1の10 入隊2

「偶々奴等に伴われてこちらへ向かう君を見かけてね、どうも君の友人にしちゃ毛色が違い過ぎると思って後を追ってみたというわけだ。いつもあんな風に絡まれているのかね?」

「いつもというわけではありませんが……何回か」

「そしていつもあのように無抵抗か?」

「私を見てもらったら分かると思いますが、抵抗しても無意味だと思われますので」

「ふふふ。小柄な男が丈夫を上手く倒すのもやりようだよ」

 そう言うスヴェンはがっしりした体つきの筋肉質な男だ。背丈はウェスリーよりやや高い程度だが、全身無駄なく鍛え上げられている。この青年に小柄な男の気持ちは分かるまい、とウェスリーは卑屈に思う。

 本日の勤務は終了しているため、スヴェンとウェスリーは連れ立って隊舎を目指し歩を進めている。日が徐々に傾き、第七師団兵営内を朱に染め始めている。そこここに残務中の将兵がおり、彼等の影が広い敷地に長々と伸びていた。

 沈んでいく夕陽の眩しさに目を眇めるウェスリーを見つめながら、スヴェンは短く刈り整えられた自らの顎髭を右手でなでる。穏やかな表情でそうしていると、彼はとても軍人には見えないのだ。ちょっとした茶房の店主にでもいそうな柔和な雰囲気を纏っているこの男は、しかし隊内では勇猛で知られる精兵らしい。

 ふと気付いたことを特に何も考えず言葉にする。

「後を付いてこられたにしては声を掛けて頂けるのが遅かったようですね」

 スヴェンは悪びれずに髭を触ったまま応える。

「君がどう切り抜けるのか興味があったからね。結果切り抜けられそうにないから口を出したわけだが」

 ふふ、と含み笑いをする己が上官を恨みがましげに見遣るとウェスリーは溜息を吐いた。

「暴力を振るわれるに至る前に声を掛けたのだから良いだろ?」

「有難い限りです」

「君のそういう態度と言葉が真逆な振る舞い、僕は嫌いじゃない」

「そうですか」

 再び深く溜息を吐くとウェスリーは目指す隊舎が近いことに気付き、ようやく緊張から解放されるような気持になった。部屋に戻って装備等点検していればじきに食事の喇叭が鳴るであろう。

 自室に各々配膳して食事する兵卒とは違い下士官は下士官部屋に集合しての食事である。少なくとも先程絡んできたような同期の兵達はそこにはいない。食事が終わった後だって、パートナーであるスヴェン曹長と二人で同室なのだから、部屋から出ない限り悪漢らの襲撃を受けることはないのだ。

「僕に見咎められたから、もう目立つ虐めはせんだろう」

 見透かしたようにスヴェンが言う。ウェスリーは隊舎の入り口階段を上りながら気の無い風に返した。

「だといいですが」

「なんなら僕から大隊長に報告しておこうか。新しい隊長は下の声もよく聞く」

「やめてください。只々私の不甲斐無さを露呈するだけです」

「そうかい。じゃあやめておく」

 スヴェンはあっさり引き下がる。ウェスリーは三度目の溜息を吐くと、前を歩く彼の背をぼんやり見つつ思い出していた。


 入隊してすぐの新兵の研修期間が終わる頃、新兵達は営庭に集められて、研修期間終了後いよいよ本格的に所属することになる配属先の任命を受けていた。士官学校卒の者及び特別訓練学校卒業者はこの時同時に任官もされている。

 師団長の訓示、激励の後、師団司令部付きの下士官によって各聯隊長、大隊長、中隊長までが紹介されたが、その中でひと際若い大隊長がいることにはウェスリーも気付いていた。箒兵部隊の大隊長の一人である。見た感じ、下手をするとウェスリーと同年代だ。

 しかも、聞いた話によると箒兵科の大隊は隊号の若い順から激戦地域に配備されているらしいが、彼は第二大隊の長なのだそうだ。この年度初めより大隊長に任命されたという。普通、大隊の長は少佐が務めるところを、大尉にして大隊長となっていることも、奇妙ではある。

 若いな、と思って列から彼を眺めていると、ふとウェスリーは思い至った。黒い髪、鋭い両の眼。あの日の飛行服とは違い鈍色の勤務服を着ているが。

 身体検査の日、校庭を歩いていた男じゃないか。

 思わぬ発見にウェスリーは寄せていた眉根を開く。あの時皆が騒いでいた、その当の男が、新兵の整列している前方に立っている。

 有名な人物なんだとペトルは言っていたが、有名になる程優秀な軍人なのだろうか。しかしどうも覇気が無い。姿勢こそ正しく直立してはいるのだが、軍帽は少し傾いているし、視線は鋭い割に遠くを見ているように思える。

 他の隊長格の士官らと比べるとどうにも浮世離れして見え、ウェスリーは何故だか鼻白んだ。

 何者なんだろうという興味は芽生えたが、しかしウェスリーはきっと自分が関わりになることはないだろうと高を括った。箒兵部隊へ配属されることは無い。大学出で特別訓練学校を卒業した者は、伍長の階級を与えられて専門的な後方支援勤務職に就くことが殆どと入隊後に聞いたからである。

 その後、配属先を言い渡されてウェスリーは血の気が引くくらい吃驚した。

 箒兵第二大隊へ配属されたのだ。

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