1の37 俺のパートナー

「一人でドラゴンを討伐したって……流石に嘘だろ」

「マジらしいんだよこれが。そのことで勲章ももらってるらしい。竜族撃破章」

「いや……いやいや」

 ウェスリーは信じられないという面持ちで右手をひらひら振った。目の前に置いた茶の入っている器を意味なく眺める。先程酒保で買い求めた菓子も横に添えてある。

 先のオーガ殲滅作戦の後、オチ州第七師団は大掛かりな編成の変更を余儀なくされた。戦死者が多数に及んだため班員に穴が開く班が多く、急遽部隊の班数を減らすことや、支援部隊から何名か転属させることで三組六人の班を維持したのである。次年度に新兵が入ってくるまでこのままというわけにもいかないため、近々予備役の軍人らを招集することになるようだ。

 ウェスリーが今話している男は、組み直された班が一緒になった同期の兵である。階級はウェスリーより下だが、同期だからいいだろ、とか何とか、気安い口調で話してくる。名はトマーシュという。

 今、箒兵第二大隊のみならず第七師団全体でウェスリーは有名になってしまっていた。

 これまで司令部の決めたパートナーと特に拘らずに組んできたミハルが、初めてパートナー申請を出した相手、それがウェスリーだったのだ。

 誰から発信されたかは知れないが、その情報は箒兵科を中心に火が付くように広まり、それ以降ウェスリーはやたらと多く将兵から話し掛けられるようになった。夜部屋に戻るまで、常に誰かしらが一緒にいる今の状況を、気疲れしつつもウェスリーはちょうど良かったと思っている。

 一人の時間が多いと考えてしまう。スヴェンが言ったことや彼の死を。

 ウェスリーは茶を一口飲むと溜息を吐く。

「じじむさいねー。今を時めく話題の人が」

「話題なのは俺が時めいているからじゃない。ミハル大尉が動いたからなんだろ」

「それだよ、ミハル大尉だよ。こないだの作戦の時、お前近くで見れたんだろ? 羨ましいなー。俺びびって降りれなくてさー」

「おい」

 会話に割り込む形で声を掛けられる。ウェスリーが視線を上げると、茶卓の横に腕組みをしてミハルが立っている。

「あわっこれはミハル大隊長殿‼」

 トマーシュは慌てて椅子から立ち上がって敬礼する。ウェスリーは座ったままで問う。

「何か御用ですか」

「申請が通った。お前今日から俺のパートナーでミハル班だからな」

「……俺は承諾した覚えがないんですよね」

「お前の承諾なんて無意味だよ。結局上が決めることだ。申請は通った、これが全て」

「横暴だ」

「早速部屋も移動しないとな。お前今二人部屋だろ? 俺のパートナーになったことだし一人部屋割り当てられるんじゃねえ? 夜な夜なしこしこし放題だなっ」

 トマーシュが本来なら有り得ないような二人の会話に目を白黒させる傍らで、ウェスリーは口をあんぐり開け放している。

 この男、満面の笑顔で、何を。

 ウェスリーが完全に硬直して何も言えないでいると、ミハルは更にあけっぴろげに言ってのける。

「俺士官になった時何が一番嬉しかったかって一人部屋になって好き放題できることだったもんー。それまではさ、お前もまさに今そうだと思うけど夜中こっそり起きだしてさ」

「ばっばば馬鹿か! 何の話をしてるんだ!」

 顔面を真っ赤に染めてウェスリーは勢い良く立ち上がる。ミハルも何故か頬を紅潮させて、しかしにこにこしながら続ける。

「機会無くって溜まりに溜まるとヤバいよなー。いい歳してむせ」

「馬鹿野郎! 最低だ! 品性下劣だ!」

「品性下劣ってなんだよ。大事なことじゃんか」

「大事だろうが秘するものだろそれは!」

「俺は開放的なのが好きなんだ」

「あんたの性的嗜好はどうでもいいんだよ!」

 ミハルに詰め寄って大声で怒鳴るウェスリー。二人の言い合いに周囲が気付き、興味本位の人だかりができるのにそう時間はかからない。


 戦死者を多数出した場合、後日師団を挙げて合同葬儀が行われることになっている。

 師団の編成が編み直される前、ミハルがウェスリーとのパートナー申請を出してすぐ、オチ州第七師団において合同葬儀が行われた。普段訓練を行う営庭に戦死者の遺体を納めた棺が並び、師団長のみならず西部方面軍軍団長も列席して盛大かつ厳かに式が執り行われた。

 将兵らは整列して微動だにしないが、時折鼻をすする音が聞こえる。将兵が立ち並ぶ位置より前には、戦死者の遺族が多数座っていた。皆灰色の喪服に身を包み静かに俯いているが、中には声を上げて泣き出す者もいる。

 式が終わると、形式上は解散となるのだが実際は立ち去る者は多くない。遺族が、亡くした家族のパートナーだった将兵や同班だった者に話を聞きたいとその場に残り、応える形で将兵達も留まるのである。

 敷地内の至る所でひっそりとした会話がされている。すすり泣く声、慟哭、時たま控えめな微笑。

 それら全てを現実感の無いもののように感じながら、ウェスリーは茫然と立ち尽くしていた。スヴェンの遺族とは先程話した。彼等はウェスリーに話を聞くと案外落ち着いた様子で帰っていった。この日までに悲しみ尽くしたのかも知れなかったし、まだ実感が湧いていないのかも知れなかった。

 少なくともウェスリーにとってはこの葬儀はスヴェンの死を実感するものではない。

 血みどろの荒れ地で夜までスヴェンの亡骸を探し回ってようやく見つけたあの時。ウェスリーは苦しいほどに思い知ったのだ。この人は死んだ。死んだんだ、と。

 居並ぶ人々の間を縫うようにしてウェスリーに近付いてくる者がいる。ミハルであることは顔を見なくとも分かった。

 ミハルはウェスリーの横に立つと一緒になってぼんやりと前を眺める。何を話し出すわけでもないミハルに、ウェスリーの方から声を掛ける。

「貴方は良いのですか、ここに立っていて」

「俺の班は誰も死んでねえからな。重傷者は出たが、命には関わらない傷で済んだ」

 声を潜めて答えるミハル。ミハル班は精鋭。こういうところでも差が出てくるのかとウェスリーは思う。

 ミハルの方には目を向けないままウェスリーは小さい声で話し始める。

「……スヴェン曹長のご家族と話しました」

「そうか」

「もともと中央出身の貴族の家柄なんだそうです」

「へえ」

「俺は彼からそんな話は聞いたことも無くて……いつも何を話していたんだろうかと」

「家柄の話とかしねえだろ」

「そうですね……」

 こんな時でもミハルは恬然とした様子だ。

「なんとなく……なんとなく、スヴェン曹長は中央の役人と繋がりがあったんじゃないかと思いました」

「? どういうこと」

「俺にもまだよく分かっていません。頭の中が整理できなくて」

 ただ、ウェスリーには一つ思い至ったことがあった。魔法省に勤める父、中央の古い貴族の家柄、スヴェン。いずれ分かる、という言葉。ミハルのパートナーにウェスリーを推した事実。

「疑問なのはなんで俺なのかということ」

「なんで俺なのか?」

 思考がそのまま口に出てしまい完全に独り言に過ぎなかったそれを、ミハルが聞きとがめる。ウェスリーに体ごと向き直り、眉を上げて言う。

「お前以外に誰がいるの?」

 大した問題ではないといった態度で言われたその言葉に、ウェスリーはしかし困惑する。これはつまりミハルのパートナーの件について言っているんだよな。今の話の流れで何故パートナーの件だと分かったんだ。何も説明していないのに。しかも俺以外誰が、ってどういうことだ。反語か、反語なのか。反語だとしたらそれは何というか……。

「……本当に俺なんかでいいのか」

 顔を赤くして俯きながら問うウェスリーを見てミハルは、はい? と素っ頓狂な声を出した。腰に手を置いて呆れた顔をする。

「何言ってんだよ、スヴェンの家族と話をする適役がお前の他誰がいるんだよ」

 ああ、そっち。

 己の盛大な勘違いと勘違いに基づく発言が急に無性に恥ずかしくなり、ウェスリーは赤くなっていた顔を更に耳まで赤くした。真っ赤になって顔を伏せるウェスリーの何を誤解したか、ミハルは神妙な顔付きをしてウェスリーの肩をぎこちなく抱く。菫の香りが急激に間近に感じられて、内心余計に取り乱してしまう。ミハルの低い声が耳元で言う。

「……あんまり泣くなよ。腫れぼったい目が余計腫れちまう」

「違う……」

「ああほらもう隠してやっから気が済むまで泣いちまえ」

 言いながらミハルは被っていた軍帽を脱いでウェスリーの顔の前に遮るよう持ってくる。どんどん後に引けない状態に陥っているのを感じつつウェスリーは心の中で物言いを付けた。

 発言は分かりやすく主語を付けてくれ。腫れぼったい目とか余計なお世話だ。距離が近いんだよ。体温高くて熱いんだよ。何? その優しさ。パートナーになったら常にこの距離感? 無理だ。なんか無理だ。

 だが自分の恥ずかしい勘違いを知られるくらいなら泣いていると思われていた方がまだましだ、と結論付けてウェスリーはされるがままにしておくことにする。

 ただ、いつまでこうしていればいいだろうかと悩ましい。


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