1の9 入隊1
訓練学校においてもそうであったが、晴れて軍属になってからもウェスリーの置かれた状況は決して良いものとは言えない。
元々軍人になるべきではない類の人間だと自覚している。日々の訓練や体力練成、雑務、肉体を酷使するそれらがウェスリーの痩躯にのしかかる。訓練などというものを経験して初めて知ったことだが自分は鍛えても筋肉の付きにくい体質らしい。そして筋肉の薄い、頼りなく細い体は、見るからに雄々しい軍人共の嗜虐心を煽るようであった。
「特別枠だか何だか知らねえが、入って既に伍長様か。こんなひょろい体で何ができるっつうんだ」
入隊して以降何度目か分からない侮辱の言葉である。ウェスリーは悔しいとすら思わない。自分がこの場に不釣り合いなのは誰より自身がよく分かっている。
ただ、数人で取り囲んで因縁をつけてくるのはいただけない。挙句手が出るならもっと悪い。端的に言うと怖いではないか。
壁に追い詰められたような形で、ウェスリーは本来同僚と呼ぶべき男達を見上げている。青ざめてはいるが表情の乏しい顔が、更に彼等を苛立たせていることには気付きようもない。
「こういうやつがいざ実戦でビビりまくって役に立たねえんだよな」
「女みてえに泣き喚くんじゃねえの」
「ほんとに女なら多少は役に立つってのによお」
どんっと胸を拳で押される。押された部分に衝撃が走ると共に背中を壁に強か打ち付けられてウェスリーは呻き声をあげた。反射的に目を閉じる。
黴臭い匂いが鼻を衝く、ここは普段あまり使用されない備品倉庫なのだ。まだ日は沈んではいないが薄暗く、人気も無いこんな場所に有無を言わさず連れて来られて、今日こそは彼等の思う存分痛めつけられるのだろう。訓練中にも痛いことは数えきれないほどあるが、こんな無意味な暴力で怪我まで負うのは理不尽だ。
ウェスリーは目を開いてまた目の前の連中を見上げた。何か言ってやろうと思うが何がいいだろう。どうせ暴行されることに変わりがないなら、なるべく相手に刺さる言葉がいい。だが遺恨となって暴行が常習化したら? 彼は一瞬の間悩んでしまう。
「気に食わねえ目つきだなぁ。おいもうやっちまおうぜ」
「何をやっちまうんだね?」
荒ぶる兵士達の背後から柔らかいが重い声が掛けられる。ウェスリーを取り囲む彼等の体がびくっと跳ねた。全員が声のした方を振り向く。ウェスリーには声で誰かが分かっている。倉庫の入り口を入ったところに金茶色の短髪の男。
「す、スヴェン曹長……」
一人が彼の名を呼ぶと、呼ばれた彼は微笑みとも受け取れる目を細めた表情で応じた。
「そうだ僕だ。君達はまだ入隊して間が無いから把握していないかもしれないが、この僕という人間はそこのウェスリー伍長とパートナーでね……」
「存じております」
男達は皆スヴェンに向き直り直立の姿勢をとっている。ウェスリーからは彼等の顔が見えないが、発言した者の声は僅かに震えているようだった。
スヴェンは続ける。
「彼に用向きがある。君達が何かをやっちまうのをここで待ってもいいんだが」
「いえ! 我々の用は終わりましたので! 失礼致します!」
今度は明らかに震えた声で大きく言うと彼等はスヴェンに敬礼してそそくさと去って行ってしまう。スヴェンは細めた目のまま男達をつまらなさそうに見送る。ウェスリーは微動だにしないでいる。そんな彼に目を遣ってスヴェンは今度は満面に破顔した。
「君も何か抵抗とかしよう、ウェスリー」
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