クヴィエト市2

 駅前通りを西へと進み続けると、ちょっとした林になっている公園の間隙を抜ける道路を通り、暫くして広い正方形をした広場に出る。

 柔らかい色合いの種々の色をした壁面を表に、建物が取り囲む広場の中心には、彫像のあしらわれた噴水から水が噴き上げている。

 がらがらと音を立てて通り過ぎていく一頭立ての辻馬車を見送ると、車道を横切って広場に入る。

 噴水の周りできゃあきゃあと可愛らしい声を上げてはしゃいでいた幼い子供らが、スヴェンとその後ろを歩くウェスリーに気付くと、右拳を胸前に掲げる敬礼の姿勢を取って寄越した。近くにいた母親らしき女性が慌てたように声を出す。

「こらあんたたち!」

 ウェスリーはその母親の声色に軍人に対する忌避感を察してしまうが、スヴェンは子供達に向けて笑顔で返礼している。ウェスリーも彼に倣って返礼することにした。

 しかしやはり母親の表情は硬いままだった。噴水の横を行き過ぎた後、後ろから彼女の怒鳴り声が聞こえ、ウェスリーは気分が滅入ってしまう。

 前からスヴェンの声が言う。

「市民に敬礼されたら返礼するのが義務だからね」

「はい」

「大人は色々な主義の人がいるが、子供は無邪気なものだね」

「そうですか」

「僕らのような軍人に一番当たりの良いのは彼等なんだ」

 確かに、とウェスリーは思う。先程の子供達の眼差しは随分と好意的だった。

 大抵の大人が何か触れたくないものを見るような目で遠巻きに見てくる中では、新鮮かつ救いかもしれない。

「さて、それは兎も角。ここはイェレミアーシュ広場、目の前の一等大きな青白色の建物がクヴィエト政庁舎だ。政庁管轄の警保局とは軍も連携することがあるから、たまに訪れる機会もあるよ」

 視線で示され、ウェスリーは前を見る。

 成る程スヴェンの言う通り一際大きなファサードを有する、青白色の四階建て建築物が見える。政庁舎とは言え簡素な造りではなく、頭上に大小三つの塔を抱き、数多の窓枠は動植物を意匠とした彫刻で彩られている。

「立派ですね」

「僕はその頃ここにいたわけではないから知らないが、十数年前に市の威信をかけて改築されたものらしい」

「はあ」

「そして、君のお目当ての図書館は、この裏手だ」

 スヴェンは振り向きながら目で笑ってみせる。

「ご期待に添えるものかは分からんがね」


 魔生物学の蔵書が収められた書架の並ぶ一角をうろつく。

 広場の表に面する政庁舎と打って変わって、クヴィエト市立図書館は随分こじんまりとしたものだ、というのがウェスリーの印象であった。政庁舎の横、瀟洒な造りの鉄柵が続く路地を抜けた先に再び林が見えたのだが、図書館はその手前にひっそりと建っていたのだ。

 外で待っていると言うスヴェンと別れて、ともあれ館内を物色することにした。

 ひとしきり見て回ると、どうやら目的の関連書物がありそうな書架に目星を付けたが。

 どうも蔵書数が心許無いな…。

 ウェスリーは心の中でそうぼやく。

 魔生物学総論の書物は兎も角、各論に関しては数が圧倒的に少ない。そして大抵読んだことのあるものばかりだ。内容を逐一記憶しているわけではないから、もう一度目を通せば何か発見があるかもしれないが。

 有翼類、殊にグリフォンに関係しそうな書籍を片っ端から開いては閉じる。ぱらぱらと頁を捲るだけでも、紙面の文字が目に飛び込んできて内容は大まかに頭に入ってくる。

 よくよく考察しなければいけない時であればじっくり読むのだが、今回グリフォンについては只、事例が知りたいだけだ。

 そうして、どうやらここにウェスリーの求める情報は無さそうだった。

 ふうと息を細く吐いて、開いていた本を閉じる。集中することを止めると、途端に古い書物特有の鼻粘膜に粒子が纏わりつくような匂いが気になりだす。

 壁面に直角になる形で設置された重々しい木製の書架に、掌中の本を収める。

 どのくらいの時間ここにいたんだろうかと俄かに気忙しく感じ、ウェスリーは図書館を出ることにした。

 磨かれたウォルナットとオークの木材が互い違いに配された床を正面入り口に向かって歩く。歩きながら、閉架書庫なら或いは、と思うが、外にスヴェンを待たせていることが気に掛かって、司書の座る書見机の横を通り過ぎてしまった。

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