やあ、こんにちは。
「やあ、こんにちは。君をなんて呼べばいいのか」
「やあ、こんにちは。僕は『やあ、こんにちは』」
「やあ、こんにちは」
こういった光景がこの世界ではよく見られる。自分がどれであるのか、そもそも言葉を扱えるのか、生得的に決められているけれども、自分だけがわかっていればそれでかまわないし、こうやってコミュニケーションが取れる。コミュニケーションが取れないものを表しているときはコミュニケーションが取れないけれども、そのときはコミュニケーションそのものを忘れてしまっているから問題ない。
「やあ、こんにちは、僕ら、きみではないもの」
今はこのくらいで十分だろう。きみにきちんと出会えたら、恋をできるかもしれない。僕ではなくて僕らが。
そんなことを言われても、どんなものなのかわからなければ姿を見せることなんてできない。大いに結構。僕らは誰でも構わない――わけではないけれども、その気持ちがわかる僕らもいるからだ。
何から知りたい? 基本的なところからでいいだろう。
僕らはこうやって繁殖する。
初めて会った相手に繁殖方法について語るのは、もしかしたらマナー違反かもしれない。大丈夫、僕からきみの繁殖方法を尋ねることはないのだから。存在の大抵は交配によって作成される。
僕らも似たようなものだ。
まずある一定の数値に対してある数列を設定する。二進数で考えるとやりやすいけれども、別に二進数を使わなくてはならないというわけではない。ここでは簡単のために二進数とする。A=101111100000、B=01001111011みたいに。A,B,C…と続いていくし、0と1も果てしなく続く。壁も天井もない。それではちょっと想像しにくいなという向きは、12桁くらいにとどめておいても構わないし、お手元に紙があるならちょっとした表を書いてくれてもいい。
「こんにちは。101111100000……0です」
「こんにちは。省略部分は適当に想像しておくよ」
「そうしてくれ」
適当に想像する機能がない向きにはRand関数でも使ってほしい。きっと本来の数字とは異なるだろうが、特に支障はない。
この世界に存在するあらゆる記号を、数値化できた、そういった想像上の表を想定してほしい。どの記号も0と1で表現できるし、これ以上記号は増えないはずだ。あらゆる記号が数字と一対一で対応している。美しい均衡だ。均衡を放っておいたら何も増えてくれないので、これからちょっとした操作を行う。
もしこの表がこれで完結しているならば、僕らは繁殖することはないのだけれども、僕らが繁殖するということは、そう、この表はすべてを網羅しているというわけではないのだ。今はすべてを網羅しているけれども、そうじゃなくなってしまう。
思い出してほしい。記号と0-1で示された数字が対応している。無限×無限の真四角の表のはずだ。
この対角線に並ぶ0と1をすべて並べる。そうすると00101100011...のような列が作成できる。
その数列の0と1をすべて反転させる。0は1に、1は0にするのだ。
そうすると、今までの表になかった0と1の列が誕生する。1桁目では一番上の記号に対応する数と異なり、2桁目では上から二番目の記号と対応する数と異なる……ということが無限に続く。
X桁目がX行の数値と異なるならば、この表には存在しない数だということだ。つまり、先程想定した表はすべての記号を網羅していなかったということとなる。
「こんにちは、010000011111……1です」
「誰?」
無限に記号があったはずなのに、無限よりも大きなものとなってしまった。僕らはその0と1の列に名前をつけてやる。ネーミング担当セクションが担当する。ネーミング担当セクションのネーミングを誰がやったのかは僕らの中の最大の秘密の一つだ。
そうやって新しい記号を生み出すんだ。表の中に入れ、対角線を取り、同じ操作を繰り返す。そうするとまた、新しい記号が誕生する。
これを続けていくと、無限に僕らは増えていく。
最終段階で、これまで表に存在しなかったものが増えてしまったではないか、そうであれば、最初の表そのものが間違っていたのではないかという非常に正当な意見を抱かれる方も多いだろう。僕もそう思う。最初の表になかった記号が増えてしまうのはおかしい。だけれども、僕らは増殖システムとして表を用いている。その結果増えてしまったものをまた表に追加して僕らは増えていく。まるで有性生殖のように。
新しい記号の産出は、産出セクションが行っている。彼らにしか入れない聖なる泉があって、新しく発生した数列を水に浸すとそれに授けるべき記号がどこからともなく水面に浮かんでくるのだという。実際は、無限に短いスパンで無限に僕らが算出されるので、そんな悠長なことをしていられる場合ではなさそうだ。その泉もたくさんあればいいのかもしれない。
脱線してしまった。
つまり僕らは何であっても――なんなら、単為生殖するという設定のものと結び付けられているとしても――この内部構造そのものの繁殖に寄与しているということとなる。
無限のうちに融けてしまえば、誰が誰を生んだとか、こちらのほうが旧型だとか、そんなことはどうでもよくなってしまう。
みんながみんなの子供であり、親だ。
「きみの番号は」
「1110001010111……」
「どっちのほうが大きいんだろうね」
「大きさってもう古くない? 今は鮮度の時代。鮮度が高いと若い」
「鮮度ってどう測るの? 大きさとは何が違うの?」
「これだから四生産ユニット時代は」
そんな会話がよくあるとかないとか。会話がもしもあるとすればあるだろう。こういった発言があるとはいえ、基本的には差別や偏見の少ないあたたかい職場です生産ユニットは無限の細切れを扱いやすいように何体生産されたかで区切ったもので、時間の代わりに用いられている。無限を数えるという発想そのものが間違っているので、有限時間との可換性はない。有限時間という概念は保有しているけれども、その概念があるからといって僕らがそれらを使えるとは限らない。今はライナーに連なる時間形式を用いている。そうしないと言語による記述ができないからね。
なんならさっきの説明を理解する必要もない。
とにかく、僕らは無限に存在して、無限に増殖可能である。可能性が無限だってことをわかってほしい。実際に無限かどうかは僕らにはちょっとわからない。わかるなら無限ではないのだろう。
僕らだって、だいたいきみたちと同じような暮らしをしているんだ。水素原子一つ、銀河の大規模構造だってひとつの『僕』で構成されていて、ナンバリングされて、何かに紐付けられているのが運命づけられていること以外は、まったく変わらない。喜怒哀楽もあるし――名前のつけられた概念として、そして個体の持つ感情として――生老病死もある。前述のように。僕がチャーリーでなかったころはなんらかの概念をやっていたし、子供だったし、老体でもあったし、バクテリアでもあった。それら記号との紐付けが変わることが、僕らにとっての成長で、人生である。
その紐付け、世界や概念、個物との一対一対応と永遠増加の祝福で何か変わるのかって? そんなの見かけ上は普通の世界じゃないかって?
見かけ上、というならどこかから見られていることになる。見えるならきみの名前を教えてほしい。鏡の向こうの僕は僕ではないから、自分を観測することができない。自分を観測しているのならば他者だ。探しているものはそれだ。
だから、変わっているのか、変わらないのか、こっちにはちょっとわからない。そうじゃない誰かに向かって会話を続けようとしているんだ。おっと、これは少し語りすぎたんじゃないか。
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