この幸せが邪悪なのか?
ダンテとしての僕らは外側を歩き、たくさんいる僕たちは内部でベアトリーチェを探したりしていた。ダンテが無限を捨てたのは幸運だった。これまでは、要素をすべてひとつずつ洗い出していくなんてことはできなかった。それをしているうちに自分たちのリストが増えてしまうからだ。終わりのない作業をランダム抽出で実行するのは困難だ。
その変わり、有限時間が発生してしまった。おびただしく増えた有限の要素を観察するのに、ものすごく多い有限の時間を使わなくてはいけない。
「調査隊は何をどうやって調査するんですか」
「調査隊を調査する調査隊は」
「調査隊を調査する調査隊は、別途任命する」
そうしていると、タグ付けされているはずなのにあまり自分自身が知覚していなかった要素が見つかるなどした。
それは輝きながら回転していた。バラの花に似ており、その花弁は透明で光を通し、地上に虹を撒き散らす。花には葉と茎があり、茎にはトゲが生えている。植物の見た目をしながら地面には属さず、宙にふわふわと浮かんでいる。風が吹いても決してその居場所を他に譲ることはない。食べてもおいしくはないし、触るとあまりにも冷たくて痛みを生じるが、見ていると多幸感がインストールされる。視界がぼんやりとして、光が自らの意識を突き刺して、刺さったところから果てのない幸福が展開されて、身体すべてを覆っていってしまうような。茎にあるトゲに触れた痛みさえもが幸福展開素子となっている。おかげで探索隊はすべてこの物体の前に倒れることとなった。これを眺めていればずっと幸せでいられるからだ。
探索隊はパージされる前にこんな言葉を残している。
「あれは至福だ。千年探しても見当たらない天の国だ。僕らの持っている天国概念をさらに純化した、本当の光だ。ベアトリーチェからのメッセージが霞んでいく。おお、われわれにはもうメッセージを受け取る力がない。その力がなくても、これはわれわれを救ってくれる。永遠の救いがもしもこの世界にないとしても、美しい光がもたらすこの喜びで十分だ」
その宣言は力強く、僕らすべてが異なるものではなかったとしたら、みながそれに従ってしまったかもしれない。
しかし調査はしなくてはならない。紐付けチェックエリアが誰なのかを確認。これは内部の物体だ。ヒストリーもきれいだけれども、あまりにも多すぎる僕らの総体は地面のチリを数えないようにそれをカウントしていなかった。
「あれはなんだ」
「割とよく光っているんじゃないか」
「ベアトリーチェを模倣した僕らの一部だ」
「模倣ではなくて、最初からそこにあったんだよ」
それは天上の薔薇〈シャイニング・トラペゾヘドローズ〉と呼ぶべきものだということがわかった。ずっと前から存在するが、無限の国でありがちなこととして埋もれており、その名前は再発見された。古いリストのさらに奥に眠る、きらめく仮晶の花。
「ベアトリーチェにしては、その、邪悪すぎるんじゃないか」
「この幸せが邪悪なのか?」
先遣隊のひとりは言う。
僕らはとりあえず、それをベアトリーチェとはしないこととした。確かにこれがあれば、僕らの発展は終わるだろう。これでもうおしまいだという気分にはなるし、実際そうだ。
だけれども。
「これは明らかに内部だ。メッセージもくれない。これは何も与えてくれない。大いなる眠りだけを与えるが、眠りは我々に進歩をさせない。追いかけ続けるエネルギーをくれない。その末路に在るものは静止である。メッセージを我々は追っているのであって、終局ではない」
天上の薔薇〈シャイニング・トラペゾヘドローズ〉を信望する一派はそのバラの前に崩れ落ち、眠り、バラが僕らの大多数から見えないようにした。それによって大多数は彼らを切り捨て(パージというよりも、そのグループにタグ付けを行いあまり触れないようにし)僕らは再び内界のフロンティアへと旅立つこととなった。
僕らの中には独自のベアトリーチェを定義して終わらせようとしたものたちもいた。天上の薔薇〈シャイニング・トラペゾヘドローズ〉はすでに存在するものだった。そうではなくて、範囲を自分で決めて、その中でもう無限に触れることもなく、あのときのあのメッセージから逆算したイメージと遊び続ける。
まあその壁や範囲を構成するのも僕らで、僕らにそういった役割を結んであげたらいいだけだから、そんなに難しい作業ではない。これまではブロックが無限にある遊び場にいたようなものだけれども、有限になったほうがむしろ遊びやすいまである。選択肢が限られているから、探索にかかる時間が減るのだ。
もっとも、操作されてしまう記号の方はたまったものではない。今までだってそうだったけれども、今の紐付き移動はもっと理不尽だ。生まれてこの方壁である気分を僕は味わったことはないが、生まれてこの方僕をやっているのと同じようなものだろう。
ある時ベアトリーチェを完全に再現したという一派が現れた。調査隊はベアトリーチェと主張するものを見た。
「僕らじゃないか」
そこにあるのは一枚の白い壁――と結びついているものだった。表面はつるつるとしていて、触れば心地良い。淡い燐光に包まれながら、底にただ立っているだけだ。話しかけてはこないが、話しかけたくなるような魅力は持っていた。
「内部に壁を作ってどうする」
「ここで完結したということにしよう。あの光がベアトリーチェだ。話しかけてはこないし、見つめてもこないけれども、あれがそれだ」
「あれはこれを滅ぼすだろう」
「あの光って、この前生まれたやつじゃなかったっけ?」
「というか、あの光って、この前までベンチじゃなかった?」
「再定義申請をしたんだ。今ではあれがベアトリーチェだ」
そして補集合が生まれた。それは『新生』と呼ばれる。名前の列を大量に作って閉じ込めて、そのうちのひとつにベアトリーチェがいるとかいないとかいう。砂浜から砂金を見つけるくらいの確率であるらしい。
それはほぼ不可能と同義だけれども、彼らはそれでもよいのだという。
「新生、きみたちはこちら側ではないのか」
「ダンテ、ダンテと呼びかけるのももうおかしいんじゃないか、だって僕らは内部だから。別に外部にはみ出していない、純粋な補集合〈サブセット〉だ。自らの属する世界に対して、世界よ、だなんて呼びかけたりすることはあまりないんだろうか」
「じゃあきみたちは、僕らをどう呼ぶ」
「呼びたくないし、これでハッピーエンドだ」
その後『新生』が僕ら――ダンテ側に話してくれることはなかった。『新生』はダンテが書いたのだと、この世界でも定められているのに。だから僕らはここでダンテ『新生』を読むことはできるけれど、その内容と補集合『新生』の内容は同じではない。要素が集合とまったく同じにはなれない。そもそもスケールが違うので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます