ぬいぐるみを抱えた少女

渋沢慶太

第1話

今日、私の部屋にかわいいクマのぬいぐるみが置いてあった。

体が茶色くて、黒い目がくりくりで、とってもかわいかった。

お母さんがこの子のことをベアーって呼んでいた。

私もそう呼ぶことにした。

夜になったから、カーテンを閉めて、ベアーを抱えて横になる。

ベアーが横にいて、ねれなかった。

ベアーの顔を見ていると口が開いた。

「ねえねえ、はじめまして、ぼくに名前をつけてよ」

「あなたはベアー。私は夏美」

「夏美。いい名前だね。ぼくはどうやってここにきたの?」

「分からないわ。だって、母ちゃんが私にくれたの」

「そうなんだ。夏美には母ちゃんっていう生き物がいるんだ」

「ベアーにはいないの?」

「分からない。ぼくはだれかにふれないとしゃべれないんだ」

「じゃあ、もう2度とはなさないね」

「ありがとう。夏美に見せたいものがある」

「見せて見せて」

「カーテンを開けてみてよ」

私はカーテンを開けなくても分かる。

暗闇が広がっているに決まっている。

星が見えるといいけど。

私は左手でベアーを抱えながら、思いっきりカーテンを開ける。

「なにこれ」

「お菓子の街だよ」

「すごい。どうやってできたの」

「僕には力があるんだ」

「そうなんだ。他にもできるの?」

「シンデレラの舞踏会にもできるし、なんだってできる」

「すごい。映画でしか見たことなかったよ。行ってみたいな」

「行けれるよ。しかし、一回しか行けないんだ」

「じゃあ、私の行きたいところを言ってもいい?」

「いいよ。どんなところに行きたいの?」

「天国かな。父ちゃんがいつも夜仕事から帰ってきたら行きたいって言っているんだ」

「天国。そんなところに行きたいのかい」

「行きたいわよ。天国って何もしなくていいんでしょ」

「そうだよ。いつも起きて寝るだけの繰り返し、宿題もテストもないんだよ」

「ねえねえ。早く行かせてよ。早く」

「仕方ないな。そこまで言うんだったら行かせてあげるよ」

ベアーの指示の言う通りに窓を開けた。

「飛んだら、天国に行けるよ」

「分かったわ。一緒に行きましょ」

私は窓から飛び降りた。

ベアーはまだ抱えれている。

眠たくなってきた。

空は暗闇だ。

星が見える。

いずれ、星が見えなくなる。

「天国に着いたよ。これからも楽しんでね」

「ベアーも一緒じゃないの?」

「ぼくはこれからも夏美みたいな女の子に行きたいところに行かせないと行けないからさ」

「そうなんだ。がんばって」

「夏美もがんばって」

ベアーは消えていった。

でも、心の中に生きている。

今も。

これからも。

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ぬいぐるみを抱えた少女 渋沢慶太 @syu-ri-

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