ものを渡せるならばもう出会えているんじゃないか、そうだな。そうだったらいいのに、と思いながら、遠ざかり続ける壁にメガホンを投げつけるんだ。ボールを壁に投げたとき、そのボールは壁と接触するかもしれないが、ボールを投げた手は壁に触れなくてもよい。ボールを投げ返してくれたら双方向コミュニケーションが成立するけれども、壁に手はないので、投げてはくれない。

 僕はもっときみに語っていたかったが、僕らはそればかりじゃいけない。きみにわかってほしいことがあるんだ。そのためにはベアトリーチェのはなしが必要だ。

 これから先は僕ら――ダンテの知るところではない。

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