1の27 岩窟型ダンジョン1

 異界由来構造物——通称ダンジョンは、魔物と同じく突如として異界から出現する構造物である。構成物質は様々で、岩石状のもの、土でできたもの、植物ようの有機体で構成されたもの、稀に人間界にあるものと酷似した城塞の形を成したものもあると言われる。

 規模も時により様々に異なり、大きくドラゴン級・リンドブルム級・ワイバーン級に分けられている。一番規模の大きいのがドラゴン級、小さいのがワイバーン級である。

「岩窟型ワイバーン級のダンジョンが出現した。箒兵第二大隊から第五中隊・第七中隊、歩兵第一大隊から第三中隊・第四中隊で任務部隊を組む」

 箒を飛ばして兵営に帰り着き、戦闘服に着替えて装備を整えたウェスリーは営庭に整列する中隊の隊列の中にいた。前方では歩兵将校が任務の説明をしている。

 頭上からはごろごろと魔獣の唸り声のような雷鳴が響いてくる。朝の青空が嘘のように今やどす黒い暗雲が空一面に垂れ込めていた。

 湿度を孕んだ空気が降りてくるのを肌で感じ、ウェスリーは雨が降るのかもしれないと視線だけ動かして空を睨む。微動だにせず直立する部隊員らの上を越えるように再び将校の声が響く。

「歩兵第一大隊アーモス大隊長が指揮を取る。核敵かくてきの撃破及びダンジョンの制圧が任務である」

 ダンジョンには「核敵」と呼ばれる魔物が、構造物と共に出現するのが常とされる。異界からこちら側の世界に転移してくる際の魔力源のような存在であり、この核敵を撃破しない限りダンジョンは「生きた」状態であって魔物と瘴気を生み出し続けるのである。

「偵察部隊の報告によると核敵はダンジョンの中階層を移動しているトルト(人食い巨人)だ。例によって核敵の周囲は魔物が多数出現している。種は雑多、数はおよそ百体、今後増えることも予想される。歩兵部隊が低階層から、箒兵部隊がダンジョン上部から進入し、挟撃する。ダンジョン内の通路は入り組んだ洞窟状になっているため、内部を飛行する際は注意しろ。無理に飛行を維持せず降下することも考えておけ。ダンジョン内の構造は中隊ごとに偵察箒兵が説明する」

 歩兵将校が話を終え、先程名前の挙げられたアーモス大隊長であろう、歩兵少佐の元へ近付いて行く。アーモス少佐の横にはミハル大尉の姿も見え、二人は何事か言葉を交わしているようだ。

 戦闘服を身に着けたミハルを訓練以外で初めて見たような気がした。

 濡れたような黒髪が湿度を持った風に煽られて、見た目よりも軽やかに揺れている。

 相変わらずどこか超然とした、遠いところを見る眼差しをしている。大規模な戦闘前でも変わらないのかあの態度は。

 ウェスリーはまたぞろ腹の中がむかむかするのを感じた。


 これで最小のワイバーン級なのか、とウェスリーは眼下の巨大な岩石構造物に瞠目した。

 ウェスリーの所属する第七中隊はダンジョンの北西上空から降下、進入する手筈である。中隊の全十二班は任務部隊長アーモス少佐の命令により出撃し、中隊長の指揮の下ダンジョン上空を飛行していた。見下ろすダンジョンは、リパロヴィナで最も大きな教会堂よりも遥かに大きいように思える。

 クヴィエトから帰営する途中で目にした時にも、その奇妙で不気味な姿に度肝を抜かれたウェスリーだが、今こうして接近しつつ眺めるといよいよ気味悪く感じる。

 岩窟型という名称通り、概ね岩石によって形作られた岩山のような外観なのだが、まるで頭のおかしな芸術家が狂気に駆られてやたら滅多に粘土を叩き付けたかの如く歪な造形である。所々に黒い粘液状のものが垂れていて、気のせいか少しずつ元の形を変えているようにも見えた。

 そして、これが話に聞いていた瘴気か、とウェスリーは了解する。飛行している足下からむわあと立ち上る、獣とも魚とも付かぬ生臭い匂いと、肌を舐めるような寒気。異界の大気が漏れ出したものだと言われているが、こんなもので満たされた世界では長くは生きられないだろうと考えてしまう。

『見えた、あそこの亀裂から進入する』

 音声拡張器を通じて中隊長の声が言う。

 声に引き上げられるようにダンジョン表面を探すと、成る程予め偵察兵から聞いていた通りの、箒で飛行したまま進入できそうな幅のある亀裂が口を開いていた。ウェスリーの横ではスヴェンがサーベルに手をやっている。

『進入してすぐの小ホールをまず制圧する。ヤルミル班から——』

 中隊長の指示は、ダンジョンに開いたいくつかの亀裂から黒い影が複数飛び出してきたことで中断された。硝子ガラスを爪で引っ掻いたような耳障りな鳴き声と空気を震わす飛翔音。

『回避行動!』

 中隊長がそう声を上げると同時に、箒兵達は箒を旋回し影の突撃を回避する。ウェスリーも間一髪のところで魔物との衝突を避け、眼前を飛び過ぎて行った影を息を止めて見遣る。魔物は翼を広げて滑空し、旋回して再びこちらへ向かってくる。

「ハルピュイア……!」

 黒い鳥の身体と、人間の女に似ていながらもただれた頭部にくちばしが付いている姿を認めて、ウェスリーは呟いた。

 スヴェンはサーベルを抜き放つ。

「ウェスリー、一旦下がれ!」

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