彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら
筆屋 敬介
タピオカしか愛せないと言われたら
こんこん。
恐る恐るといった様子のノックが鳴った。
「は~い~」
けだるげに返す声。
「開いてるわよ。大部屋の楽屋なんだから遠慮せずに入ってきなさいな」
開いたドアからおずおずと姿を現したのは、ミルクティブラウン色のかわいらしいドレス姿。
「お、おじゃまします……」
「あら、タピオカじゃない。おひさしぶり」
「こんばんは……ナタデココさん……」
ナタデココはメイク用の大鏡の前に座っていた。イメージカラーの白のドレスを着ている。
タピオカのドレスと比べると、ドレープのデザインなど一目で安物とわかるものだ。
「なんの用? あなた、個室の楽屋ができたんでしょ? こっちにもう用はないはずよ」
ナタデココはパシパシっとした声音で返した。
問いかけのような問いかけではない口調。
「あ、あの…ナタデココさんにご相談が……」
タピオカはチラリと周囲を気にするそぶりをした。
「ベリー&ブルーベリーのお二人さん。こんにゃく畑の皆さん。悪いけど少し席を外してくれないかな」
すぐに楽屋の中はタピオカとナタデココの二人だけになった。
「さてと。どうしたの?」
ナタデココは目の前に立ったままのタピオカに、隣の席を勧めた。
そして自身は座ったままで脚を組むと、スイーツに刺さっていた細身のプラスプーンをくわえた。煙草を吸わない彼女が楽屋でよく見せる姿だ。
まるで夜の蝶が極細の煙草をくゆらせるようだが、ナタデココのクールな雰囲気に似合っている。
しばらく逡巡していたタピオカはようやく口を開いた。
「私、タピオカのままでいいのかな……って……」
「はん? なに、どうしたの? 哲学?」
つっけんどんに返すナタデココ。
「うちのプロダクションで人気再燃の超アイドルが、らしくないじゃない。どしたの急に」
「私、どうして今、こんな風になってるのかわからないんです」
「あら、人気が出たことがそんなにご不満?」
「そんなことないですっ!」
即答するタピオカ。
「でも……理由がわからないんです。私、何もしていないのに。急に持ち上げられちゃったみたいに……」
ナタデココは細身のプラスプーンを唇にくわえながらそのまま黙って聞いている。
「見た目だけ、流行りだから……ってだけなのかなって」
「で?」
「え?」
ナタデココは唇から伸びた細身のプラスプーンをスッと指先で唇から離した。
ため息を吐く。
タピオカには、まるで見えない煙草の煙と一緒に呆れを吐き出すように見えた。
「あなた、何回目のブームよ?」
「た、たぶん……3回目くらいです……」
「上等じゃない。一発屋って言葉知ってる?」
「……」
タピオカは知っていた。それゆえ、答えにくいものだった。
「誰が持ち上げたのかは知らないけど、あなたはその波に乗って3度も復活したのよ? それは実力ってもんじゃない?」
「でも私、そんなのじゃないんです。故郷では『芋っぽい』どころか、まさに芋だったんです。ナタデココさんみたいに、南国のココナッツのようにオシャレでもなくって……」
戸惑いと自信のなさを一気に吐き出すタピオカ。
「きっと世の中がおかしいんです! 私、タピオカなんですけど! 昔々からタピオカのままなんですけど! 成長も何もしていないんですけどッッ!!」
そう叫ぶとミルクティーブラウンのドレスをグッと握りしめた。
「きっと誰でもよかったんです。誰かが持ち上げただけなんです。飽きられたアイドルですよ? あれから何も変わっていないのに。ひょっとしたら、『アイツ、俺たちが持ち上げてやったから人気でただけなのにな』って誰かがどこかで笑っているかもしれない……」
「元々なんてどうでもいいじゃない。中身で勝負よ」
サバサバと答えるナタデココ。
「女子高生たちから大人気! なんて言われてるんですけど、私、中身、芋なんですから!」
うつむいたタピオカは、振り絞るように声を出した。
「私、めちゃくちゃカロリーあるんですよ? 見た目だけなんです。本当のことを知ったらきっと見向きもされなくなる……」
ナタデココは知っていた。既にSNSでは、タピオカとのツーショットを投稿した後、ゴミ箱やトイレに棄てられている事を。
「ナタデココさんこそ、女子高生に人気が出るはずなんです! カロリー控えめで食物繊維もあって!」
うーんと頭をかくナタデココ。
「アタシは、こんな風に見た目も大したことないじゃない? 四角で角があってね。真っ白でも透明でもなくて中途半端」
うつむいているタピオカ。
「でも仕方ないじゃない。自分の持っているもので勝負しなきゃ。あなたは誰かの陰謀か要望か分からないけど、また返り咲いた。それはあなたに魅力があったからでしょ」
ナタデココは続けた。
「あなたはうちのプロダクションの人気アイドルなんだから自信もっていきなさいよ。マネージャーもいい腕してるんだし。3度めのブレイク持ってくるようなヤツよ?」
「ナタデココさんと同じマネージャーさんじゃないですか。元々ナタデココさんの専属でしたし……力を持っているならきっと再ブレイク――」
「あー、アタシは実力で頑張るから」
「?」
「アイツ、今、アナタに夢中だし」
「あいつ?」
「アタシとアナタを担当しているマネージャー」
ナタデココは、メイク用の大鏡の方に身体を向けた。
「アナタが前にブレイクした時、彼、なんて言ったと思う?」
ナタデココの声の調子が少しだけ変わったように聞こえた。
「もう、俺はタピオカしか愛せないって」
タピオカは大きな黒い瞳を目一杯見開いた。
「目の前でそんなこと言われちゃったら、もう自分で頑張るしかないじゃない」
大鏡にはナタデココの表情が映っていたが、タピオカはとっさにそこから視線を外した。
見てはいけない、と思ったからだ。
「だから、アタシはアナタを利用するの。アナタの高カロリーを知った人たちが、きっと特定保健用食品のアタシのヘルシーさに気付く時が来ると思うから」
タピオカに背を向けたままのナタデココは細身のプラスプーンを摘まみ、ゆらゆらと指先で揺らす。
「いい? タピオカ。自信を持ちなさい。時代があなたを求めた結果よ。きっとあなたなら何度でも人気が出るわ」
ゆらゆらとプラスプーンを揺らすナタデココ。それは小さな魔法の杖のように見えた。
「で、アタシもそれに乗っかるの。だから、あなたが頑張ってくれないとダメなのよ」
小さな魔法の杖がタピオカの方にパッパと振られる。
「わかったら行きなさい。時代が再び求めて、あなたはそのままで復活したの。何度でも復活できる。それを証明するのはあなたしかいないんだから」
私、待ってますから!――
ドアを閉める前にタピオカはハッキリそう言って出ていた。
「タピオカのままでいいのかな、ですって?」
大鏡に向かったまま、彼女は自嘲気味に呟いた。
(いいに決まってるじゃない。自分以外の何者になれるのよ)
グッと立ち上がる。
(自分は自分。他に同じモノはない。76億も居る中でたった一つしかない存在なんだから)
シワになりかけていたドレスを綺麗に伸ばす。
ふと、マネージャーの名刺が目に入る。
(自分が自分を応援しなけりゃ、誰が応援してくれるってのよ)
楽屋のドアがノックされる。
「はーい!」
ドアも開けないADの雑な声が響く。
『ナタデココさーん! 出番ーッす、10分でお願いしやーッス』
「あーあ。イヤになるな……諦めていたのに……」
小さく呟く。
大鏡に映った彼女の表情がメイク用の明るいライトに重なった。
「さぁ、またアイドルやってやるかー!」
彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら 筆屋 敬介 @fudeyaksk
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