1の20 父の思い

「特に飛行系の魔物以外の場合、箒兵はどのように戦う?」

「機動力を活かし接近して攻撃、反撃がある前に離れる。これを繰り返します」

「うむ。一撃離脱だね」

 目標のトロル目指して飛ぶ短い間、スヴェンは確認するようにウェスリーに問い、ウェスリーが答えるのを聞いて満足げに頷いた。

「更に言うなら二人一組の場合には一人は攻撃主体、一人は補助だ。ウェスリー、補助を頼む」

「了解です」

 指示を受けてすぐに詠唱を済ませスヴェンに防御魔法を掛ける。

 ウェスリーの特技、と言っていいかは謎だが、苦も無くできることの一つが早口である。

 詠唱の練習に、早口言葉を繰り返すというのがある。明瞭な滑舌で、なおかつ異常とも称された早さで単語の羅列を唱えることのできるウェスリーは、誰より早く呪文を唱え終わることに関しては自信があった。

 ウェスリーが防御魔法を掛け終えて間も無くスヴェンも呪文を完成させる。炎属性の武器強化魔法が発動し、スヴェンのサーベルが強化膜に覆われる。

 魔法術の属性には個々人で得手不得手があるとされている。スヴェンはどうやら炎属性の術を多用するようだ。

 片手にサーベルを、切っ先を下げた形で構えたスヴェンは箒の速度を増し、のしのしと草原を歩くトロルに迫っていく。トロルはまだこちらに気付いていない様子である。

 その後方上空に随伴飛行しながらウェスリーは不思議な気持ちになる。

 訓練時に歩兵として相まみえたトロルは恐ろしかった。だが今上空から見るあの魔物は、御伽噺の鈍重な笑い者そのものだ。

 今からあれを殺すんだよな。

 ウェスリーは唐突に先日のグリフォンのことを思い出す。グリフォンとトロルは全く異なる生態の魔物だ。グリフォンは好んでは人を襲わない獣だが、トロルは人肉を好んで食す。

 だがそれでも気分のいいものではない。いいわけはない。

「ウェスリー」

 スヴェンの呼び掛けでウェスリーは憂鬱な思考を頭から振り払った。

 片手をかざし、無詠唱の風刃魔法を先遣りとしてトロルに向け放つ。トロルの巨躯を小規模な旋風が巻き込み、風の刃が灰色の皮膚を切り裂く。

 突然のことに恐慌状態に陥り、取り乱した唸り声を撒き散らすトロルに、スヴェンは接近して切り掛かる。



 トロルの死骸の横に立ち通信機を使用して処理科の要請をしているスヴェンを見遣りながら、ウェスリーは手持ち無沙汰に箒の柄に刻まれた刻印を指でなぞる。

 魔術的な文様が幾重にも刻み込んであるこの箒は、訓練学校卒業の報告をしに一旦中央の生家に戻った際、ジェマと広場で茶を飲んだあの日の夜に、父親から贈られたものだ。

 数種の魔法効果が付与してある精巧な作りの物であり、父が恐らく大枚をはたいて箒職人に依頼し作らせた。穂を縛る麻紐にはウェスリーの毛髪が数本編み込まれているらしい。使用者との同調率を上げるために毛髪を魔法具作成に使用するのはよくあることだが、ウェスリーにとってはよく自分の毛髪を持っていたなという驚きがあった。

 今は亡き母が幼いウェスリーの髪を切ったものを保管していたという。亡くなる直前他の様々な事項を言い残すと共にそのことも父に伝えたのだそうだ。

 箒を手渡されその話を告げられた時、ウェスリーは不覚にも泣いた。

 父の思惑は結局判然としない。ただ、息子に死に急いでほしいのでないことはウェスリーにも分かった。涙を落としながら箒を受け取って、翌日ウェスリーは生家を発った。

 そんなことをぼんやりと思っていると、通信科に現在地の詳しい座標を伝え終わったスヴェンが通信魔法を終了させて歩み寄ってくる。

 頭髪と同じ金茶色の顎髭をさすりながら言う。

「ウェスリー、君は魔法大学出身なんだったね」

「そうです」

「随分多種多様な術式を使いこなすが、魔法大卒ってのは皆そうなのか」

「私は必要以上に習得しました。平均的な卒業生の倍は使用可能だと思います」

「君は大言を吐くような男ではなさそうだものなあ……いやはや成る程」

 髭をさする手は止めずに言葉を切る。黙り込んでしまったスヴェンに怪訝な目を向けながらウェスリーは彼の代わりに話を続ける。

「ですが私には軍人に備わっていて然るべき身体能力がありません」

 それに、討伐という目的以外のことが気になって迅速な行動ができない。訓練兵の頃から度々指摘されてきたことだが、つくづく自分でも軍人に向いていないと思う。

「父は何故軍に入れと言ったのか……理解しがたいです」

 先程まで父親とのやり取りを思い出していたせいで、ついそんな言葉が出てきてしまう。スヴェンの手の動きがぴたりと止まった。

「お父上の勧めで入隊したのかね」

「そうです。半ば強制でしたが」

 そこまで言ってウェスリーはしまったと思う。勤務中に無駄話の上、進んで自らの愚痴を言うような形になってしまった。下唇を浅く噛んで、ウェスリーは話を切り上げた。

「失礼しました。行きましょうスヴェン曹長、まだ巡回経路も折り返し地点ですし」

 箒に跨り箒術を起動する。スヴェンはうん、と軽く応答して同じように箒に乗り地面を蹴った。

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