入隊3

「以上で入隊式及び任命式を終える! 各自持参物を引き取って速やかに己の隊舎へ移動せよ! 移動開始!」

 下士官の放った号令に従い、それまで訓練学校の班毎に並んで立っていた新兵達は各々散らばって早足で歩き始めた。

 ウェスリーも茫然としつつ歩を進めるが、後ろから背中を叩かれる。

 振り向くと、ペトルとニコライだ。ニコライは歩きながら声を潜めて話し掛けてくる。

「お前終わったな」

「え…」

 何と返していいか分からないウェスリーに、ペトルが言う。

「選りによって箒兵科か。他の奴ならまだしもお前がね」

 ペトルもニコライも後方支援の部隊に配属されていた。

「マレクですら歩兵科のしかも本部付きだってのに。箒兵科の連中なんか、あいつがましに思えるくらい荒い奴ばかりだぞ」

 ニコライが続け、ウェスリーはそれを聞いて足を止めた。ペトルはウェスリーの腕を掴んで再び歩かせる。

「またお前はぼうっとしてるな。本当、何とかしっかりしろよ」

 腕を掴まれたまま、ウェスリーは戸惑いの表情でペトルの顔を見遣る。無理な体勢で歩きながら呟く。

「なんで俺が」

「知らないよ。そんなんじゃ本当に死ぬぞ」


 その時の目の前が暗くなるような気持ちまでもが記憶と共に蘇ってきたせいで、ウェスリーは短時間にして四度目ともなる溜息を吐き出してしまう。先に立って廊下を進んでいくスヴェンが短い破裂音を発する。どうやら吹き出したようだ。

「君はあれだな、恋する乙女が如く溜息をつくね」

 明らかに面白がる声音で言われたものだからウェスリーはむっとしつつも赤面してしまう。

「確かに多過ぎたかもしれませんが、恋する乙女は余計です」

 自分で意図していたよりも拗ねた感じの声になってしまい、まるで子供のようだと恥じ入りますます顔が赤くなるのを自覚する。知らず俯きがちになるが、スヴェンはウェスリーの様子には頓着せず言葉を継いだ。

「誰が言ったのだったかな、祖母だったかな。溜息をつくとその度幸福が逃げていくんだそうだ」

「…幸福というのは目減りするのですか」

「さあねえ。なんせ年寄りの言うことだから」

 いい加減な調子でそう言うスヴェンが目の前で急に足を止めたものだから、俯いて付いて行っていたウェスリーはうっかり彼の背にぶつかってしまう。何かと問う前にスヴェンが張りのある声を上げつつ敬礼した。

「ミハル大隊長殿、お疲れ様です!」

 ウェスリーも慌てて顔を上げ、右拳を胸の前に掲げて敬礼の姿勢をとる。スヴェンの体越しに見ると、成る程薄暗い廊下を向こうから歩いてくる第二大隊隊長の姿が確認できた。

 ミハル・クシードル大尉。ウェスリーが入隊式で見た時から変わらず、どことなく浮世離れした佇まいの男である。軍人にしては珍しく長く伸びた前髪、その間から覗く鋭い双眸が見る者に強い印象を与える。

 はっきり言ってしまえば美男子なのだが、全身から漂う気怠い空気とだらしなく着崩した軍服が何かを台無しにしている気がする。彼は寝起きの猫が唸るような間延びした声音で返礼した。

「ご苦労さん」

 そのまま通り過ぎようとする様子だったが、少しすれ違ったところでふと彼は向き直った。あの鋭い割には遠いような眼差しをウェスリーに向けると、敬礼の姿勢のまま硬直している彼を見て。

 にいっと笑った。

 え、何だ。

 目を見開いて内心狼狽するウェスリーを指差し、ミハルはスヴェンに視線を移すと顔から笑みを消して言う。

「声、出すように言っとけよ。相手が他の奴だったらぶん殴られてんぞ」

「はっ! よく言い聞かせておきます!」

「なんかひょろひょろだし、目、付けられそうだし。子守してやれよスヴェン」

「勿論であります!」

「子守…?」

 思わず声を漏らしてしまう。

 聞こえていただろうに、意に介する素振りもなく若過ぎる大隊長は立ち去った。去り際ウェスリーを一瞥したように見えたが。

 立ち尽くしているとスヴェンに肩を掴まれた。

「ちょっとウェスリー、君ねえ。ミハル大隊長に言い返そうとしたろう今。焦るからやめてくれたまえよ」

 本当に焦った表情で呆れを語調に滲ませて言う。

「すみません…でも言い返そうとしたわけでは」

「そうかい? 横で剣呑な空気を出すから冷や冷やしてしまう」

 ふうっと細く息を吐いてスヴェンは再び鷹揚な面持ちに戻った。目を細めてウェスリーの肩から手を離すと、柔らかい声で諭すように話す。

「君を虐めていた奴等なんかより、ミハル大隊長の方がよっぽど恐ろしいんだからね」

 軍人の中にあっては細身体型で、顔貌だって少年か女性のようなミハルという男が、むくつけき大男達より恐ろしいと言うのか。魔法術の能力が図抜けて高いのだろうか。しかし魔法という力が能力上大きな位置を占めるとはいえ、やはり大隊長格になると皆それなりに堂々たる体躯の持ち主であったように思う。ウェスリーには今一つ腑に落ちない。

 それに、立ち去る際に一瞬こちらを見た時の彼の顔。

 小馬鹿にしたような、くすぐったいような、まるで子供じみた笑み。

 子守だと。

 ウェスリーは胸の内がざわざわと波立つような感覚を覚えた。

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