1の23 クヴィエト市3

 外に出ると、そこにスヴェンはいなかった。

 門扉の所で悠長に待ってはいないか、と考えて辺りを見回す。

 広場寄りに建つ政庁舎の横から伸びている鉄柵は、図書館の前までずっと続いていて、門扉を経て更に向こう側の公園の方まで備え付けられている。

 鉄柵の横を通る石畳の道を、一先ず林のある公園まで歩くことにした。

 公園には芝生と木々の合間に所々鉄製ベンチが置かれているのが見えるので、もしかするとそこに落ち着いているのではないかと考えたのである。

 刈草の月の、柔らかい陽光が瞼をじんわりと温めた。

 こうやって一人で歩いていると大学在籍時のことを思い出す。取れるだけの講義を取って毎日忙しく大学構内をうろついていたが、いつだって張り合いがあった。

 卒業からほんの一年程度しか経っていないというのに、その頃のことは随分と遠い過去のように感じる。今の自分といったらどうだろう。

 街路が公園の歩道に変わる。

 歩道の周囲にはイチイが茂っている。常緑の濃い緑の葉先には、若芽が黄緑色にふさふさしているのが見えた。

 点々と置かれた黒いベンチを遠くまで見遣っても、スヴェンの姿は無い。

 困ったな、一旦戻るか。

 ウェスリーは単独行動を誰かに見咎められやしないかという不安を覚え、図書館前に戻ろうと踵を返す。

 そうして来た道に視線を遣ると、丁度向こうからスヴェンが歩いてくる。

 スヴェンの口許から紫煙が昇っているのを見て、ウェスリーは怪訝な表情になった。彼の手元を見ると、紙巻き煙草を指に挟んでいる。

 眉をひそめながらも、自分でもスヴェンに歩み寄っていく。ウェスリーの目の前まで来るとスヴェンは煙草の吸い口を咥えて気持ち良さそうに煙を含んでみせる。

 ぷわぁと吐息と共に煙を吐きつつ言う。

「終わったかい」

「はい。……煙草、吸われるんですね」

「嫌いかい」

「好きではないと思います」

「ふふ」

 正直なのが君らしくて大変よろしい、とスヴェンは笑いを含んで言い、また一口煙を飲んだ。

「隊では吸えんからたまにこうして外に出た時に吸っている」

「? 何故吸えないのですか?」

 そういえば、スヴェンが喫煙しているところなど見たことが無かった。だから怪訝に思ったのだ。

 顔を横に向け煙を吐いてスヴェンは答える。

「ミハル大尉が嫌うのさ。煙たいからかなわんと言って殴る」

 如何にも吸いそうなのに、とウェスリーは意外に感じる。

「君と同じだね」

「私は殴ったりしません」

「だが君、さっき僕を見る目が変わったぜ。汚い大人を見る目になった」

「邪推し過ぎです」

 軽く憤慨しながら、ウェスリーは前に立つスヴェンの横をすり抜けて図書館の前の道へ戻ろうとする。しかし、煙草を持たない方の手でスヴェンがウェスリーの腕を取った。

「そっちじゃなくこちらの道から行こう」

 言われてウェスリーがスヴェンの顔を見ると、彼は視線で公園の北向きの道を示してみせた。

「そろそろ飯の時間でいいんじゃないか。ここから公園を横切れば飲食街に出る」

「分かりました」

「好物は何だい。沢山食べてもらいたいところだ、こんな細い腕じゃあ」

「好物だってそんなに食いません」

 スヴェンの言葉を先まで続けさせたくなくて、ウェスリーは遮るように言ってしまい、言った後で気まずくなる。スヴェンの言い方は決してウェスリーを馬鹿にしたものではないのだが、つい冷たく対応してしまった。

 本来ウェスリーは当たり障りのない態度で年長者に対することができる筈だった。とは言え親し気に距離を詰めて接してくる年長者なんて、ウェスリーの周りに今迄いなかったのだ。もしや自分のこれは甘えているのではと思い至って、ウェスリーは急に恥ずかしくなる。

「スヴェン曹長、いつまで腕を掴んでいるのですか」

 恥ずかし紛れに語調強く言う。

「ん? ああすまんね。あまりに細いので掴んでいることを忘れた」

 今度は馬鹿にされている。

「離して下さいっ」

「怒ったのかい。君から格下認定されていないことが分かって安堵したよ」

「うう」

 どこまでも子供扱いされている気がする。

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